第6話
文字数 3,255文字
次第に勝手を把握してきたみたいで、ユズハは「ここのネジ……」と呟くと立ち上がり、後ろにあった棚をごそごそと探るとドライバーと数本の電池を持って戻ってきた。それでネジを回して外してみるとぱかっと音を立てて一部分が綺麗に外れた。その中は見事に空洞だった。
「ユリもいながらあんたたち何やってたのよ。電池入ってないじゃない」
心底呆れたようにユズハはため息をつきながら可哀想なものを見る目でユースケをじっと見てくる。ユースケとしては情けない気持ちよりもまるでユリの方がユースケより頭が良いような扱いに対する憤りの気持ちが強かったが、それらよりもさらにこれでようやく使えそうだという喜びが勝った。そのユースケの気持ちが表情に表れていたのか、ユズハもふふっと笑って軽快に電池をラジオに詰めていった。ユズハもなんだかんだで未知の物へ興味を強く示しているようである。
外した板を元に戻しネジを巻き直してゆっくりと机の上に置く。しばし待ってみても何も起こらないので、電源を入れる必要があると察したユズハはラジオを上から眺め「電源はこれかな」とボタンの一つを軽く押した。途端にざざーっと大きなノイズが走った。
「うわっ」
いきなりの大きな音にユズハは後ろにのけぞった。その際にラジオを倒してしまい、ユースケが慌てて立て直す。しかし倒れてもなおざざーっと鳴り続けているのでは意味がないので、ユースケもラジオを色々操作しようと試みる。ユズハも座り直してユースケの手を目で追っている。
試しているうちに、ユースケは先ほどユズハが回した丸い出っ張りの部分を回した。すると、鳴っていた音の種類が変わり、次第に何も聞こえなくなった。
「あれ、もしかして壊れたのか」
「……もうちょっと回してみて。それで何か分かるかもしれない」
ユースケはユズハに指示された通りに再度回してみせる。途中、先ほどのノイズが走ったかと思えばまたしんと静まりかえり、その後も回し続けると何やら声が聞こえてきた。
その声に今度はユースケがひっくり返りそうになり、再びラジオが倒れそうになるがユズハが見事に倒れる寸前に支えた。ユズハはのけぞっているユースケににやにやした顔を見せつけている。
「おい、お前何か喋ってるか? 新しい特技でも身につけたのか?」
「何わけ分かんないこと言ってんのよバカ、このラジオから聞こえているのよこの声」
ぷりぷりと怒るユズハを意に介さず体を起こしたユースケは机の上に乗り出してラジオに近づく。ラジオから発せられる声は小さく、ユズハもその声を聞き取ろうと身を乗り出した。互いに身を乗り出し合っているため二人の顔が目と鼻の先の距離にあるのだが、お互いそのことに気がつかずにラジオに夢中になっている。
ラジオからはしゃがれた男性の声とやけに高く甘ったるい女性の声が聞こえてきて、何やらユースケたちの住む『望遠国』の教育制度について議論しているようである。時折、この二人の元に届いているという葉書を読み上げながら議論を発展させていた。
初めのうちは新鮮さを感じてノリノリで聞いていたユースケだったが、内容が内容だけに段々と興味をなくしていき、それにつれて丸めた背中を後ろへそらしていく。対してユズハは授業を真剣に聞いているとき以上に興味深そうな面持ちで聴き入っていた。
「へー……これ、録音された音声を聞いてるにしては電池以外に何かを入れられそうな所もなさそうだし、本当に今どこかでこの人たちがこういうことを話しているってことなのかしら……って、あんたには退屈な内容かもね」
「まさかここまで来てこの機械なんかに勉強させられたような気分にさせられるとは思わなかったぜ」
ユースケはげっそりとした表情で天を仰ぎ見る。その様子に、もしかしたらこのままユースケはこのラジオを置いて帰るかもしれないと危惧したユズハは足を伸ばしてユースケの脛を蹴った。ユースケもムッとユズハを睨み付けたが、挑発には乗らず立ち上がって大きくのびをすると「お茶か何か飲んで良いか?」と尋ねた。
ユズハはわざとらしく大きくため息をつくと、「用意するから座ってて」と今にも勝手にウロチョロしそうなユースケを座らせながら台所に向かい、二人分のコップとお茶を取り出した。ユズハがコップになみなみと注がれるお茶をぼんやりと眺めていると、いつの間にか先ほどの議論が終わっていたのかラジオからは陽気な音楽が流れ始め、その音楽に乗っかるようにユースケが口笛を吹き始めた。あまりにもでたらめな音色に、ユズハも小さくふふっと笑った。
「へえ、面白そうじゃん。俺にも聞かせてくれよ」
そう言ってタケノリはカズキを連れてユースケの家に遊びに来ていた。
ことの発端はユースケが教室で金がないからとタケノリに昼食をたかろうとしていたことだった。当然タケノリは拒否したが、それで昨日ユースケの分の昼食を買ったことを思い出したらしく「お前、昨日の弁当代も出せよ」と手を出した。「金がないと言っている相手から金を巻き上げるつもりか君は」とユースケは文句を垂れながらも渋々財布を出して中身をひっくり返した。するとユースケ自身も驚くほど小銭が飛び出してきた。ちゃりんと大小様々な小銭が何枚か床に落ち、それを一枚一枚拾うタケノリに感謝しながら予想外の小銭の存在を不思議に感じていると、昨日のラジオの買い物のときに結局店主がただでくれたのを思い出した。ユースケはてっきりきちんと金を出して買ったものだと思い込んでいた。
「はあ、なんだそれ」
その経緯を説明すると横で聞いていたカズキが呆れながらパンを頬張る。昨日ユースケに奪われたにもかかわらず懲りずにパンを買う男であった。セイイチロウは未だに食堂で何を買うか迷っているらしく、タケノリとカズキはさっさと済ませて戻ってきていた。今日もタケノリがユースケの分の弁当を買ってきていた。
「それより、そのらじおってなんだ。お前が興味本位で買うなんて珍しいな」
「いやーそれがつまんなくってよ」
ユースケは昨夜ユズハの家で聞いた内容を思い出してうんざりしていた。ただで譲り受けたこともあって、あのままユズハの家に置いて帰ろうとしたが、ユズハが目敏くそれを許さなかった。今そのラジオは早速ユースケの出鱈目に服が詰め込まれているタンスに埋もれかけている。
ユースケとしてはいかにそのラジオがつまらないものであるのかを説明したつもりだったのだが、どうスイッチが入ったのか、却ってタケノリの好奇心をくすぐってしまったようでご機嫌に箸をペンに見立てて回していた。タケノリは勉強で詰まっていたところで理解が進むといつもペンを軽快に回しながらかりかりと景気よく走らせるタイプであった。
「へえ、面白そうじゃん。俺にも聞かせてくれよ」
そこで件のセリフが出てきて、タケノリはわざわざ下学年の教室にいる妹のセイラの所まで行って「今日もしかしたらユースケの家に泊まるかもしんねえわ」とだけ伝えてきた。タケノリのフットワークの軽さにはユースケも常々驚かされていたが、同時に妹に対する過保護気味な対応にも驚いていた。カズキも「俺も行ってみっかな~今日暇だし」と軽いノリで付き合おうとしていた。
そのとき、教室の扉が開きセイイチロウが入ってきた。
「いやー今日はなんかこれが食いたいって気持ちになんなくてなー。迷っちまった」
これまでの話の流れを知らないセイイチロウがマイペースにそう言って静かに席に着くと、構わずタケノリは「お前も今日ユースケの家に行かないか?」と誘っていた。セイイチロウは当然のようにきょとんとした顔をしていた。
ちなみにここまでユースケはうんともすんとも頷いてもいないのだが、特に気にする素振りもなく淡々と梅干しを口に運んでは口をへの字に歪めていた。
授業が終わると、早速ユースケとタケノリ、カズキはユースケの家へと向かった。今日はタケノリが部活がない代わりにセイイチロウが予定があると言って来なかった。
「ユリもいながらあんたたち何やってたのよ。電池入ってないじゃない」
心底呆れたようにユズハはため息をつきながら可哀想なものを見る目でユースケをじっと見てくる。ユースケとしては情けない気持ちよりもまるでユリの方がユースケより頭が良いような扱いに対する憤りの気持ちが強かったが、それらよりもさらにこれでようやく使えそうだという喜びが勝った。そのユースケの気持ちが表情に表れていたのか、ユズハもふふっと笑って軽快に電池をラジオに詰めていった。ユズハもなんだかんだで未知の物へ興味を強く示しているようである。
外した板を元に戻しネジを巻き直してゆっくりと机の上に置く。しばし待ってみても何も起こらないので、電源を入れる必要があると察したユズハはラジオを上から眺め「電源はこれかな」とボタンの一つを軽く押した。途端にざざーっと大きなノイズが走った。
「うわっ」
いきなりの大きな音にユズハは後ろにのけぞった。その際にラジオを倒してしまい、ユースケが慌てて立て直す。しかし倒れてもなおざざーっと鳴り続けているのでは意味がないので、ユースケもラジオを色々操作しようと試みる。ユズハも座り直してユースケの手を目で追っている。
試しているうちに、ユースケは先ほどユズハが回した丸い出っ張りの部分を回した。すると、鳴っていた音の種類が変わり、次第に何も聞こえなくなった。
「あれ、もしかして壊れたのか」
「……もうちょっと回してみて。それで何か分かるかもしれない」
ユースケはユズハに指示された通りに再度回してみせる。途中、先ほどのノイズが走ったかと思えばまたしんと静まりかえり、その後も回し続けると何やら声が聞こえてきた。
その声に今度はユースケがひっくり返りそうになり、再びラジオが倒れそうになるがユズハが見事に倒れる寸前に支えた。ユズハはのけぞっているユースケににやにやした顔を見せつけている。
「おい、お前何か喋ってるか? 新しい特技でも身につけたのか?」
「何わけ分かんないこと言ってんのよバカ、このラジオから聞こえているのよこの声」
ぷりぷりと怒るユズハを意に介さず体を起こしたユースケは机の上に乗り出してラジオに近づく。ラジオから発せられる声は小さく、ユズハもその声を聞き取ろうと身を乗り出した。互いに身を乗り出し合っているため二人の顔が目と鼻の先の距離にあるのだが、お互いそのことに気がつかずにラジオに夢中になっている。
ラジオからはしゃがれた男性の声とやけに高く甘ったるい女性の声が聞こえてきて、何やらユースケたちの住む『望遠国』の教育制度について議論しているようである。時折、この二人の元に届いているという葉書を読み上げながら議論を発展させていた。
初めのうちは新鮮さを感じてノリノリで聞いていたユースケだったが、内容が内容だけに段々と興味をなくしていき、それにつれて丸めた背中を後ろへそらしていく。対してユズハは授業を真剣に聞いているとき以上に興味深そうな面持ちで聴き入っていた。
「へー……これ、録音された音声を聞いてるにしては電池以外に何かを入れられそうな所もなさそうだし、本当に今どこかでこの人たちがこういうことを話しているってことなのかしら……って、あんたには退屈な内容かもね」
「まさかここまで来てこの機械なんかに勉強させられたような気分にさせられるとは思わなかったぜ」
ユースケはげっそりとした表情で天を仰ぎ見る。その様子に、もしかしたらこのままユースケはこのラジオを置いて帰るかもしれないと危惧したユズハは足を伸ばしてユースケの脛を蹴った。ユースケもムッとユズハを睨み付けたが、挑発には乗らず立ち上がって大きくのびをすると「お茶か何か飲んで良いか?」と尋ねた。
ユズハはわざとらしく大きくため息をつくと、「用意するから座ってて」と今にも勝手にウロチョロしそうなユースケを座らせながら台所に向かい、二人分のコップとお茶を取り出した。ユズハがコップになみなみと注がれるお茶をぼんやりと眺めていると、いつの間にか先ほどの議論が終わっていたのかラジオからは陽気な音楽が流れ始め、その音楽に乗っかるようにユースケが口笛を吹き始めた。あまりにもでたらめな音色に、ユズハも小さくふふっと笑った。
「へえ、面白そうじゃん。俺にも聞かせてくれよ」
そう言ってタケノリはカズキを連れてユースケの家に遊びに来ていた。
ことの発端はユースケが教室で金がないからとタケノリに昼食をたかろうとしていたことだった。当然タケノリは拒否したが、それで昨日ユースケの分の昼食を買ったことを思い出したらしく「お前、昨日の弁当代も出せよ」と手を出した。「金がないと言っている相手から金を巻き上げるつもりか君は」とユースケは文句を垂れながらも渋々財布を出して中身をひっくり返した。するとユースケ自身も驚くほど小銭が飛び出してきた。ちゃりんと大小様々な小銭が何枚か床に落ち、それを一枚一枚拾うタケノリに感謝しながら予想外の小銭の存在を不思議に感じていると、昨日のラジオの買い物のときに結局店主がただでくれたのを思い出した。ユースケはてっきりきちんと金を出して買ったものだと思い込んでいた。
「はあ、なんだそれ」
その経緯を説明すると横で聞いていたカズキが呆れながらパンを頬張る。昨日ユースケに奪われたにもかかわらず懲りずにパンを買う男であった。セイイチロウは未だに食堂で何を買うか迷っているらしく、タケノリとカズキはさっさと済ませて戻ってきていた。今日もタケノリがユースケの分の弁当を買ってきていた。
「それより、そのらじおってなんだ。お前が興味本位で買うなんて珍しいな」
「いやーそれがつまんなくってよ」
ユースケは昨夜ユズハの家で聞いた内容を思い出してうんざりしていた。ただで譲り受けたこともあって、あのままユズハの家に置いて帰ろうとしたが、ユズハが目敏くそれを許さなかった。今そのラジオは早速ユースケの出鱈目に服が詰め込まれているタンスに埋もれかけている。
ユースケとしてはいかにそのラジオがつまらないものであるのかを説明したつもりだったのだが、どうスイッチが入ったのか、却ってタケノリの好奇心をくすぐってしまったようでご機嫌に箸をペンに見立てて回していた。タケノリは勉強で詰まっていたところで理解が進むといつもペンを軽快に回しながらかりかりと景気よく走らせるタイプであった。
「へえ、面白そうじゃん。俺にも聞かせてくれよ」
そこで件のセリフが出てきて、タケノリはわざわざ下学年の教室にいる妹のセイラの所まで行って「今日もしかしたらユースケの家に泊まるかもしんねえわ」とだけ伝えてきた。タケノリのフットワークの軽さにはユースケも常々驚かされていたが、同時に妹に対する過保護気味な対応にも驚いていた。カズキも「俺も行ってみっかな~今日暇だし」と軽いノリで付き合おうとしていた。
そのとき、教室の扉が開きセイイチロウが入ってきた。
「いやー今日はなんかこれが食いたいって気持ちになんなくてなー。迷っちまった」
これまでの話の流れを知らないセイイチロウがマイペースにそう言って静かに席に着くと、構わずタケノリは「お前も今日ユースケの家に行かないか?」と誘っていた。セイイチロウは当然のようにきょとんとした顔をしていた。
ちなみにここまでユースケはうんともすんとも頷いてもいないのだが、特に気にする素振りもなく淡々と梅干しを口に運んでは口をへの字に歪めていた。
授業が終わると、早速ユースケとタケノリ、カズキはユースケの家へと向かった。今日はタケノリが部活がない代わりにセイイチロウが予定があると言って来なかった。