第7話 帰省前日

文字数 3,013文字

「それより、フローラが欲しいの買いなよ。俺そんなに欲しいのないし」
「んー、あたしの欲しいものは、お金だから……」
「じゃあそのお金を頑張って手に入れてみようぜ」
 ユースケがそう言ってフローラの手を引っ張る。時期が時期だからか、人の流れが多く、それをかき分けながらの進行となったのでどうしても移動が遅くなってしまう。フローラとしては冗談のつもりだったらしく、ユースケが真に受けてどこかへ連れて行こうとするので、動揺しつつも少し不安そうにしていた。
「ユースケ、犯罪はダメだよ」
「んなことしないって!」
 そうしてユースケが連れてきたのは、こじんまりとした店だった。受付だけがあるような店で、まるで小さな箱を人が入れるサイズにしました、とでも言わんばかりの小さな店に、フローラは首を傾げた。ユースケが気前よくカウンターに身を乗っけて「おじさん、五枚ほど頂戴」と店員に告げていた。店員はぶっきらぼうにカウンターの下から食券を大きくしたような紙きれを五枚取り出して、ユースケからいくらかの金額を受け取りながら渡した。ユースケはすっかりウキウキ気分で、店の向かいにある小さなテーブルまでフローラの手を引いて行く。
「ユースケ、これ何?」
「これは宝くじだ。当たればいっぱいお金もらえるやつ」
「お金いっぱいもらえるの? 嘘じゃない?」
「まあ絶対めちゃくちゃ確実に嘘くさいが、多分嘘じゃない。当たったことないからあんま信じてないけど」
 その声ももちろん店主に届いているが、店主はぼうっとした顔で虚空を見つめているだけで気にした素振りはない。
 ユースケがこの店を初めて知ったのは一年生のときだった。そのときはタケノリとユズハと一緒で、面白半分で買ってみたが誰も当たらなかった。ユズハは癇癪起こしたように喚く一方でユースケとタケノリはめげずに買い続けていた。それからユースケは、こうしてこの街に訪れたときには毎回買っていた。ナオキを引き連れても、リュウトたちと来ても当たったことはないため、ほとんど詐欺じゃないかと途中で気がついたが、それでも何だか惹かれるものがあり、度々ナオキを連れて挑戦していた。ナオキはその度に「お前いつかギャンブルで身を亡ぼすな」と不吉な予言をするが、ナオキも何だかんだユースケに合わせて一緒に挑み、一緒に撃沈していた。
「ほら、これ使ってこの銀色の部分を五つ擦ってみて」
「ふうん……こう?」
 ユースケの手元を見よう見まねでフローラも擦る。五枚中三枚をフローラが擦り、二枚をユースケが擦って、再び店主に渡しに行く。店主は本当に仕事をしている自覚があるのかと疑いたくなるほど奥の鍵のついた箱から無造作に紙を取り出して、それとユースケたちの持ってきた五枚をちらっと見比べる。そして、澄ました顔で首を横に振る。一応ユースケもその紙を確認させてもらうが、確かに自分たちの五枚はどれも当たっていなかった。ユースケは「はあ」とか「ああ、はい」とか言いながらフローラの手を引いてその場から離れた。そして、その店も見えなくなったところで「ああああ!」と怒りを露わに叫ぶ。
「あんにゃろう、絶対当たらねえようにしてやがる! くっそ~すまねえフローラ」
「……あたしが偉そうに言えたことじゃないかもしれないけど、お金って働いて得るものなんだって改めて思ったわ」
 フローラがくすっと笑いながら、遠い目をしてそう言った。フローラが言うと何だか不真面目に大金を得ようとした今までの自分とナオキがバカらしくなってきて、もう二度とあそこには買いに行かないと決心した。
「まあ、これはあれだな、フローラが血迷ってギャンブルに走らないようにするための教訓と言いますか」
「もう、またそんな適当言って。調子が良いんだから」
 呆れたようにそう言うフローラだったが、くすくすとくすぐったそうに笑うその表情は、初めて「かえで倶楽部」の前で会ったときとは比べ物にならないほど愉しそうだった。ユースケは宝くじに費やした金は、この笑顔を見るために使ったのだと思うことにした。

 フローラと別れ、いよいよ明日に帰省を控えたということで、少しだけ研究室に寄り、帰省から戻って来たときにやることをもう一度チェックし、ノートにわざわざやることリストを書き連ねてから寮に戻ってきた。冬休みの半分を初めて大学校で過ごしたが、授業もなく、研究室に行くだけの日々がほとんどだったので本当にそんなに長い間大学校にいたのかと疑問になるほど実感がわかなかった。
 ユースケは念の為、自室に戻る前にナオキの部屋のインターホンを押した。ナオキも帰省してもういないかもしれないとは思ったが、念のため伝えて、何故だかユースケの目覚ましにしばらくは脅えなくて良いよというのをどうしても教えたい気分だった。意外にも部屋の中で変な物音がしたかと思うと、ゆっくり扉が開き、その後ろから、辞書で不機嫌と調べたら載っていそうなほどお手本の不機嫌な表情を浮かべたナオキが出てきた。寝間着なのか、明るいファンシーな柄で不機嫌な顔と相まって余計に気難しそうな人物という感じである。
「何だよお前、こんな夜更けによ」
「俺、とうとう明日から帰省するから。目覚まし心配しなくて良いよん」
「あっそ」
 ユースケとしては嬉しい報告をしたつもりなのだが、ナオキは依然としてブスッとしている。そんなナオキの表情を見ていると、何だか言い忘れたことがあるような気がして、「あっ」と呑気にぽんと手を叩く。
「そういや、ナオキのおかげで良い思いが出来ましたよ」
「はあ? 何のことだよ、気味わりいな」
「あの本屋の店員さんと、デートできるようになりました!」
 ナオキは初め目をぱちくりさせるが、やがて事の重大さに気づいたのか、目を大きく見開く。
「え、マジで? お前何か違法な何か使った?」
「んなわけねえだろっ。何が俺の手に負えない女だよ。ばっちり普通の良い子だったよ」
 ナオキはなおも信じられないようで、「は~」とか、「え?」といった驚きの言葉を繰り返している。客観的に見れば十分失礼な反応だが、すっかり感極まっているユースケはそれも気にせずわざわざナオキに握手して感謝の言葉を伝える。
「まあ、付き合っているって言って良い関係かは分かんないけど、とりあえずナオキが行けって言ってくれたおかげだ、ありがとう」
「お、おう……は、え? 嘘だろ?」
 ショックが抜けきっていないナオキを置いて、ユースケは用件は終わったとばかりにそそくさと自分の部屋へ戻っていく。しかし、すんでのところでフローラが食堂で話してくれたことを思い出し、部屋の中から首だけ覗かせてナオキを見る。ナオキは未だにぽかんとした様子で虚空を見つめていた。
「あ、俺があの人とそういう関係だってのは、他の人に内緒にしといてくれな」
「……まあ言わないけどよ、たとえ俺がそれ口滑らしても、誰も信じてくれないだろうから大丈夫だって」
「ナオキって信用ないんだな、可哀想に」
 そこでユースケは首が疲れてきて、部屋の中へ引っ込めて扉をバタンと占める。帰省のための荷物と言ってもユースケは着替えを少しと財布ぐらいしか持って帰らないため数分で済んだ。荷物を纏め、部屋の明かりを消して寝ようとしたところで、ようやく隣の部屋あたりから扉の閉まる音が聞こえた。どれだけナオキは信じていないんだ、とユースケは心の中で憤慨しながら眠りに就いた。
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登場人物紹介

ユースケ

主人公。能天気で素直な性格。生まれつき体の弱い妹のユリを溺愛する。

ユズハ

ユースケの幼馴染み。ユースケと違って真面目なしっかり者。

ユリ

ユースケの妹。体が弱く学校に通えず、母親の手伝いをして過ごしている。

タケノリ

ユースケやユズハの幼馴染み。フットサル部に所属する好青年。

カズキ

ユースケたちの友達。ユースケと並んで成績が悪いお調子者。

セイイチロウ

ユースケたちの友達。長身ながら臆病者。ユズハに好意を寄せている。

アカリ

ユースケたちと幼馴染みでユズハの親友。ユースケに好意を寄せる。

ユミ

ユースケたちの同級生で学年一の成績を誇る。

リュウト

ユースケと同期のイケメン枠。工学府に所属する。

ユキオ

臆病でびくびくしている。ユースケ、リュウトと同じく工学府に所属する。

チヒロ

リュウトの彼女。友好関係が広い。社会開発学府に所属する。

フローラ

突如大学校の書店で働き始めたブロンドヘアの美女。

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