西風・Ⅲ
文字数 3,526文字
「な、なにナニ!? 何なの!?」
驚きで口が回らないフウヤ。声も出せないヤン。
「大き過ぎる。今まで俺が退治したのなんか比べ物にならない」
おののくユゥジーン。
「に、西風の里が、の、の、呑み込まれてしま……」
ルウシェルは裸足の足で里へ向けて走ろうとしたが、重い衣装に足を取られて、ヤンに支えられた。それでも里へ行こうとジタバタもがく。
「ルウシェル様、僕が……」
と言うソラの肩に、大長が手を置いた。
「貴方は私を手伝ってください」
「え、しかし……」
「今見たように、アレは単発で叩くだけでは効かない。多方向から連携する必要があるんです」
「…………」
それから大長は、少年達に振り向いた。
「ユゥジーン、ナーガから術は預かっていますね。波紋の真下に飛んで待機」
「いっ、ウソ……、俺、あんなの相手した事ありません」
「貴方一人じゃないでしょう?」
コバルトブルーの少年は、オレンジの瞳の少女を見た。
確かに一緒に破邪の剣を教わったが。
「わ、私は前に一度闘って、全然駄目だった……」
「二人きりでもないでしょう?」
大長は、ヤンとフウヤも見やった。
(えっ、僕達!?)
蚊帳の外だと思っていたヤンは、電気に打たれたみたいにビビった。
僕らは空も飛べないし、術も何も使えない。
フウヤが進み出て、大長を睨み上げた。
「教えて! 僕達は何をしたらいい!?」
***
突如空に現れた巨大な波紋に、西風の里は騒然としていた。
花嫁の行方を気にするどころじゃない。
「あれは……砂漠でルウシェル様を捜索した時に見た奴か?」
皆が右往左往する中、シドは冷静に馬を引き出して、子供達を避難させていた。
「ただの竜巻ではあり得ない。時空を歪める系? ルウシェル様が言っていたように精神攻撃をして来る奴だったら、西風の子供には危険だ」
馬に乗れる年齢の子供に、小さい子供を乗れるだけ託して、空の揺らぎが見えなくなるまで走れと言って送り出す。
それでも馬が足りない。
『馬はそんなに重要ではない』と言い張る大僧正が鎮座していたお陰だ。
「シドさん!」
白黒の少年二人の騎馬が、目の前に駆け込んで来た。
「えっ、あっ、三峰の…… 君達、何でここにいる!?」
「長くなっちゃうから後! 大長さんからの伝言を言うよ!」
ルウシェルは、ユゥジーンに乗せられて、自分の馬の居る厩に降りた。
ご丁寧に里外れの厩にポツンと入れられていたのだ。
「あと、剣を!」
あれは緋色の羽根と共に、母者のベッドに隠していた。
ああもう遠いっ、と思っていたら、目の前にクルクルと飛んで来た。
「行け、我が娘よ」
「父者、いちいちカッコ良過ぎる」
剣をキャッチしたルウシェルは、重たい衣装の膝下をザッシと切り捨て、粕鹿毛に飛び乗るや、打ち上げ花火のように舞い上がる。
ユゥジーンも苦笑いしながら後を追った。
***
動揺する里人達の前に、見知らぬ少年二人の騎馬が、上空から舞い降りた。
ヤンとフウヤの馬に、いいって言うのにシドが飛行術を掛けてくれたのだ。
「蒼の大長さまからの伝言だ。『誇り高い西風の民よ、私は皆を信じている!』って」
蒼の大長様は、西風が一番苦しい時に立て直してくれた恩人だ。古い大人の中に覚えている者も多い。見知らぬ少年達ではあったが、里人達はその言葉で立ち止まって彼らを見た。
「あの揺らぎはヒトの心にちょっかいを掛けて来る。でもただのマボロシだ。強い心で跳ね返したら負けない」
「あんな奴ヘタレだよ、怖くない! 大丈夫!」
二人は叫びながら、人家の屋根や木の梢を踏んで里内を飛び移って行く。
地を走っていたら、正体不明の侵入者の戯言など誰も耳を傾けてくれなかったろう。
さすがシドは、自分の里の住人の傾向をよく分かっている。
大長に託された二人の役割。
――伝達係――
「ええ~~ 地味ィ!」
「ヒトの心を導くのが実は一番大切で、一番難しい事なのですよ。蒼の長だってそれを疎かにしたら、たまにしくじるんです」
利かん気の強いフウヤが、その言葉には素直に頷いた。
二人は、三つの部族の争いで、ヒトの心が拗れた時の難しさを身に染みて知っている。
シドだって、誰でも飛ばせるって訳ではない。
確たる『役割』を持っている者と、その愛馬だからだ。
白い祭祀場の周囲では、まだ灰色の騎馬が取り囲んで騒いでいた。
「出て来いや、オラァ!」
「決闘だっつってんだろ、ハゲェ!」
「あのお兄さん達、空の異変が気にならないの?」
「ハゲの癖にルウの花婿になろうとしていたのか」
「ヤン、今はそれどうでもいい」
二頭は砂の民の少年達の頭上を飛び越えて、祭祀場の屋根に着地した。
「お兄さん達、空が見えないの!?」
「んぁ? 何か渦巻いて……おお、よく見たらすげぇな」
「今、ルウシェルが退治に向かっています。協力して欲しい」
「嬢が? よっしゃ、何をすればいい?」
「騒ぎで里内に怪我人や事故が起こっていないか、見回って下さい」
「なんだぁ、何で俺らが……」
「いや、嬢の大切な故郷じゃねぇか」
「しゃあねぇな、おい行くぞ!」
「あ、あと」
「何だよ」
「ルウの為に祈って下さい。そういうのが彼女の力になるそうです」
荒くれた風体の少年達は一瞬目を丸くしたが、すぐ真顔になって頷き、里内に散った。
シドは、逃げそびれた小さな教え子達を一つ所に集めていた。
「おいで、みんな、手を繋ぐんだ。隣のヒトを信じて心を落ち着けるんだって、いつも教えていただろ」
子供達は頷き合って、輪になってしゃがんだ。
青い髪の子も混血の黒髪の子も、同じ輪に繋がった。
それを見ていた大人達も、戸惑いながら固まって手を繋いだ。
「ルウシェル様だ!」
誰かが叫んで、空を指差した。
大きく激しく波立って迫り来る波紋の真下、ルウシェルとユゥジーンの騎馬が、背中合わせに剣を構える。
ルウシェルは柄に七宝の花模様の剣。
ユゥジーンは左右に大小の二刀。
「僕達も行くぞ」
ヤンとフウヤも馬を駆って、広場の真ん中の高い木を螺旋状に一気に駆け上がった。
大長に言われたもう一つの役割がある。
こちらは里の外、遺跡の神殿上空に浮かぶ、大長とソラの騎馬。
「準備が整ったようですね、では」
「はい」
「行きますよ、カワセミ」
「・・はい」
呼び間違えにすぐ気付いた大長は罰悪い顔をしたが、ソラは黙って配置に行った。
下唇に、込み上げる嬉しさを噛み締めながら。
木の天辺のヤンは、波紋の中心に目を凝らす。
さっきから、バンダナの緋い羽根が、強風に煽られるように震えている。隣のフウヤも、口をギュッと結んで胸に下げた石を握っている。
「来ているの? シンリィ・・!」
ヤンの類い稀なる視力が、渦巻く流れの向こうに、くっきりと人影を捉えた。
その影が、左右アンバランスな羽根をサッと広げる。
――今だ!!
ヒュ――――ィイイ――!!
空を突き抜ける澄んだ指笛。
ルウシェルとユゥジーンは同時に剣を掲げ、力一杯術を唱えた。
――破邪!!!!
光が広がり、波紋はガクンと歪む。
だが、消滅には至らない。
へこまされた空の歪みは外へ膨らんで衝撃を逃がそうとする。
瞬時、里の外から翡翠色と緑の光が広がり、障壁となってそれを阻んだ。
次いで、同じ色の光弾が、今度はユゥジーン達の方へ飛んで来た。
大長とソラからの追加の呪文。
「早い、早いって!」
二人は両手で握った剣に必死で受けた。
再度、シンリィの動きを見たヤンからの指笛。
二人は息を合わせて破邪を唱える。
先程より大きな光が立つが……
まだ削り切れない。
樹上から見上げるヤンとフウヤは、それぞれの羽根と石を握り締めて祈る。
その根元で、灰色の騎馬達も集まって、胸で指を組んでいた。
今一度、外からの呪文が飛んで来る。
今度はもっと大きい。
(ヤバ・・受け止め切れない・・!)
ユゥジーンはもう身体の感覚が無かった。
――早く! しんりぃがもう倒れちゃう! ――
波紋の中心から響く女の子の声。
「リリ!!」
そうだ、あんな小さな子だって自分の役割から逃げていない。
歯を食いしばって、剣を握り直す。
ルウシェルだって限界だった。
破邪の剣自体、ほぼ使った事がない。
ソラの緑の光が飛んで来る。
受け止めたいのに、腕が上がらな……
二人の剣が不意に軽くなった。
真ん中に浮かんでいたのは、青い巻き毛のシドの騎馬。
掲げた大剣に両方の呪文を巻き込んでいる。
直後、ヤンの指笛。
「こいつを撃ち込めばいいのか? うおりゃああ!!」
ルウとユゥジーンも慌てて破邪を唱えて撃ち上げた。
それぞれの光が合わさって大きな光となる。
どんな恐ろしい災厄にもけして負けない、強い強い光。
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