第8話 知らせ

文字数 2,555文字

 レイの話は確かに重要なことだと思ってノートにメモしているうちに、ふと、もしかしたら先日のシミュレーションのデータも没になってもう一度違う設定で計算し直さなければならないのではないかということに気がつき、冷や汗が出てきた。ユースケは冷凍保存する前提でシミュレーションしていたため、もしユースケが最初に予想した通り、冷凍保存中だと余計に人の細胞が傷ついてしまうということなら、シミュレーションのデータも冷凍保存しない前提で行った方が良いような気がする。
「……とにかく先生と話してくるか」
 ユースケは、その懸念を見なかったことにして、頭を空っぽにさせてソウマの部屋へと向かった。最近になってきて、ソウマの部屋がダンジョンのボスがいる部屋のように思えてきて、行くまでの間、すっかり心が重く感じられるようになってしまった。

 その後、ソウマとのディスカッションが思った以上に白熱してしまい、その影響で夕飯をフローラと食べた後も研究室に残ってやることが多くなってしまい、寮の部屋に戻る頃には日付が変わりそうになっていた。流石にへとへとになっていたユースケは、部屋に着いたら何も考えずにこのままベッドにダイブしようと考えていた。
 重くなった足取りで何とか自分の部屋に辿り着き、電気を点けて足元を明るくさせてからベッドにダイブしようとしたところで、電話の着信を知らせるランプが光っているのに気がついた。それを確認するのも面倒臭い気持ちですぐにいっぱいになったが、ふと冷静になって、以前ユズハが電話をかけてくれたときのことを思い出した。自殺者の噂があったことで、タケノリとユズハが何度も電話をしてくれており、たまたまタイミングがかみ合ったユズハに慰められたのであった。
 今回もそうかもしれない、そう考え、ユースケは着信が誰からのものなのか確認した。しかし、予想は半分ほど外れ、ユズハからの着信は来ておらず、タケノリからのものだけだった。ユズハから来ていないことが気になったが、それよりも時間も時間であるのでタケノリにはどうすれば良いだろうかと考えていると、目の前の電話がいきなりなり始めた。再び電話が来たらしい。相手はタケノリと出ていた。
「もしもし、こちらユースケですが」
『お、こんな夜更けに電話かけてすまんな。タケノリだけど』
 タケノリは驚いたような声を出しながらも、律義に夜中に電話したことを詫びてきた。その辺の気遣いは流石であった。
「何だよ、どうしたんだ?」
『いや、それなんだけどよ……ちょっと暗い話というか』
 電話をしてきたというのに、タケノリの言葉は歯切れが悪い。以前は結局電話を受け取れなかったが、そのときも自殺で落ち込んでいるであろう自分を慰めようとしてくれているのだろうと思っていたので、暗い話と聞いてユースケも戸惑った。
『……あ、その前にだけど、ユースケは大丈夫か? 前も自殺した人が出たっていうの聞いて落ち込んでると思って電話しても繋がらなくて分からなかったけど、今回はどうなんだ?』
「うーん、まあ今回は割と何か平気だな。あんまり慣れちゃいけないんだろうけど、でも、何か他の奴らや研究室の先輩と話してると大丈夫になったな」
『そうか……それは良かった』
 良かった、と言う割にタケノリの口調は沈んだままだった。タケノリは今回の自殺者の噂でショックを受けているのだろうか、それならば暗い話というのも頷けた。
「何だよ元気ないな、タケノリこそ大丈夫かよ」
『あ、ああ、ごめん……俺は、まあ、大丈夫、かな?』
「おいおい、全然大丈夫そうに聞こえないが? 本当にどうしたんだよ」
 様子のおかしいタケノリに、ユースケも眠気たっぷりだった頭が徐々に冴えてきてしまった。何かタケノリに困ったことがあればすべて受け止めるつもりで、ユースケは徹夜するモードに入って身構える。
 しばらくタケノリの息遣いしか聞こえなかった。スーハ―と、何回も深呼吸をしていた。ユースケは辛抱強く、タケノリが話してくれるのを待った。
 やがて、深呼吸した直後に「よし」と気を引き締め直すようなタケノリの言葉が聞こえてきて、ユースケも集中する。
『俺も少し落ち着いたかな……これから俺が話すこと、落ち着いて聞いてくれよ』
「ああ、分かった」
 それからたっぷりと間を置いて、タケノリはゆっくりとこう話した。
『今回自殺した人ってのが……何でも、ユズハの恋人みたいなんだ』

 思ったよりも早くショッピングモールの二階以上は解放され、学生の皆は戸惑いながらも以前のように利用するようになった。そのせいで、わざわざソウマに許可をもらって研究室を休んでまで買い物に来たユースケも、ショッピングモールの思った以上の混みように中々良い商品を見つけられないでいた。今日はフローラとおそろいの何かを買おうとしていた。
 何とか多い人の流れにも慣れて色々と物色していくが、思ったよりも高価なものが多く、ユースケは自身の財布を確認する。ただでさえフローラに付き合って食堂で食事を摂っているので、ゆるやかに財布の中身が寂しくなっていた。あまり高いものを買うのには抵抗を覚えた。悩みながら次の店へと訪れて、ちょうど良さそうなものを見つけてユースケはその商品に飛びついた。
 一昨日の晩、タケノリから語られた内容はこうだった。今回自殺した人は、どうもユズハの恋人らしく、何かしらの事情があってショッピングモールから金を盗んだが、ふと冷静になったときに取り返しのつかないことをしたと気がつき、自殺をしてしまったという。その旨の告白が記された遺書にユズハのワードは出ていなかったためすぐにユズハと関係のある人だとは分からなかったが、タケノリが寮に帰ってみるとセイラから手紙が届き、その内容がユズハが誰にも何にも話さないまま帰郷してきた、何か事情を知らないか、というものでタケノリもユズハの異変に気がついたという。その手紙を確認してすぐにユズハに電話するも出ず、その時点で怪しく思ったタケノリは、同じ学府というだけあってユズハの友人にも連絡がついたとのことで確認してみて、ようやく今回の自殺者がユズハの恋人らしいというのを知ったという。ユースケの元にも、タケノリの電話があった翌朝に、ユリからの手紙が届いた。
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登場人物紹介

ユースケ

主人公。能天気で素直な性格。生まれつき体の弱い妹のユリを溺愛する。

ユズハ

ユースケの幼馴染み。ユースケと違って真面目なしっかり者。

ユリ

ユースケの妹。体が弱く学校に通えず、母親の手伝いをして過ごしている。

タケノリ

ユースケやユズハの幼馴染み。フットサル部に所属する好青年。

カズキ

ユースケたちの友達。ユースケと並んで成績が悪いお調子者。

セイイチロウ

ユースケたちの友達。長身ながら臆病者。ユズハに好意を寄せている。

アカリ

ユースケたちと幼馴染みでユズハの親友。ユースケに好意を寄せる。

ユミ

ユースケたちの同級生で学年一の成績を誇る。

リュウト

ユースケと同期のイケメン枠。工学府に所属する。

ユキオ

臆病でびくびくしている。ユースケ、リュウトと同じく工学府に所属する。

チヒロ

リュウトの彼女。友好関係が広い。社会開発学府に所属する。

フローラ

突如大学校の書店で働き始めたブロンドヘアの美女。

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