第8話
文字数 2,690文字
「これの使い方教えて欲しいんだよ。何か説明書みたいなやつあったら嬉しいんだけど」
店主は一瞬きょとんとしたが、すぐに何かを思い出したかのように嘆息を漏らした。頭を押さえ顰め面を浮かべるユースケを店主が小馬鹿にした目つきで見る。
「ユースケ、お前さん昨日慌てて帰りやがって。説明書渡すの忘れたじゃねえか」
「はあ? 普通に商品と一緒に置いとけよ!」
ユースケは先ほどのことを根に持っているのか逆上して怒声を浴びせた。店主も店主で怒りを理不尽に感じながらも確かに一緒に置いてなかった自分も自分だとは思ったので黙って店の中へと戻っていった。
しばらくして店主は空いていた手で紙を握りながら再び店から出てきた。タケノリがそれを受け取ると、その紙は少し黄ばんでよれよれになっていたが確かにそれらしいイラストと文章が記されており、タケノリはほっと一息ついた。
「ありがとうございます」
「サンキューおじさん」
店主は疲れた様子で「ほら早く行った行った」とユースケたちを虫でも払うみたいに手で払い、降ろしかけていたシャッターをしっかり下まで降ろした。ユースケは軽い足取りで再び猫のいる籠の前に座り込み「じゃあな、元気になれよ。行こうぜタケノリ」と言って去っていた。
「アイツ、本当に感謝してんのかよ」
店主が呆れてため息をつくのと同時に籠の中の猫がみゃーと鳴いた。タケノリも店主と猫に向けて会釈すると、ユースケの後を追った。風が強く吹き、ユースケの背後で落ち葉が躍った。
カズキはすっかり深い眠りに入っていて、ユースケのベッドでぐうぐうと寝息を立てているらしい。行き違いでいつの間にか帰ってきていた母親がそう説明すると、「帰ったらカズキ君が寝てるからびっくりしたわよ」とユースケを叱った。タケノリが「お邪魔してます」と丁寧にお辞儀をすると母親はすぐに機嫌を戻した。ユースケとしては色々事情があったんだと言い訳しようと考えたがこれ以上つっかかっても母親には勝てないのは分かっていたので、素直に引き下がった。
ユースケとタケノリが部屋に戻るとカズキはベッドから半分落ちた状態でいびきをかいて寝ていた。頭に血が上りそうな格好にもかかわらずカズキは幸せそうである。鬱憤の溜まっていたユースケはカズキの頭を足で強めに小突いた。その衝撃でカズキは目をぱちくりさせながら飛び上がった。中途半端な位置で寝ていたものだから立ち上がった拍子にバランスを崩しそうになる。
「幸せそうに寝やがってよお。ほれ起きろ」
「んぁー……あ、ここユースケの家か」
「そんなことも忘れかけてたのかよ」
「んで、俺何しに来たんだっけ」
「そんなもん…………ラジオじゃね?」
カズキの寝ぼけながらの発言にユースケも一瞬言葉を詰まらせた。カズキが眠そうに顎を掻いているのを見てるとユースケも不思議と眠気を誘われた。
「良いから、ほれ、早速使ってみようって」
不毛な議論を続ける二人を尻目にタケノリは床に座ると店主から貰った説明書を広げてみせた。目を若干輝かせるタケノリに、ユースケとカズキは面倒臭くなる予感を覚えながらタケノリの横に並んで座った。
その後、悪戦苦闘するも何とかラジオを扱えるようになった。しかし困ったことに、当初面倒臭くなると思われたタケノリよりも、ユースケの方がラジオにハマってしまうことになるとは、当のユースケ含め誰も予想していなかった。
昼休み前の授業が終わりようやく昼食にありつけると、死にかけだったユースケの心はそこで蘇った。ラジオにハマり、今までしたことのない夜更かしをユースケは初めて経験した。ラジオから聞こえてくるストーリーに耳を傾けているうちに窓の外が明るくなり始めたのにはユースケも相当慌てた。流石にこのまま寝ないのは不味いと思ったのか、足掻くようにそれから急いで毛布を頭から被って寝ることにした。ユースケはそのまま気絶するように眠り、それから間もなく母親に叩き起こされることになった。感覚として一瞬しか眠れず、自分は本当に眠れたのか疑問になるほどであったが、陽は確かに既に昇っており、ユリも出かけており、家の玄関では今まで以上に面白くない表情を浮かべるユズハがいた。朝食を目の前にしても食欲が湧いてこないのも初めてのことで、「残りは夕方に食う」と言って残してしまったときには母親もあんぐり口を開けて呆気に取られていた。登校中も欠伸が止まらず連発しているとユズハに「歩きながら寝る勢いね」と軽く笑われた。学校に着いてからも欠伸や眠気が収まらず、先生の話はもはや意味を為さない音声のように聞こえ、ユースケは午前の授業のほとんどを眠っているふりをしながら寝たり、寝ないように昼食のことについて考えたりして過ごしていた。いくら授業に不真面目なユースケでも、午前の授業が終わってなお授業用のノートがほぼ真っ白のままなのも初めてことだった。
「お前大丈夫かよ」
タケノリは心配そうに自分の弁当に入っている人工肉の揚げ焼きを分けてくれた。中途半端にしか朝食を摂っていなかったユースケはがっつくように食べた。この時ばかりは祖母の、慌てずゆっくり食べること、という言葉も忘れていた。
「なんかいつにも増して眠そうだったけど、まあ昼こんだけ食べられれば平気だな」
自分も授業中に寝ていることが多いカズキにそんな風に言われてしまったことがユースケは少し悔しかった。セイイチロウは黙々とどこかをちらちらと見ながら箸を動かしていた。
「あのラジオ、相当気に入ったみたいだな」
具合は悪くなさそうなのだと分かるとタケノリは安心したように胸を撫で下ろしてその話題に触れる。昨日はユースケのラジオ熱に押されるようにタケノリもカズキも家に泊まることを許されず追い返されていた。
しかし、景気良く弁当を平らげようとしていたユースケの箸が突然止まり、白米の塊が机の上にぽろっと落ちた。タケノリたちはむむっとユースケの反応を訝しんだが、ユースケは冷や汗を垂らしながらも何も言わず白米を拾い直して口に運んだ。黙ったままでいるユースケを見ては三人は互いに目を合わせて首を傾げた。
結局ユースケはそれっきり何も言わないまま弁当を食べ終え、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。三人は目配せし合った結果「まあしばらく見守ってみるか」という方向性に決まり、ユースケの分かりやすすぎる態度の変化をひとまず追及しないことにした。慌てて食べたものだから、ユースケは急な吐き気に襲われてトイレに駆け込むと、無事に吐かずに済み事なきを得たものの、そのまま授業に出遅れることになった。
店主は一瞬きょとんとしたが、すぐに何かを思い出したかのように嘆息を漏らした。頭を押さえ顰め面を浮かべるユースケを店主が小馬鹿にした目つきで見る。
「ユースケ、お前さん昨日慌てて帰りやがって。説明書渡すの忘れたじゃねえか」
「はあ? 普通に商品と一緒に置いとけよ!」
ユースケは先ほどのことを根に持っているのか逆上して怒声を浴びせた。店主も店主で怒りを理不尽に感じながらも確かに一緒に置いてなかった自分も自分だとは思ったので黙って店の中へと戻っていった。
しばらくして店主は空いていた手で紙を握りながら再び店から出てきた。タケノリがそれを受け取ると、その紙は少し黄ばんでよれよれになっていたが確かにそれらしいイラストと文章が記されており、タケノリはほっと一息ついた。
「ありがとうございます」
「サンキューおじさん」
店主は疲れた様子で「ほら早く行った行った」とユースケたちを虫でも払うみたいに手で払い、降ろしかけていたシャッターをしっかり下まで降ろした。ユースケは軽い足取りで再び猫のいる籠の前に座り込み「じゃあな、元気になれよ。行こうぜタケノリ」と言って去っていた。
「アイツ、本当に感謝してんのかよ」
店主が呆れてため息をつくのと同時に籠の中の猫がみゃーと鳴いた。タケノリも店主と猫に向けて会釈すると、ユースケの後を追った。風が強く吹き、ユースケの背後で落ち葉が躍った。
カズキはすっかり深い眠りに入っていて、ユースケのベッドでぐうぐうと寝息を立てているらしい。行き違いでいつの間にか帰ってきていた母親がそう説明すると、「帰ったらカズキ君が寝てるからびっくりしたわよ」とユースケを叱った。タケノリが「お邪魔してます」と丁寧にお辞儀をすると母親はすぐに機嫌を戻した。ユースケとしては色々事情があったんだと言い訳しようと考えたがこれ以上つっかかっても母親には勝てないのは分かっていたので、素直に引き下がった。
ユースケとタケノリが部屋に戻るとカズキはベッドから半分落ちた状態でいびきをかいて寝ていた。頭に血が上りそうな格好にもかかわらずカズキは幸せそうである。鬱憤の溜まっていたユースケはカズキの頭を足で強めに小突いた。その衝撃でカズキは目をぱちくりさせながら飛び上がった。中途半端な位置で寝ていたものだから立ち上がった拍子にバランスを崩しそうになる。
「幸せそうに寝やがってよお。ほれ起きろ」
「んぁー……あ、ここユースケの家か」
「そんなことも忘れかけてたのかよ」
「んで、俺何しに来たんだっけ」
「そんなもん…………ラジオじゃね?」
カズキの寝ぼけながらの発言にユースケも一瞬言葉を詰まらせた。カズキが眠そうに顎を掻いているのを見てるとユースケも不思議と眠気を誘われた。
「良いから、ほれ、早速使ってみようって」
不毛な議論を続ける二人を尻目にタケノリは床に座ると店主から貰った説明書を広げてみせた。目を若干輝かせるタケノリに、ユースケとカズキは面倒臭くなる予感を覚えながらタケノリの横に並んで座った。
その後、悪戦苦闘するも何とかラジオを扱えるようになった。しかし困ったことに、当初面倒臭くなると思われたタケノリよりも、ユースケの方がラジオにハマってしまうことになるとは、当のユースケ含め誰も予想していなかった。
昼休み前の授業が終わりようやく昼食にありつけると、死にかけだったユースケの心はそこで蘇った。ラジオにハマり、今までしたことのない夜更かしをユースケは初めて経験した。ラジオから聞こえてくるストーリーに耳を傾けているうちに窓の外が明るくなり始めたのにはユースケも相当慌てた。流石にこのまま寝ないのは不味いと思ったのか、足掻くようにそれから急いで毛布を頭から被って寝ることにした。ユースケはそのまま気絶するように眠り、それから間もなく母親に叩き起こされることになった。感覚として一瞬しか眠れず、自分は本当に眠れたのか疑問になるほどであったが、陽は確かに既に昇っており、ユリも出かけており、家の玄関では今まで以上に面白くない表情を浮かべるユズハがいた。朝食を目の前にしても食欲が湧いてこないのも初めてのことで、「残りは夕方に食う」と言って残してしまったときには母親もあんぐり口を開けて呆気に取られていた。登校中も欠伸が止まらず連発しているとユズハに「歩きながら寝る勢いね」と軽く笑われた。学校に着いてからも欠伸や眠気が収まらず、先生の話はもはや意味を為さない音声のように聞こえ、ユースケは午前の授業のほとんどを眠っているふりをしながら寝たり、寝ないように昼食のことについて考えたりして過ごしていた。いくら授業に不真面目なユースケでも、午前の授業が終わってなお授業用のノートがほぼ真っ白のままなのも初めてことだった。
「お前大丈夫かよ」
タケノリは心配そうに自分の弁当に入っている人工肉の揚げ焼きを分けてくれた。中途半端にしか朝食を摂っていなかったユースケはがっつくように食べた。この時ばかりは祖母の、慌てずゆっくり食べること、という言葉も忘れていた。
「なんかいつにも増して眠そうだったけど、まあ昼こんだけ食べられれば平気だな」
自分も授業中に寝ていることが多いカズキにそんな風に言われてしまったことがユースケは少し悔しかった。セイイチロウは黙々とどこかをちらちらと見ながら箸を動かしていた。
「あのラジオ、相当気に入ったみたいだな」
具合は悪くなさそうなのだと分かるとタケノリは安心したように胸を撫で下ろしてその話題に触れる。昨日はユースケのラジオ熱に押されるようにタケノリもカズキも家に泊まることを許されず追い返されていた。
しかし、景気良く弁当を平らげようとしていたユースケの箸が突然止まり、白米の塊が机の上にぽろっと落ちた。タケノリたちはむむっとユースケの反応を訝しんだが、ユースケは冷や汗を垂らしながらも何も言わず白米を拾い直して口に運んだ。黙ったままでいるユースケを見ては三人は互いに目を合わせて首を傾げた。
結局ユースケはそれっきり何も言わないまま弁当を食べ終え、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。三人は目配せし合った結果「まあしばらく見守ってみるか」という方向性に決まり、ユースケの分かりやすすぎる態度の変化をひとまず追及しないことにした。慌てて食べたものだから、ユースケは急な吐き気に襲われてトイレに駆け込むと、無事に吐かずに済み事なきを得たものの、そのまま授業に出遅れることになった。