第11話 近況報告

文字数 2,755文字

 基本的に休日でも学校は開いており、中に入れるようになっている。部活の活動で来る人たちもあれば、図書館に来て勉強したり本を読みに来たりする人、ユースケのように忘れ物を取りに来たという人もいる。教室には鍵が掛かっているが、それも休日にまで学校にやって来て何かしらの作業をしている先生方に頼めば貸してくれた。大学校に入ってからそのことを改めて確認すると、何ともセキュリティの甘い世界だとユースケはつくづく感じていた。
 流石に座ってご飯が食べたいということで意見が一致したユースケたちは、ダメは元々で職員室に向かった。ユースケたちのような卒業生に鍵まで貸してくれるかは分からず流石に不安だったユースケたちだが、そのときには廊下に這いつくばってでも食ってやるぞ、という気でユースケは鼻息を荒くした。
 職員室に入ると、扉のすぐ近くでかつて物理を教わった先生に出くわした。湯気の立つカップを片手に、眼鏡の奥の瞳はわずかに曇っているようだったが、ユースケたちの存在に気がつくと「おっ」とその瞳も覚醒してきた、ような気がする。
「君たちは確か……ユースケ君たちだったか。久し振りだな」
「お、お久し振りっす……」
 ユースケたちは慌てて頭を下げる。物理の先生は、きゅっと目を細めて顎を撫でる。
「ユースケ君は大学校どうなんだ? 何してるんだ」
「うす、宇宙船作るためにバリバリ研究してます、うす」
 堅くなって口調もおかしいユースケに、ユズハたちは呆れたような顔になったり、くすくす笑ったりしていたが、物理の先生はどこか遠くを見るように顔を上げた。
「そうか……初めは不思議な子だと思っていたけど、大学校でも変わらず頑張っているんだなあ。いやはや、すごいことだ」
「うす、光栄っす。でもこれも先生のお陰です、ありがとうございます」
 ユースケとしては本気で感謝を伝えようとしているのだが、どうにも言葉が変になってしまっており、ユースケもそのことに気づかないで愚直に頭を何度も下げる。物理の先生も快活に笑って止めようとしないのでユースケは頭を下げ続ける。放っておくといつまでも続きそうだと判断して、ユズハが「鍵を貸して欲しいんですけど、大丈夫ですか?」と尋ねると、先生はこれまた笑いながら快く鍵を貸してくれた。
 職員室を後にして渡された鍵の合う教室へと向かう。廊下も、窓も、そこから見える校庭も、そのどれもが通っていた頃のものと変わっておらず、懐かしさで胸がきゅっと締め付けられる。よもや再びこうして廊下を歩くことになると思っていなかったユースケは、壁のわずかな汚れや、掲示板に昔から貼られている掲示物など些細な箇所まで気になってしまい、きょろきょろと首を忙しなく動かしてしまう。そうこうしているうちに、教室に辿り着いて、ユズハがしずしずとその扉の鍵を開ける。皆して恐る恐る順番に中に入っていく。
「うわあ……これは、確かに、教室だねえ」
「何言ってんだよ、そんなの当たり前だろ」
 アカリのしみじみと言った言葉にカズキがそう反論するも、何となく、皆がアカリと同じような想いを抱いたに違いないと、ユースケは思っていた。そこは確かに教室で、耳を澄ませばどこからかチャイムが鳴って、授業をしに先生が入ってくるような気がする。
「ほら、食べましょ。もういっぱい歩いてそろそろ足が棒になっちゃいそうよ」
 感慨に浸っていると、それをぶち破るかのようにユズハが早速近くにあった席に座って皆を急かすように机をとんとんと叩く。情緒の欠片もない奴だなと半ば呆れながらもユースケも皆と一緒に適当にその辺の席を借りた。
 弁当をつつき、それなりにはしゃいでいた心も落ち着いてくると、皆の近況の話になった。アカリは最近になってようやく動きに体力が追いつくようになり、母親の手伝いにも慣れ、料理もミスが減ってきたという。卒業してからしばらくは、元々そこまで体の丈夫じゃなかったアカリは、母親の手伝いをする日は手伝いだけ、家事の手伝いをする日は家事だけ、という風にしなければとても体力が持たなかったそうである。しばらくしてそれらに慣れてきたら次は両方ともやってみる、となって、それもしばらくは体力が持たずミスが多かったそうであるが、最近になってようやくそれも解消されてきた、ということをアカリは終始笑顔を咲かせながら話してくれた。
 カズキはまだまだ修行の身だと言って、不満そうに口を尖らせていた。どうせ謙遜だろうとユースケは考えていたが、セイイチロウに嘘じゃないみたいだと付け足されて、ユースケも戸惑った。自身が先ほど受け取ったコップをまじまじと見つめ、「これもまだまだなのかあ」と思うと不思議な気がしてくる。それでも、まだ世に出回っていないカズキのコップを扱っている自分が何だかとても得をしている気がして、改めてカズキからのコップを使い続けようとしみじみと感じていた。
 セイイチロウはつい最近までこの学校の図書館で司書の手伝いをしていたらしい。以前に話してくれたように、最初の三年間は司書の手伝いをして、それから改めて試験を受けて晴れて司書になるため、今年から勉強を再開しているそうであった。曲がりなりにも大学校に通って勉強を続けているので、何か手伝いになることがあるのではないかと思って「手伝ってやろうか」とニヤニヤしていると、「いや、全然関係ない分野だから多分無理」とセイイチロウに軽くあしらわれた。
「変わっていくんだね、私たちも」
 ユズハはしみじみとそう呟くと、皆も感慨深げにため息をつきながら黙ってしまう。それは決して気まずい沈黙ではなく、かつて青春を共にした友が時の流れと共に、見えない場所にいても着実に未来に向けて変わっていってるのだという事実にひしひしと感動しているが故の静けさであり、ユースケにはその静けさが心地良かった。
「そういうユズハはどうなんだよ。こいつにまだ可能性はあるのか? な?」
「もうそれは良いだろ……」
 カズキが意気揚々とユズハに尋ねる横で、セイイチロウが溜息つきながらもちらちらとユズハを盗み見ていた。流石にセイイチロウももう熱は冷めていると予想していたユースケだったが、カズキにからかわれてからのそわそわした様子を見るにどうやらしぶとくその熱は残っていたようで、ユズハに恋人がいると知っているユースケはそんなセイイチロウを不憫に思いながらもどう答えるのか気になってユズハの方を見やる。
「元々なかったし、私、彼氏できたから」
「えっ」
 あまりにも無慈悲な答え方をするユズハの隣でアカリが小さくはしゃいでいるが、そんなアカリとは対照的にセイイチロウは空いた口が塞がらずに呆然としていた。ユースケは心の中で「ご愁傷様」と唱えながら照り焼き弁当を平らげる。
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登場人物紹介

ユースケ

主人公。能天気で素直な性格。生まれつき体の弱い妹のユリを溺愛する。

ユズハ

ユースケの幼馴染み。ユースケと違って真面目なしっかり者。

ユリ

ユースケの妹。体が弱く学校に通えず、母親の手伝いをして過ごしている。

タケノリ

ユースケやユズハの幼馴染み。フットサル部に所属する好青年。

カズキ

ユースケたちの友達。ユースケと並んで成績が悪いお調子者。

セイイチロウ

ユースケたちの友達。長身ながら臆病者。ユズハに好意を寄せている。

アカリ

ユースケたちと幼馴染みでユズハの親友。ユースケに好意を寄せる。

ユミ

ユースケたちの同級生で学年一の成績を誇る。

リュウト

ユースケと同期のイケメン枠。工学府に所属する。

ユキオ

臆病でびくびくしている。ユースケ、リュウトと同じく工学府に所属する。

チヒロ

リュウトの彼女。友好関係が広い。社会開発学府に所属する。

フローラ

突如大学校の書店で働き始めたブロンドヘアの美女。

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