第12話 決意

文字数 3,382文字

 バスが無事に街に到着し、相変わらず人の流れが多い街に戻ってきたユースケは、早速自転車に跨るも随分とペダルが重く感じられた。それでも街はそんなユースケを励ますように明るかった。半年ぶりに帰ってきた街並みには物珍しそうな店が並んでおり、それらを眺めているうちにユリたちに何か買って行けば良かったと少し後悔した。それでも今から何かを買う気にはなれず、重たいペダルを必死に漕ぐ。
 結局実家に帰れたのは夜遅い時間帯だった。辺りの暗さからしてもう夕飯時を過ぎている時間ではあったが、ユースケはあまりにも空腹感が感じられなかった。
 戸を開けて、「ただいまー」と一応言ってみると、ユリの部屋から恐る恐るユリの首が出てきた。まるでホラー演出な登場の仕方にユースケもビクッとした。しかし、それ以上にユリが驚いたように、そしてそれ以上に強張っていた頬を緩ませながら部屋から出てきた。
「お兄ちゃん、お帰り! もう随分遅いから今日は帰って来ないのかなって思っちゃった」
「すまねえな、ただいま」
「……お兄ちゃん?」
 ユースケがユリに構わずにそのまま自分の部屋へ真っ先に向かうと、ユリがきょとんと首を傾げてほとんど無意識にユースケの鞄を掴む。鞄の紐に引っ張られユースケの身体が大きくよろめき、ユリもそれで慌てて鞄を変な風に引っ張ってしまいユースケが倒れた。ユリは「わわわ」と慌ててユースケの身体を起こそうとする。
「ご、ごめんお兄ちゃん。どうしたの、やけに元気ないけど……」
「……ちょっと今日だけな、今日だけちょっと元気ないの許してくれ」
「そう、なんだ……分かったよ」
 そのユリの呟きは寂しそうだった。ユースケはそのまま自分の部屋に戻ると、何故か中からタケノリが出てきた。目が合った瞬間、互いに「あ」と漏らした。
「なんでタケノリがいるんだ?」
「……多分、ユースケが今日帰ってきたのと同じ理由だと思う……って、何かあったのか?」
 そのまま中へ入ろうとするユースケをタケノリが呼び止める。ユズハの次に付き合いの長いタケノリもユースケの異変に鋭く察したが、ユースケはそれがありがたい以上に、放っておいて欲しい気持ちが強かった。申し訳なさが募ってタケノリを振り向けなかった。
「ちょっとな……俺、もう寝るわ」
「そうか……」
 自分の部屋へ戻り、扉を閉めようとしたが、タケノリは複雑な表情をしたまま立ち尽くしていた。
「……何か言いたいことあるなら、言ってくれて大丈夫だぞ」
「……ごめんな、ユースケ。俺、何も出来なかった」
 タケノリはそう言うと、深く頭を下げた。一瞬何が起きたか把握できなかったユースケだったが、タケノリの傍でユリが慌てふためいている様子に、ユースケもタケノリのしていることに気がつき、頭を上げさせる。
「俺の言葉はユズハには届かなかった……お前の親友を、救えなかった」
「……そんなこと気にすんなよ。タケノリの想いは絶対伝わってるって」
「……だと良いけどな。それじゃあ、あとは、任せた」
 タケノリはユリにもお礼を言って、そのままユースケの家を出て行った。ユースケも、ユリに一言二言声を掛けてから自室に引き篭もった。
 今日は疲れた。ユズハにぶつけるつもりだった言葉ももうとっくにどこか彼方へと消え失せており、どす黒い疲労感がすべての思考を放棄させていた。部屋の電気もつけず、そのままの服装でベッドに倒れ込み眠ろうとするが、瞼を閉じても浮かんでくるフローラとの日々に、完全に意識は覚醒してしまっていた。
 世間一般的に言えば、フローラと付き合った一年にも満たない時間は短い方であろう。リュウトとチヒロですらユースケたちよりも長い。それでもユースケにとっては、フローラとの時間は恋愛をも越える強い絆が結ばれた、密度の濃い時間であったと確信していた。いつの間にかフローラがいないというだけで不安で研究もままならない時期もあった。フローラはユースケに励まされ、生きる勇気を貰ったと言っていたが、それはユースケも同じだったのだと身に染みていた。
 フローラとはもう当分の間会えない。その事実を心の中で唱えると、まだ現実味を感じていなさそうなのに、ひどく胸が締め付けられて苦しくなった。こんな苦しみを、これよりもきっと深い苦しみを、世の中の人はいろんな出来事を通じていろんな形で経験しているのだと理解し、ユースケはようやく、ここに来て初めて、世の中の人の苦しみに直に触れられたような気がした。
「……こんなに苦しい想いを皆してるっていうんなら、なおさら助けてやらねえとな」
 フローラを想い、痛いほど胸が締め付けられた先に、そんな自分の答えが確かにあった。
 こんな苦しい想いをしている人を、救いたい。
 こんな苦しい想いを、希望の惑星ラスタージアに連れていくことで消してやりたい。
 ユースケは、未来を思い描いた。力強く、光り輝くような未来を思い描いた。
 ふと小さく、心の片隅で、アカリのあの日の告白が蘇る。惑星ラスタージアを見に行き、皆から離れた場所で内緒話のように小さな告白をした、アカリの大人びた切ない表情が、鮮明に浮かび上がる。
「俺に任せろ。俺が絶対に何とかしてやるから」
 アカリの告白を聞いて芽生えた想いが、今やっと力強く花咲いたような気がした。これまでよりも強く、宇宙船開発に向けて研究できる気がした。
 暗闇の中でそっと目を開け、左手首に着けたミサンガを見る。
「フローラ……俺は絶対に最後まで頑張るからよ。フローラも、どうか幸せでいてくれ」
 願い事のようにそう呟いて、そっと目を閉じると、それまで意識が覚醒しきっていたのが嘘かのように、あっという間にユースケは眠った。

 翌朝、微妙に差し込んでくる朝陽に目を覚ますと、随分と懐かしい天井が目の前に広がっており、まさか自分はタイムスリップでもしたのではないかと焦り飛び起きると、ベッドから転げ落ちた。案外高くないベッドの高さに、やたらと綺麗な床、そして部屋の広さに、ユースケはようやく自分が実家に帰ってきたことを思い出した。扉の向こうでどたどたと騒がしい足音が鳴り響いたかと思うと、扉が思いっきり開かれ、ユリが飛び込んできた。
「今の何?! お兄ちゃん大丈夫?!」
「……おいおい、いくら妹とはいえ目覚めたばかりの兄の部屋にいきなり入るもんじゃねえぞ」
「何気持ち悪いこと言って……ああ、良かった。いつものお兄ちゃんだ」
 随分とひどい言い草であるが、ユリは本気で安心したようで涙を瞳に溜めているので、ユースケも失礼な言い方を責めるに責められなかった。
 久し振りにユースケは、家族三人で食事を共にした。フローラとするのとは違う、別の安心感にユースケは自然と肩の力が抜けていくのを感じた。
「お兄ちゃん、昨日は疲れてたの? どうしたの、もう大丈夫なの?」
「なあに言ってんだユリ、ちょっとブラコン気味だな」
「もうからかわないでよっ」
 ユリは若干頬を染める。朝のひどい言い草の仕返しである。
「……まあ、もう大丈夫だ。心配かけてごめんな」
「それなら良かった……それで、こっちに帰ってきたのってやっぱり……」
「ああ、あのバカを連れ出すためだな」
 ユースケは、冬休み前、自殺者の噂が流れて来たときにユズハから電話が来たときのことを思い出す。あのときにユズハが電話がかかって来なければ、きっと落ち込んだ状態はもっと続いていただろう。ユースケのことをよく理解し、完璧に励ましきったユズハに、ユースケは頭が上がらない想いだった。
 しかし、それは何もそのことに限ったことではないような気がする。幼き日から今日に至るまでずっと続いているユズハとの関係がなければ、きっと今の自分はいないだろうなとユースケは確信していた。祖母の言うことを愚直に守って好き勝手やるユースケの言動を、呆れたり小バカにしたりすることはあれど、本気で貶したり見下したりすることなく、いつでも見守ってきてくれていたのだと、高校時代を振り返ってユースケは強く感じていた。そのおかげで、自分は惑星ラスタージアを目指すという突飛な目標も、何ら抵抗なく立てられたのだ。
 そして、それはユズハにとっても同じだと、ユースケはそう信じていた。
「アイツだけは、俺が連れ出さなきゃいけねえよな。アイツも、俺なしでは今のアイツはいねえんだからよ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ユースケ

主人公。能天気で素直な性格。生まれつき体の弱い妹のユリを溺愛する。

ユズハ

ユースケの幼馴染み。ユースケと違って真面目なしっかり者。

ユリ

ユースケの妹。体が弱く学校に通えず、母親の手伝いをして過ごしている。

タケノリ

ユースケやユズハの幼馴染み。フットサル部に所属する好青年。

カズキ

ユースケたちの友達。ユースケと並んで成績が悪いお調子者。

セイイチロウ

ユースケたちの友達。長身ながら臆病者。ユズハに好意を寄せている。

アカリ

ユースケたちと幼馴染みでユズハの親友。ユースケに好意を寄せる。

ユミ

ユースケたちの同級生で学年一の成績を誇る。

リュウト

ユースケと同期のイケメン枠。工学府に所属する。

ユキオ

臆病でびくびくしている。ユースケ、リュウトと同じく工学府に所属する。

チヒロ

リュウトの彼女。友好関係が広い。社会開発学府に所属する。

フローラ

突如大学校の書店で働き始めたブロンドヘアの美女。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み