第11話 別れ

文字数 2,924文字

 ずっとその時間が続けばいいのにとユースケは思わずにはいられなかったが、やがてフローラはユースケから離れて校門の方を再び目指す。口を堅く閉ざし、瞳には先ほどまでの揺らぎはもうなかった。そのフローラの表情に、ユースケはどんな言葉でもこの場に引き留めることは出来ないのだと悟って、胸が虚しくなった。
 そろそろ校門を出ようというときになって、ユースケは今日帰郷することを思い出した。
「……フローラ、警察の野郎たちはどこにいやがるんだ?」
「もう、ユースケったら、そんな失礼な言い方したらいざってときに守ってもらえなくなるよ」
 そう言ってフローラはもういつものようにくすっと笑った。その後のフローラの話によると、このまま警察たちに連行されて警察署で拘留された後、ゆっくりと処遇が決まるらしい。情状酌量の余地(?)があるとはいえ、下手をすればもう望遠国内での在留資格を失うとのことだった。そうなれば、いよいよフローラとは会えなくなってしまう。風に吹かれて枯れ木が賑わうように、胸がざわついた。
「俺、フローラについていくよ。警察の奴に一発文句を言って、フローラがこれから住むことになる場所も俺と話し合って決めさせてやる」
 今日帰郷せねばならないことは覚えていた。しかし、それを反故にしてでも、ユースケは今言ったことを実現するつもりでいた。今日のバスを逃してしまえば月末まで次のバスは出ないが、ユースケはそれでもフローラの方へ行きたい気持ちも、どうしても強かった。
 呑気にフローラも「相変わらずユースケってば無茶苦茶なんだから」と朗らかに笑っていたが、校門を出ると、途端にユースケがこれからするつもりであった予定を思い出したのか、目を見開いてユースケの方を振り向いた。
「さっき言ったこと、本気で言ってるの?」
「あ、ああ、もちろん。だって」
「バカ!」
 ユースケが続きを話す前に、フローラが強く遮る。フローラの勢いに、しどろもどろだったユースケも言葉に詰まった。
「今、貴方の一番大切なユズハさんが大変なときなんでしょ? それを放って私の方に来るなんて言ったら、本当に怒るよ!」
「……ユズハのところには、今月末にも行けるけど、フローラには今ついていくしかないじゃないか」
「ユースケ!」
 力なく反論するユースケに、フローラが詰め寄り胸元を掴み上げる。かつて、フローラと食事をするようになる前にも、こうして厳しい目で睨まれたりときには投げ飛ばされたときもあったなあと、それすらも大切な思い出となっており懐かしくて視界がかすみそうになる。
「貴方がそれを本心で言っているわけじゃないって分かってる。それでも私について来てくれるって言ってくれるのも私個人としては嬉しいよ? でも、ユースケっていう人は……私の好きなユースケは、誰かの力になるために真っ直ぐな人だから、一番付き合いのある大事な人が苦しんでいるのを放って自分の好きな人を優先するような人じゃないって、私は知ってるから!」
「フローラ……」
 フローラは止まった涙を再び溢れさせながらも、きつくユースケを睨みつける。それでもユースケは、どうしても踏ん切りがつかなかった。つくわけがなかった。宝石のようにきらめく涙を見つめることしか出来なかった。
「……私は、夢や希望を失わない。これからは、思ったように生きられるから、心配しないで」
「それ、俺の婆ちゃんの……」
「そう。そして、貴方そのままを表してる言葉。そうでしょ?」
 フローラは涙も拭わず、まるでユースケの胸の内を見抜いているように安心させようと微笑んでみせた。その笑みこそ、まさにユースケが好きな、フローラの笑みだった。
「私も、明るい未来が訪れるって……貴方といつか、惑星ラスタージアで結婚するっていう日がやって来るって、私信じてるから。だから、そのときに迎えに来て」
「……そんなこと言わずに、住む場所が決まったら大学校にいる俺宛てに手紙送ってくれよ。俺どうせしばらくは寮にいるし、絶対手紙は受け取れる」
「ふふっ……なら、私こそ今日じゃなくても良いじゃない? ユズハさんを優先させてあげて」
「っ……」
 その言葉にユースケも何の反論も出来なかった。フローラは涙を湛えながらも、いじわるっぽくはにかんだ。そのままそっと、手を離し、ユースケから離れていく。
「本当を言うと、このまま貴方と離れて警察の人のところへ行くのは怖い。でも、別に悪いことをされるってわけじゃないし、ただ本当に貴方に……貴方に、しばらく会えなくなるだけ。それが辛いけど、でも私は前を向いて生きる。そうしたらまた貴方と会えるって、そう信じて生きるから。そうやって生きる勇気を、貴方からもらったから」
「…………フローラ、これ、一緒に着けよう」
 ユースケはポケットに隠し持っていた箱を取り出して、フローラの前で開けてみせる。そして、中から出てきた二つのミサンガを、自分の分とフローラとに分けて自分の分を左手首に着けた。
「これはミサンガって言って、願い事を込めながらつけるものなんだ。そして、これは絶対に自分で切ってはいけない」
「それじゃあ、いつ外して良いの? お風呂とかの邪魔にならないかしら?」
「外れるときは、その願い事が叶うときなんだ。風呂とかにもつけたままで良いらしい」
「へえ……ユースケは何を祈ったの?」
 フローラは早速ミサンガをユースケと同じように左手首に着けながら尋ねてきた。
「フローラが幸せに生きられるようにって願った。宇宙船は、俺が自力で解決するから敢えて願い事するまでもねえからな。だから……幸せに生きてくれ。俺が傍にいない間は、俺にはどうしようもねえからな」
「ユースケ……私は、ユースケの宇宙船の研究が上手くいくようにって願った。私が傍にいられないから、代わりにこの、みさんが?に応援してもらおうと思って」
「じゃあ、このミサンガが俺たちを繋いでくれるんだな」
 ユースケがそっとミサンガをつけた腕をフローラに近づけると、フローラもミサンガをつけた腕を寄せて、ミサンガ同士を擦り合わせた。まるでミサンガ同士がキスをしているように、くっついて離れなかった。
「行かないで欲しいけど……このまま俺と婚約でもすれば何とかなるんじゃねえかと思うけど……でも、フローラはこのまま行くつもりなんだよな?」
「もちろん。貴方は、私だけの貴方じゃないから……きっと世界中の皆が貴方を頼りにすることになるから、貴方は貴方らしく、苦しんでる皆の力になってあげて」
 そして、二人は人目も憚らず、校門のすぐ傍という場所で再びキスした。それっきり互いに言葉を交わさず、フローラはそのままユースケに背を向けて去っていった。ユースケはその背中に一度だけ、「落ち着いたら絶対手紙を出してよ!」と叫ぶと、フローラは一瞬立ち止まって、小さく頷き、振り返ることなく再び歩き始めた。ユースケはその背中を、絶対に記憶から失くしてたまるかと、脳裏に焼き付けんばかりに見続けた。フローラの背中が見えなくなってからも、ユースケはしばらくその場から動けずにいた。やがて視界が滲み、すべてがぼやけたが、ユースケはそのまま踵を返してバスの停留所へ向かった。
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登場人物紹介

ユースケ

主人公。能天気で素直な性格。生まれつき体の弱い妹のユリを溺愛する。

ユズハ

ユースケの幼馴染み。ユースケと違って真面目なしっかり者。

ユリ

ユースケの妹。体が弱く学校に通えず、母親の手伝いをして過ごしている。

タケノリ

ユースケやユズハの幼馴染み。フットサル部に所属する好青年。

カズキ

ユースケたちの友達。ユースケと並んで成績が悪いお調子者。

セイイチロウ

ユースケたちの友達。長身ながら臆病者。ユズハに好意を寄せている。

アカリ

ユースケたちと幼馴染みでユズハの親友。ユースケに好意を寄せる。

ユミ

ユースケたちの同級生で学年一の成績を誇る。

リュウト

ユースケと同期のイケメン枠。工学府に所属する。

ユキオ

臆病でびくびくしている。ユースケ、リュウトと同じく工学府に所属する。

チヒロ

リュウトの彼女。友好関係が広い。社会開発学府に所属する。

フローラ

突如大学校の書店で働き始めたブロンドヘアの美女。

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