飴色の跳ね駒・Ⅱ

文字数 4,656文字

  

「そんで話を戻すけれど、何で馬泥棒なんか……」

 シンリィがビクッと揺れて、フウヤの言葉は遮られた。
 次いでヤンも素早く石弓に手を掛けた。
「どうし……?」
「シッ!!」

 ――ペキペキ

 ――ズッ、ズッ、ズッ・・・

 灌木の枝を押し潰しながら、森の中を、質量のあるモノが移動している。

 四人の背後、繁みの揺れが、遠くから近付いて来る。

「何、何なになにナニ・・??」
「フウヤ、黙って」

 木の隙間から赤黒いヌメヌメが見えた。
 フウヤが悲鳴を上げそうになって、慌てて自分の口を押さえる。

「……砂ミミズだ」
 ルウシェルが、前のめりになって小声でささやいた。
 地元民だけに、知っているようだ。
「危険なの?」
 ヤンも前にのめって、顔を近付けて聞いた。

「凶暴じゃないけれど、好奇心が強いって聞いた。えっと……目と耳が無くて触覚に全振りしているから、刺激を与えず、ジッとしてやり過ごすのがいいって」

「り、りょーかい」

 フウヤも神妙に頷き、ヤンは静かに屈んで焚き火に砂を被せた。
 シンリィも三人に倣って、身を固くしている。

 ――ズズズ、ズッ

「でか……」
「フウヤなんかひと呑みにされそうだな」
「やめてよ……」

「確か雑食の筈。口は小さくて、虫とか木の実……アダンの実なんかが好物らしい」

「「え゛・・」」

 少年二人は、さっき食べかけていた実をどこへやったかと頭を巡らせた。
 馬泥棒を見付けて、放り出して……

 おそるおそる振り返ると、黄色い実は自分達の座るすぐ後ろに落ちていたが、何だか微妙に動いている。
 繁みから伸びた白い糸のような物が、うにょうにょと実を引き寄せているではないか。

「うへっ、気持ち悪・・」

 おそらくミミズが頭部から伸ばしている触手。
 アダンを感知し、ミミズは移動を止めていた。

「ど、どうする……」

「あれを食べ尽くして行ってくれるのを待つしか……うぁっ」
 いつの間に伸びて来た触手が、ヤンの足首に触れていた。
「冷たい、っていうか、痺れるっ、痺れるっ、痛いっ」

「毒持ちかよっ」

 フウヤが燻っている薪を掴み、ヤンの足に張り付く触手を焼き切った。

 プァッと空気を吐いて、ミミズが頭を持ち上げる。
 丸い口の周囲から放射状に突き出る髭のような触手。
 それらが一斉に伸びてこちらを向いた。


「ミミズ野郎、こっちだ!!」

 ルウシェルが叫んで、薪をカンカン打ち鳴らしながら、駆け出した。
「お前らは、そぉっと遠ざかれ!」

 ミミズは空気の振動に反応して、ルウの方へ進み出す。
 デカイ図体の癖に足が早い。

 ヤンが身を低くして石弓をつがえた。
「フウヤ、頭をこっちに向かせて!」
 白い子供は、持っていた薪の燃えさしをミミズの後ろ頭に投げ付けた。

 ――ボアッ

 ミミズは、空気を吐いて、二人の少年を振り向いた。
 その開かれた口に矢がぶち込まれ……

 ――ミチッ!・・

 瞬時に触手が束となって、急所を覆う。
 ポトリと落ちた矢は、木の部分が溶けて湯気を上げている。

「マジかよっ」

 シンリィはそれを見て、今更身震いして後ずさる。

「お前ら、逃げろって言ったろっ」
 ルウシェルが離れた樹上から叫んでいる。

「僕らは最終武器を持っている。君こそ逃げろ」
「親分が子分を置いて逃げられる訳ないだろ!」

「こっちだって女の子を囮に置いて逃げるなんてカッコ悪い事、出来る訳ないだろ!」

「ええっ女のコっ??」

「分かんなかったのかよ、フウヤ」
「知らないよそんなの……ぁあっ、ヤン、たんこぶ診るふりして上から覗いたでしょっ!」
「見えただけだっ!!」

「うるさぁいっっ!!」

 枝の上のルウシェルが顔を真っ赤にして衿元を押さえながら、地団駄を踏んでいる。
「私はお前らの親分だ! 親分は子分を守る物なんだ! とっとと逃げろ! おいミミズ、こっちだこっちだ!!」

 ミミズは、薪で幹を叩く振動の方を選び、再びそちらへ動き出した。
 ルウシェルは剣を構えて迎え撃つ。



「は――い、そこまで――」
 大人の男性の声がして、彼女の後ろから大きな手が剣の柄を引ったくった。
「僕の剣を返して貰いますよ」

 ――吹き上げろ

 その青い巻き毛の青年が、呪文を唱えて剣を振り上げるや、圧風が触手を押し返した。
 ミミズは、粘性のある触手の先が頭に貼り付いて、困ったようにモゾついている。

「探しましたよ、ルウシェル様。まぁ、説教はこいつを始末してからです」
 青年は剣を構え直す。

 地上のヤンとフウヤは戸惑った。
 いま現れた飴色の肌の青年は強そうで、自分達は助かったっぽいけれど、ルウシェルが思いっきり嫌な顔をしている。

「待って、シド・・」

 少年二人は今度は傍らを見て飛び上がった。
 まったく気配も無しに、そこにも一人の大人が立っていたのだ。
 天性の狩猟の民で察知力に自信のあるヤンですら、気付けなかった。

「まだ、鎮められるから・・」

 樹上の青年と比べて色素が薄めのその青年は、青銀の長い髪に魔力を孕ませながら、手にした錫杖(しゃくじょう)で地を打った。

 ――リィン・・

 空気の波紋が広がる。

 音の力の密度が、ヤンにもフウヤにも伝わった。
 シンリィも珍しく目を丸くしている。

 ――リン・・リン・・

 錫杖が空気を揺らす度にミミズは頭を下げ、触手を体内に戻し始めた。

 先の青年がルウシェルを連れて下りて来た。
 アダンの実を拾って、勢いを付けて森の奥へ放り投げる。
 実は風に乗って遠くまで飛び、ミミズはそれに反応して、付いて行った。


 赤黒いカタマリが木々の向こうへ遠去かり、フウヤがヘナヘナと座り込んだ。

「怖かったぁ」

「あの、ありがとうございました」
 ヤンが二人の大人に頭を下げた。

 二人は、ルウシェルを両側から囲んで、堅い表情をしている。

「ルウシェル様、この子供達が、貴女の家出の手引きをしたんですか?」

「ち、違うっ」
 女の子は慌てて否定した。
「砂漠の旅商人の馬車に乗せて貰ってここまで来たんだ。こいつらは、今さっき出会ったばかりで……」

「そうですか……・・ぇ??」
 改めて少年達を見た巻き毛の青年が、後ろでのっそり立ち上がった子供の羽根に、今初めて気付いた。
「そっ、その子、羽根っ……蒼の妖精っ?」

 ヤンとフウヤは嫌な記憶が蘇って、身構えた。
「そうですけれど、なにか?」
 世界には色んなカタチのヒトがいるけれど、背中に羽根はやっぱり特別感があるらしい。
 羽根に妙な誤解を持った大人達に追い回された経験が、彼らにはあるのだ。

 錫杖の青年が、何も言わずにスゥッとシンリィに寄った。
 二人の少年が立ち塞がる。

 が、彼はお構いなしに、屈んで二人の隙間からシンリィの目をじっと見た。

(ヤバイ!)
 ヤンは咄嗟にシンリィを引っ張って、身の後ろに隠した。
 ミミズを鎮めた様子からして、このヒトは多分、精神系の術使いだ。油断してはならない。

「蒼の妖精? やっぱりあれ、草の馬だったのか!」
 ルウシェルが肩を捕まれながら叫んだ。
「蒼の里へ行きたいんだ! 草の馬なら飛んで行けると思ったんだ。この近くなのか? なぁ、場所を教えてくれよ!」

「駄目です、何度言ったら分かって下さるんです。貴女を西風の里の外へやる訳には行きません」
 巻き毛の青年が掴んだ指に力を入れる。

「だって、シド達は子供の頃、蒼の里に留学したって言っていたじゃないか。何で私はダメなんだ」
「貴女が大切な長様の一人娘だからです。僕達とは違います。元老院でそう決まったのだから、納得して下さい」
「納得出来なぁい! 馬まで取り上げて他所にやっちゃうなんて、あんまりじゃないか!」

 ヤンとフウヤがピクンと揺れた。

「貴女が何度も何度も家出をなさるから……痛い、イタイ」
 暴れる女の子に体当たりされてシドが往生していると、青銀の髪の青年が側に寄り、腰を屈めて彼女を覗き込んだ。

「ルウシェル様」
「何? ねぇ、ソラは分かってくれるだろ。私は蒼の里へ行って、もっと色んな世界の勉強をしたいんだ」
「勉強は家庭教師の僕が教えます。蒼の里で学んだ知識は全て頭に入っています。不足は無い筈です」

「ここまで来たんだ、ちょっとの間でいいからさ、ソラァ……」

「蒼の里はまだまだ遥かに遠くです。子供の貴女に行き着くのは無理ですよ」

「だってあの子達は……」

 ルウシェルは少年達の方を見て止まった。
 今さっきまで居た彼らがいない、馬も荷物も無い。
 青年二人も一瞬呆けた。

(置いて行かれた……)
 ルウシェルは世にも寂しい気持ちになった。


 ――パン! パパパン!!

 いきなり周囲で何かが爆(は)ぜた。
「ええっ!?」
 白い煙、
 目に染みる刺激臭。

「うわっ」
 男性達も顔を覆って、女の子から手を離した。

「行っけぇ! シンリィ!!」

 白い髪の少年の叫び声。
 同時に、ルウシェルの肩を、小さい手が上から掴んだ。
 彼女は躊躇せずにその手にしがみ付いた。
 次の瞬間、体重が無いみたいにフワリと上に放り上げられる。

「わ・・!」
 視界が開くと、ルウシェルは大空の真ん中に居た。
 跨がっているのは、先程の白っぽい草の馬。
 後ろで膝立ちになって手綱を握るのは、羽根をくれたあの子供。

 さっきと全然違う。
 速い、速い、羽根が生えているみたいだ。
 と思ったら、後ろで子供が羽根を目一杯左右に広げている。
 風切り音が耳を震わせて後ろに飛んで行く。
 ああ、燕になったみたい……


 地上の男性二人は、まだ刺激臭の漂う中で、茫然としていた。
 離れた左右に、二人の少年の騎馬。

「あの、すみませんでした。恩人にこれ以上『唐辛子玉』を見舞いたくないので、行かせてあげて貰えませんか」

「君ら……」

「ヤン、ダメだムリだって決め付けて馬を取り上げるような大人なんか、何を言っても通じないよ」

「フウヤ、部族それぞれの事情があるんだから…… えと、僕ら、蒼の里の方から来たんです。ちゃんとあの子を蒼の里まで送り届けますから」

「そゆ事、じゃあね」

「待って!」
 錫杖(しゃくじょう)の青年が呼び止めた。

「なぁに? まだ唐辛子玉を浴びたい?」

「教えて欲しい。あの羽根の子供の両親の名は?」

 ヤンとフウヤは、離れた両側で顔を見合わせた。
「名前は知りません。両親は亡くしていて、叔父さんに育てられていると聞きました」

「そ、その叔父さんの名前は分かるか?」

 二人とも、何でそんな事? と首を傾げたが、青年は真剣な表情だ。
「さあ、名前までは……」

「ナーガさん」
 フウヤがキパッと答えて、ヤンはびっくりした。

「ナーガ・ラクシャってヒト。もういい? ヤン、行こう」

 少年達は両側に別れて森を駆け去った。


 残った二人。

「……ソラ」

「あの子供、綺麗なはなだ色の瞳をしていたんだ。あまりに懐かしくて、つい見入ってしまった」

「やはり亡くなってしまったのか、あのヒト達…… 薄っすらと風の便りでは聞いていたけれど、改めて正確に知ってしまうと、厳しいな……」

「僕らを最初に蒼に里まで連れて行ってくれた、あの二人。ここであの子達みたいに焚火をしたよな。僕はあの時の旅を、生涯忘れない」

「うん……」

 二人は、子供達を追うでもなく、そこに佇んでいた。
 
「で、ソラ、どうするか」

「あ、ああ……うん、取り敢えず長様に報告して作戦会議だ。慌てる事もないと思う。あの黒髪の年長の方の子はしっかりしていそうだったし」

「何だか僕らばっかり嫌われ損じゃない?」
「はは・・」

 ソラは、白い馬が急降下して来た場所に落ちていた、一枚の緋い羽毛を拾い上げた。

「いいじゃないか、ルウシェル様が家出してくれたお陰で、あのヒト達の子供に会えたんだ」







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登場人物紹介

シンリィ:♂ 蒼の妖精  愛馬は白蓬(しろよもぎ)

蒼の長ナーガの甥っ子。

言葉を使わないのに人付き合いが出来るのは、汲み取る力が突き抜けているから。

ヤン:♂ 三峰の民  愛馬は四白流星

狩猟部族の子供で弓の名手。家族は母一人。フウヤとは相棒同士。

指笛が得意なのは、幼い頃亡くなった父から唯一教わった物だから。

フウヤ:♂ 三峰の民  愛馬は栃栗毛(愛称・黒砂糖)

フウリの弟。風露を家出して、ヤンの家に転がり込んで居候。

ナーガを嫌っているのは、自分の無力を思い知らされるから。

ルウシェル:♀ 西風の妖精  愛馬は粕鹿毛

西風の長モエギの娘。シドとソラは教育係。

蒼の里へ行きたがっているのは、違う教育を受けたら自分は変われると思っているから。

ユゥジーン:♂ 蒼の妖精  愛馬はコバルトブルー(大器晩成タイプ)

幼名ジュジュ。執務室の見習い。シンリィと友達だがそれ以上にはならない。

ヒトとの関係を深めたがらないのは、失う事を怖がっているから。


リリ:♀ 蒼の妖精  愛馬はまだいない(白蓬が大好き)

ナーガとフウリの娘。身体の成長だけ早くて中身がアンバランス。

言葉の覚えが早いのは、自分の事を他人に知って欲しいから。

ナーガ・ラクシャ:♂ 蒼の妖精  愛馬は闘牙の馬二世

当代の蒼の長。長に就任した途端、数万年ぶりのご先祖様の逆襲が始まって大変。

父親としてポンコツなのは、『親』という物に高い理想を抱き過ぎているから。

シド:♂ 西風の妖精  愛馬は青毛

西風の長モエギの側近。修練所の教官。

エノシラを意識しだしたのは、生え方がエグくて悩んでいた胸毛をスルーされたから。

ソラ:♂ 西風の妖精  愛馬はパロミノ

西風の長モエギの側近。西風の外交官。

大長を追い掛けたのは、自分を叱ってくれるヒトがいないと不安だったから。

フウリ:♀ 風露の民

二胡造りの名人。ナーガの妻。フウヤの姉。

何があっても仕事がぶれないのは、大昔に諭してくれたヒトの言葉を忘れていないから。


大長:♂ 蒼の妖精  愛馬は先日亡くしました。今は夏草色の馬を拝借。

先先代の蒼の長。アイスレディの兄。行方不明扱いに乗じて、身分に縛られず行動。

名前が無いのは、授けてくれるべきヒトが急逝してしまったから。

ノスリ:♂ 蒼の妖精  愛馬は里で一番筋肉の多い馬

先代の三人長の内の一人。

おちおち隠居もしていられないのは、ヒヨコ長のナーガが危なっかしいから。


ホルズ:♂ 蒼の妖精  愛馬はぽっちゃり系

蒼の里執務室の統括者。ノスリの長男。

文句を言わず黙々と働くのは、縁の下の力持ちに誇りを持っているから。

エノシラ:♀ 蒼の妖精  愛馬はソバカス馬

助産師のヒヨコ。シンリィやルウシェルの世話をしていた事がある。

ダイエットを始めたのは、生まれて初めてのお姫様抱っこで相手がよろめいたから。


アイスレディ:♀ 蒼の妖精  愛馬はごく普通の馬(本人談)

ナーガの母。シンリィの祖母。大長の妹。風の神殿の番人。

妙に儚くなったのは、自分の役割がそろそろ終わる事を悟っているから。


赤い狼:?? ???

ヒトの欲望を糧に生きる、戦神(いくさがみ)。

何事にも動じなければ永遠に生きられる、そういう時間に価値を見いだせなくなったから…

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