緋の羽根・Ⅰ
文字数 2,616文字
神殿奥、ほの暗いレリーフの間。
銀の有翼人に対峙する、フウヤとヤンの二人。
「僕達は金輪際あんたの思惑通りにはならない! リリにこれ以上何かしたら、あんたのその羽根全部むしってやる!」
リリを利用されてからのフウヤのキレっぷりに、横のヤンはちょっと心配になっている。でもまぁ、フウヤにお姉ちゃん関連は地雷だよなぁ……
《 どうもせぬわ…… 》
有翼人は呆気ないほど脱力して、投げやりに言った。
《 何故(なにゆえ)羽根の素晴らしさが分からぬ? かけがえのない者を、あらゆる災渦から守れるのだぞ 》
次の瞬間彼はフィッと消えて、フウヤの耳元に現れる。
《 頭を働かせろ、想像をするのだ。あの娘の背で、美しき羽根になったお前が永遠に共に生きる姿を。どんな愛より深くあの娘を守りながら 》
「や・め・ろ!!」
フウヤは瞳をたぎらせて、腰のナイフを抜いて振り回した。が、有翼人は避ける事もせず、腕はその身体を通り抜ける。
「落ち着けフウヤ、傷口開くぞ!」
と、たしなめるヤンの反対側にも有翼人は現れる。
《 お前はどうだ? あの西風の娘を永遠に守れる身になりたくはないか? 》
「え、普通に嫌ですよ、ルウに彼氏が出来た時とか地獄じゃないですか。あ―― でも、母さんを疫病から守れるんなら、ちょっと考えるかも」
「ヤン……」
このマザコン、と喉まで出掛かって、フウヤはさすがにやめた。
《 偉大なる羽根を持てるのは、風の末裔だけである。残念ながらお前の母親は該当しない。だが、そういう場合の手段はあるぞ…… 》
有翼人はヤンを覗き込んだまま、自身の羽根をひと撫でした。
《 この羽根一対で、無辜なる民一人の命を救う事が出来る。要するに、有翼人に頼めば、自分の命を使って誰かの命を救う事が出来るのだ 》
ヤンは硬直して有翼人を見る。冗談半分で言った言葉から、トンでもない情報が転がり出てしまった。それ、この世にあっていい能力じゃない気がする。悪いけど聞きたくなかった。
「へぇ」
フウヤが裏返った声を上げた。
「羽根は『限られた者』にしか持てないのに、羽根になるのは誰の命でもOKなんだ。そしてその羽根で無辜の民の命を救えるって? それって……」
握ったナイフに力が入る。
「知識の無い者を騙して羽根にするとかやり放題じゃん。怖い怖い。僕達にもやろうとしたよね。しかも貴方、結構やり慣れていた」
頭の先から足元まで、重なって背負われる色とりどりの羽根。
その中のどれだけが、合意の元に彼を守護する存在となったのか?
元々無表情だった有翼人だが、更に表情を堅くして、自らの羽根を撫でる。
《 だから何故にそのように嫌がる? 忌む? お前達の身近にも居るではないか。緋色の羽根に守られた子供が 》
二人ははたと止まった。
そう、ならばシンリィの羽根は何処から来たのだろう。あんなに無害そうなボケッとした子が、何処から羽根を得たのだろうか。
――羽根は、羽根その物は、忌む物ではない――
二人を百倍元気付けてくれる、西風の娘の声。
「ルウ!」
「羽根に依存し支配された心こそ、忌むべき物なんだ」
水の波紋が天上に広がり、楕円の穴が開いて、オレンジの瞳の娘が飛び下りた。
次いで、紫の前髪のリリ、コバルトブルーのユゥジーン。
「あたしがいなくて怖かったでしょ? もう大丈夫だよ!」
「はぐれたと思ったら、何楽しそうな事やってんだ、俺も混ぜろ」
飛び下りながら、ルウとユゥジーンは、空中で剣を抜いて頭上に掲げた。
――破邪――――!!
ヤンとフウヤの周りに忍び寄ろうとしていた黒い渦が、一気に洗い流されて行く。
密かに精神を取り込もうとしていた目論見を、上の二人は見逃さなかった。
破邪の光はそのまま広がり、部屋全体を包んで揺るがし始めた。
清浄な風が巻き、澱みを吹き散らし、術に縛られた空間をメキメキと解除して行く。
(え、何、この威力?)
と驚く二人の間を、術力強化の補助呪文を唱えたリリが、得意気に降りて来た。
「ルウ、ユゥジーン!」
「リリ、ああ良かったぁ」
地上に降りた三人に、ヤンとフウヤは駆け寄った。フウヤはちょっと躓(つまづ)いてユゥジーンに支えられた。
闇や波紋の渦は消え失せ、そこは現実味のある古い石造りのホールに変貌している。
明るくなってはっきり見えた壁のレリーフが、有翼人が羽根を授かる儀式らしき図だったのを見て、ヤンはゾッとした。
床の太陽マークだけは変わらない。
「あれ、あの無表情のおじさん、どこ行った?」
銀髪の有翼人は消えていた。
代わりに奥の祭壇に、天井まであろうかという背丈の、巨大な石像が立っている。
顔も姿も重なった羽根も、先程の有翼人と同じ。
そう、大昔に亡くなった祖先達の強い強い残留想念が、マボロシを結んでいただけだったのだ……
五人は、太陽の印を踏まないように気を付けて立ち、石像を見上げた。
幾重にも重なった羽根。
――自分の命を使って、ヒトに護りを与える方法がある――
こんなに便利で恐ろしい事はない。
「私とユゥジーンを有翼にしようとしたのは」
「僕達を羽根にしようとしたのは」
「蒼の一族に対する自己主張だった訳?」
「嫌がらせだよ、最悪の(俺がフウヤの羽根を背負うとか、そんな事態になったらナーガ様、多分立ち直れないぞ)」
「じじさまが相手にしたがらない訳だわ!」
石像は、冷たく虚空を見つめる。
さっきの破邪で封印し直せたのか?
ユゥジーンは油断なく、収めた二刀の柄を握りながら、気を張り巡らす。ルウも腕は立つが、このメンツだと、何かあったら真っ先に盾にならねばならないのは自分だ。
「ねぇ、このヒトがあの意地悪な空の波紋を作っていたの? 何でそんな事していたのかな。世界が嫌な奴ばっかになったら、自分も住みにくいじゃん」
フウヤの素朴な問いに、一番近い所まで知っていたユゥジーンでさえも、すぐには答えられなかった。
「う――ん……」
「それともここに引きこもっているから、嫌がらせさえ出来ればどうでも良かったのかな」
一番遠い所に居るフウヤは、ズバズバと身も蓋も無い事を言う。
《 どうでも良くなどない! 》
いきなりの声が響いて、一同小さく飛び上がった。
相変わらずエコー気味の声は、動かない石像から響いている。
《 嫌がらせなどでもない。我は与えてやっただけだ。民草の欲する物を与えてやっただけなのだ。世界が欲している物を与えてやっただけなのだ 》
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