第18話
文字数 3,227文字
「ユースケって大学校行くつもりなのか?」
「ああ、そうだけど。あれ、言ってなかったっけ」
「俺は初めて聞いた」
タケノリは「ふうん」と感心して、そこら辺に落ちているユースケの衣服をベッドの脇へと次々に放り投げていく。そうして人一人分が横になれるスペースが出来ると、タケノリは自身のリュックを枕代わりにして床に寝転んだ。天井をぼうっと見上げ、何故か床に落ちていた消しゴムを天井に向けて投げ、天井すれすれまで行ってから落ちてくるのをキャッチしては、また投げて、を繰り返していた。
ユースケもようやく携帯用の灯りを発見し、それを鞄に放り込む。それを見つけ出すまでの間に引っ張り出された衣服が再び部屋に散らばるが、タケノリのいる部分だけが不自然に綺麗なため、そこだけ別の世界のようである。
「大学校行って何するんだ? 何かやりたいことあるのか?」
「んー……世界中を救うための勉強」
「なあるほどなあ」
タケノリはユースケの突飛な発言も安易に否定せずに素直に受け止めてくれる。何言ってるんだと馬鹿にされたり笑われたりするのを嫌っているわけではないのだが、それでもユースケにとっては、タケノリがそうして話を聞いてくれるのもタケノリを気に入っている部分だった。
「救うって言っても、色々な方面がありそうだなあ。医者になって病治すとか、政治家になって貧富の格差失くすために動くとか、色々」
「そんなこと今から言われても分かんねえよ」
「今から分かっておいても損はないと思うぞー」
「確かに」
だらだらと未来に思いを馳せているうちに、リビングにある時計がぼーんと大きな音を鳴らした。ユースケは自分の部屋の壁に掛かっている時計を確認する。
「なあ、あの二人遅くね」
「やっぱ道端に置手紙はダメだったかもなあ」
「タケノリさ、頭のネジ緩いって絶対」
「ユースケに言われたくねえぞー」
適当に言い合いながら、どちらからともなく二人を迎えに行く雰囲気になり、ユースケは重い腰を上げた。ベッドの上で横になっているうちに本格的に眠くなってきていたので、ふらふらと足取りが頼りない。それに反してタケノリの足取りはしっかりとしている。
外に出ると、ぶわっと風を前から浴びる。改めてユースケは旅した際に訪れた街で嗅いだ匂いとは違う、瑞々しい緑の香りに目が覚めてくる気分だった。靴紐を結び直し、とんとんと靴で地面にノックして早速二人を迎えに森の方へと向かった。
結果として、二人はタケノリの置手紙を確認できたわけではなかったらしいのだが、それでも先に行ったのだろうかと予想して集合してしばらくしてからユースケの家へと向かっていたようであった。森の中で二人と合流すると、二人はタケノリに非難を浴びせた。タケノリも軽く手をあげて多少は申し訳なさそうな声色で謝っていた。
「なあ、あのおじさんの猫の様子見に行かねえか」
話が落ち着いたところでユースケが真っ先にそう切り出した。セイイチロウは「ああ……」と小さく声を漏らし、カズキも「ねこぉ?……あの猫かあ」と遠くを見つめる目をしながら独り言のように言った。
「というわけで行くぞ、ほれ、ついてこい」
ユースケは強引にそう宣言し、商店街の方へと向かって歩き始めた。勝手に話を進めるユースケにセイイチロウとカズキは戸惑うも、タケノリが何も言わずに自然についていってるのを見て、二人もユースケたちの後を追った。
昼下がりの商店街は相変わらず物寂しく、まばらにしか人の姿はなく、ほとんどの店も積極的には客の呼び込みをしておらず、窓ガラスの向こうでぼんやりと通りを眺めているだけであった。ユースケはそれらの様子を見て、改めてあの賑やかな街の様子との違いを認識しながら、猫を飼っている店主の元へと向かった。
店主は店の前で箒を丁寧に掃いていた。今までそんなことをしていたのかとユースケが疑問に思うほど、特に店前が綺麗だなと思ったことも汚いなと思ったこともなかった。それでも、ユースケは何となく店主が掃いた先の部分を踏まないようにして店主に近づいた。
「おじさん、猫はどうなったんだ。大丈夫なのか」
ユースケが意気揚々と声を掛けると、店主は怠そうに首を動かした。ユースケと、その後ろにタケノリたちを認識すると、退屈そうにしおれていた眉がわずかに上がり、口角がニヤッと上がった。
「おお、また今日もまたえらく早いじゃねえか。サボりか」
「おじさんそればっかだな。もう夏休み入ったぜ」
「なんとまあ時間の経つのが早いこって」
店主は感心したように後頭部をぽりぽり掻く。ユースケたちの顔を見渡した店主は、何も言わずに店の中へ入っていく。置いてけぼりにされたユースケたちは、中に入るかそれともこのまま待つかを互いに視線を送り合ってアイコンタクトしていると、すぐに店主が籠を持って出てきた。
店主が自信満々そうにその籠をユースケたちの方に差し出す。その籠は、ユースケの記憶にも新しかった。
「お前ら、どうせこいつのことが気になって来たんだろ」
「分かってるじゃんおじさん」
「おいユースケ、場所取りすぎだ、どけって」
ユースケが真っ先に籠の中を覗き込み、その後ろからタケノリたちもユースケを押しのけんばかりになだれ込んでくる。争うようにして籠の中を覗くと、五体満足の猫が寝転んでこちらを見ているのが見えた。目が合うと、にゃあっと鳴いた。
「まあこの先もまた体調崩すかもしれないが、今しばらくはもう大丈夫だとよ」
「良かったあ……良かったっすねおじさん、本当に」
タケノリだけが唯一礼儀正しく、店主の話を聞いて心の底からほっとしたようにそう言った。店主も嬉しそうに表情を柔らかくさせた。ユースケたちは店主の話など聞かずに、すっかり猫に夢中になっていた。猫もそれに応えるように、元気になった証とでもばかりに、珍しくしきりにニャーニャー鳴いてみせていた。
猫の安否も確認出来て、ひとしきり戯れて満足したユースケたちは、店主に別れを告げてユースケの家へと向かった。その頃にはもう夕方近くになっており、ユースケの腹がぐうぐうと鳴って空腹を訴えかけていた。ユースケは、二週間滞在した、コトネの町のことを思い出していた。朝はとても早く、遠くまで出ては夕方頃まで働き続けて、周囲には何もない町だったが、食べるものだけは豊富にあり、ユースケが腹を空かせたときにはよくコトネが収穫してきたミニトマトやミカンをつまみ食いしていた。初めのうちはコトネに怒られると思いつつ盗み食いしていたが、そんなことが隠し通せるわけもなく呆気なくすぐにばれたが、こそこそ断りもなしに食べたことに怒られただけで収穫してきた物に手を付けたこと自体は特に注意されなかった。そのため、腹を空かせたときにはすぐにそうやって収穫してきた物を食べることが出来ていたため、そのときのことがとても恋しくなっていた。
「ユースケって本当に食い意地張ってるな。思い出も食い物絡みしかないのかよ」
そんな話をしたら、カズキに開口一番そう突っ込まれた。タケノリもセイイチロウもぷっと静かに吹き出し、ユースケはムッとして、憤りながらそのほかの思い出についても語った。田畑で働いていたために、自然と作物のことに関する話も多くなり、結局カズキに指摘されたように食べ物に関する話も多くしてしまったが、多少ながら町の人たちとの出来事やコトネとの諍いなども交え、タケノリたちは興味深そうにユースケの話に耳を傾けていた。そんなタケノリたちの様子を見ていると思わず、そのときタケノリたちがいたらという想像をしてしまうが、一人で行ったからこそ触れられたものや、知ることの出来たものが自分の胸の中に多く残っているのだと思い、改めて一人旅を決行した自分を自分で褒めていた。そして、そうして胸の中に留まったものを友人たちに話すことはもっとかけがえのないことのように思え、ユースケの口はニヤニヤしっぱなしだった。
「ああ、そうだけど。あれ、言ってなかったっけ」
「俺は初めて聞いた」
タケノリは「ふうん」と感心して、そこら辺に落ちているユースケの衣服をベッドの脇へと次々に放り投げていく。そうして人一人分が横になれるスペースが出来ると、タケノリは自身のリュックを枕代わりにして床に寝転んだ。天井をぼうっと見上げ、何故か床に落ちていた消しゴムを天井に向けて投げ、天井すれすれまで行ってから落ちてくるのをキャッチしては、また投げて、を繰り返していた。
ユースケもようやく携帯用の灯りを発見し、それを鞄に放り込む。それを見つけ出すまでの間に引っ張り出された衣服が再び部屋に散らばるが、タケノリのいる部分だけが不自然に綺麗なため、そこだけ別の世界のようである。
「大学校行って何するんだ? 何かやりたいことあるのか?」
「んー……世界中を救うための勉強」
「なあるほどなあ」
タケノリはユースケの突飛な発言も安易に否定せずに素直に受け止めてくれる。何言ってるんだと馬鹿にされたり笑われたりするのを嫌っているわけではないのだが、それでもユースケにとっては、タケノリがそうして話を聞いてくれるのもタケノリを気に入っている部分だった。
「救うって言っても、色々な方面がありそうだなあ。医者になって病治すとか、政治家になって貧富の格差失くすために動くとか、色々」
「そんなこと今から言われても分かんねえよ」
「今から分かっておいても損はないと思うぞー」
「確かに」
だらだらと未来に思いを馳せているうちに、リビングにある時計がぼーんと大きな音を鳴らした。ユースケは自分の部屋の壁に掛かっている時計を確認する。
「なあ、あの二人遅くね」
「やっぱ道端に置手紙はダメだったかもなあ」
「タケノリさ、頭のネジ緩いって絶対」
「ユースケに言われたくねえぞー」
適当に言い合いながら、どちらからともなく二人を迎えに行く雰囲気になり、ユースケは重い腰を上げた。ベッドの上で横になっているうちに本格的に眠くなってきていたので、ふらふらと足取りが頼りない。それに反してタケノリの足取りはしっかりとしている。
外に出ると、ぶわっと風を前から浴びる。改めてユースケは旅した際に訪れた街で嗅いだ匂いとは違う、瑞々しい緑の香りに目が覚めてくる気分だった。靴紐を結び直し、とんとんと靴で地面にノックして早速二人を迎えに森の方へと向かった。
結果として、二人はタケノリの置手紙を確認できたわけではなかったらしいのだが、それでも先に行ったのだろうかと予想して集合してしばらくしてからユースケの家へと向かっていたようであった。森の中で二人と合流すると、二人はタケノリに非難を浴びせた。タケノリも軽く手をあげて多少は申し訳なさそうな声色で謝っていた。
「なあ、あのおじさんの猫の様子見に行かねえか」
話が落ち着いたところでユースケが真っ先にそう切り出した。セイイチロウは「ああ……」と小さく声を漏らし、カズキも「ねこぉ?……あの猫かあ」と遠くを見つめる目をしながら独り言のように言った。
「というわけで行くぞ、ほれ、ついてこい」
ユースケは強引にそう宣言し、商店街の方へと向かって歩き始めた。勝手に話を進めるユースケにセイイチロウとカズキは戸惑うも、タケノリが何も言わずに自然についていってるのを見て、二人もユースケたちの後を追った。
昼下がりの商店街は相変わらず物寂しく、まばらにしか人の姿はなく、ほとんどの店も積極的には客の呼び込みをしておらず、窓ガラスの向こうでぼんやりと通りを眺めているだけであった。ユースケはそれらの様子を見て、改めてあの賑やかな街の様子との違いを認識しながら、猫を飼っている店主の元へと向かった。
店主は店の前で箒を丁寧に掃いていた。今までそんなことをしていたのかとユースケが疑問に思うほど、特に店前が綺麗だなと思ったことも汚いなと思ったこともなかった。それでも、ユースケは何となく店主が掃いた先の部分を踏まないようにして店主に近づいた。
「おじさん、猫はどうなったんだ。大丈夫なのか」
ユースケが意気揚々と声を掛けると、店主は怠そうに首を動かした。ユースケと、その後ろにタケノリたちを認識すると、退屈そうにしおれていた眉がわずかに上がり、口角がニヤッと上がった。
「おお、また今日もまたえらく早いじゃねえか。サボりか」
「おじさんそればっかだな。もう夏休み入ったぜ」
「なんとまあ時間の経つのが早いこって」
店主は感心したように後頭部をぽりぽり掻く。ユースケたちの顔を見渡した店主は、何も言わずに店の中へ入っていく。置いてけぼりにされたユースケたちは、中に入るかそれともこのまま待つかを互いに視線を送り合ってアイコンタクトしていると、すぐに店主が籠を持って出てきた。
店主が自信満々そうにその籠をユースケたちの方に差し出す。その籠は、ユースケの記憶にも新しかった。
「お前ら、どうせこいつのことが気になって来たんだろ」
「分かってるじゃんおじさん」
「おいユースケ、場所取りすぎだ、どけって」
ユースケが真っ先に籠の中を覗き込み、その後ろからタケノリたちもユースケを押しのけんばかりになだれ込んでくる。争うようにして籠の中を覗くと、五体満足の猫が寝転んでこちらを見ているのが見えた。目が合うと、にゃあっと鳴いた。
「まあこの先もまた体調崩すかもしれないが、今しばらくはもう大丈夫だとよ」
「良かったあ……良かったっすねおじさん、本当に」
タケノリだけが唯一礼儀正しく、店主の話を聞いて心の底からほっとしたようにそう言った。店主も嬉しそうに表情を柔らかくさせた。ユースケたちは店主の話など聞かずに、すっかり猫に夢中になっていた。猫もそれに応えるように、元気になった証とでもばかりに、珍しくしきりにニャーニャー鳴いてみせていた。
猫の安否も確認出来て、ひとしきり戯れて満足したユースケたちは、店主に別れを告げてユースケの家へと向かった。その頃にはもう夕方近くになっており、ユースケの腹がぐうぐうと鳴って空腹を訴えかけていた。ユースケは、二週間滞在した、コトネの町のことを思い出していた。朝はとても早く、遠くまで出ては夕方頃まで働き続けて、周囲には何もない町だったが、食べるものだけは豊富にあり、ユースケが腹を空かせたときにはよくコトネが収穫してきたミニトマトやミカンをつまみ食いしていた。初めのうちはコトネに怒られると思いつつ盗み食いしていたが、そんなことが隠し通せるわけもなく呆気なくすぐにばれたが、こそこそ断りもなしに食べたことに怒られただけで収穫してきた物に手を付けたこと自体は特に注意されなかった。そのため、腹を空かせたときにはすぐにそうやって収穫してきた物を食べることが出来ていたため、そのときのことがとても恋しくなっていた。
「ユースケって本当に食い意地張ってるな。思い出も食い物絡みしかないのかよ」
そんな話をしたら、カズキに開口一番そう突っ込まれた。タケノリもセイイチロウもぷっと静かに吹き出し、ユースケはムッとして、憤りながらそのほかの思い出についても語った。田畑で働いていたために、自然と作物のことに関する話も多くなり、結局カズキに指摘されたように食べ物に関する話も多くしてしまったが、多少ながら町の人たちとの出来事やコトネとの諍いなども交え、タケノリたちは興味深そうにユースケの話に耳を傾けていた。そんなタケノリたちの様子を見ていると思わず、そのときタケノリたちがいたらという想像をしてしまうが、一人で行ったからこそ触れられたものや、知ることの出来たものが自分の胸の中に多く残っているのだと思い、改めて一人旅を決行した自分を自分で褒めていた。そして、そうして胸の中に留まったものを友人たちに話すことはもっとかけがえのないことのように思え、ユースケの口はニヤニヤしっぱなしだった。