緋の羽根・Ⅲ
文字数 2,485文字
いつもどこか醒めた声しか出さないユゥジーンが、肩を怒らせて喉の奥から叫んでいる。
「ざっけんな! ざっけんな! お前こそ何も見えていないじゃないか。そんな空洞みたいな目で何万年眺めていたって何も見えるもんか!」
隣のリリはギクリとした。
どんな時でも落ち着いて大人びた口をきいていたヒトが髪を逆立て、目頭から大きな雫をボロボロと溢(こぼ)している。
「ナーガ様が……あのヒトがどんな思いで蒼の長をやっているのかも知らないで! 確かにどいつもこいつも自分勝手で文句っタレだ。でもナーガ様はそういうのみんな引っくるめて大切にしてんだ。しなきゃならないんだ。世界を創り上げるのは自分勝手な文句っタレ共だからだ!」
そう言うや、ヤンとフウヤの間に駆け寄って、二人の肩をガッシと掴んだ。
「草の根の民を馬鹿にすんなよ! 踏まれても折られても凄い力で立ち上がるんだ。間違えても自分達で気付いてやり直すんだ!
そういう自浄の力を奪ってしまうと二度と戻らないと分かっているから、ナーガ様は見える所では動かない。それも最小限に足りるだけ。そっちの方が死ぬほど難しいんだぞ!
あんたらが間違ったから、同じ方へ流されないように必死なんだ。子孫の苦労も分からないで知った風な講釈たれるな! この・・○×◇・×××」
多分彼がこんなに捲し立てたのは、両親が健在で何もかも委ねていれば良かった幼児の頃以来だ。幼くして独りになった彼は、大人の間でひたすら要領よく生きねばならなかった。
掴まれた肩をガクガク揺さぶられたが、ヤンもフウヤも振り払おうとはしなかった。
興奮し過ぎて口が回らなくなってしまったコバルトブルーの友人の肩を、ルウシェルが後ろから支えた。
「ご先祖殿。私は『自分だけが絶対の力を持っている』事に意味を感じない。折角説明頂いたのに、まことに申し訳ない。
確かに、母も私も力足りぬ故、周囲の多くの者に支えられている。意見の合わぬ者も多い。砂漠の地はいまだ争いが絶えない。
だがそれら全ては、我等本人が向き合わねばならない事だ。向き合って一つ一つを丁寧に解(ほぐ)して行かねばならぬ事だ。力で治めたとて結局永くは続かない。多分、原初の蒼の長殿も、同じ道を辿られたではないだろうか。
もし図らずも羽根を授かるような事があっても……その時々を精一杯、羽根を持つ摂理を受け入れて生きていた、翡翠の羽根のカワセミ殿のようになりたい」
リリはルウシェルの反対側からユゥジーンの袖を握り締めていたが、突然スルリと心の中に何かが落ちて来た。
――あ、この、今皆が言っているのが、セツリとセキニンって奴なのか!
石像は黙っている。
残留想念の塊と言っていたが、彼に旬巡したり思い直したりする機構はあるのだろうか。
《 分かった 》
無表情な声。
《 お前達は小さな型に押し込められて育ってしまった。青く硬く曲がりくねって、もう……手遅れだ! 》
五人は咄嗟に身構える。
分断されぬよう、隣の者の身体をしっかり掴み、小さいリリを皆で囲った。
壁が回るか床が割れるか?
しかし変化があったのは、床の太陽の標だった。
いきなり光を強くして、天井まで風が噴き上げた。
「何だ!?」
ユゥジーンの声はザザザという音に遮られた。
標から、無数の銀の羽根が吹き上がったのだ。
ヤンやルウシェルが着けている緋の羽根とは比べ物にならない、一本一本が、大きくまっすぐで立派な羽根。
「ああっ、あの羽根!」
リリが叫んだ。
「あの羽根、喋るんだよ。さっき、この部屋に入ってすぐに足元に飛んで来て、拾い上げたら話し掛けて来た。『羽根の秘密を教えてあげる』って。そしたらいつの間にか違う場所に連れて行かれてて」
(『言霊』の籠められた羽根!?)
空気が軋む。
ドーム型の天井に、不気味な波紋を広げて水底の空間への穴が開いた。銀の羽根が木の葉のようにそちらへ吸い寄せられる。
《 羽根の秘密を地上にお届けするとしよう。お前達が拒否しようと、民は『羽根を背負う資質のある者』を追い求めるぞ。
何せ、羽根は主を守護するばかりでなく、他者の命を救う事も出来る。それこそ『命ひとつ捧げて救いたい者を救って貰える』のだ。力無き民達には願ってもないだろう。
現に、お前達の崇拝するあの翡翠の羽根の主も………… 》
そこで石像は一旦声を切って、考え込む素振りをした。
《 そうか、なるほど、分かったぞ。何故に今更、あの者が羽根を持って生まれたか 》
「え、何で……?」
ユゥジーンはつい聞いてしまった。
《 自分の未来に必要になるからだ。黒の病を持って生まれる我が子の為に 》
「え……」
すぅっと血の気が引くのを、ユゥジーンは感じた。確かに、シンリィは真っ黒で生まれて来た。自分は幼児だったが、あの時の里内の騒ぎは忘れない。
カワセミ長は、シンリィの命を救う為に、自分の翡翠の羽根を使った?
そして次に、同じ病で死に行く母親が、シンリィの為に羽根になって……?
《 本人達がどこまで自覚していたかは分からぬがな。元々羽根を持つには精神性の低い者であった。
だが、羽根の出現にはきちんと理由があったのだ。彼の息子の緋色の羽根は、さしずめお前達を羽根に親しませる為にこの世に来たのやもしれぬな 》
「ち、違う違う、違う!」
ユゥジーンは叫ぶ。
ヤンもフウヤも、顔を上げて口をパクパクさせる。
リリは、シンリィはそんなんじゃない……と悔しそうに呟く。
でも、口だけで幾ら反論しようが、言霊を含んだ銀の羽根達は現世に散り、自分達の言葉など、何処にも届かなくなってしまう。
四人は唇を噛み締めて俯いた。一人を除いて。
「理由があったと言うのなら」
西風の娘がしっかりと石像を見据えて言葉を紡ぐ。
「カワセミ殿は、羽根を持つ者の生き様を、教える為に来てくれた。シンリィは……」
他の四人は顔を上げて彼女を見つめる。燃えるようなオレンジの瞳。
「シンリィは、羽根はいらないと、教えに来てくれたのだ。弱く迷いやすい私達の為に」
***
僕らは弱い
だから
だから 補い合わねばならない
(ログインが必要です)