風出流山・Ⅵ

文字数 2,755文字

 


 クレバスの棚、三人と一頭。

 手当てされ目覚めたルウシェルが、不安な声を出した。

「大長殿、風の民のご先祖のくれた羽根を断ってしまった。あれは受けてはいけない物だと本能が強く拒否したのだ。あれで良かったのだろうか。西風の未来の為に良かったのだろうか」

「あ――・・」
 大長はこめかみをポリポリと掻きながら、優しく言った。
「祖先と会って、その姿で戻ってくれた事が一番です。貴女の本能が拒絶したのなら、西風にとってそれで良かったのですよ」

「ではシンリィの羽根は何なんだ? あの子は良くないモノを背負っているのか?」

 大長が一瞬言葉に詰まった隙に、ユゥジーンが口を挟んだ。
「良くないモノの筈がないだろ。俺はあいつの羽根が好きだし、ルウだってそうだろ」

「う、うん……」

「ご先祖さんの羽根やさっきの羽根と、シンリィの羽根は違うでしょ、ね、大長様?」

 しばし俯いて考え込んでいた大長が、決心したように顔を上げた。

「シンリィの羽根はね、あれはあの子のお母さん、です」

「……?」
 少年少女は頓狂な顔を見合わせた。

「自分の命賭して、黒の悪魔に魅入られた我が子とその父親を守ろうとしました。それに対して誰も何も言えません」

「……? え、ええ?」
 最初よく分からなかった二人だが、比喩ではなくそのままの意味なのだと理解して、大きく目を見開いた。
「じゃ、じゃあ、さっき俺らの前に浮かんでいた羽根は……」

「残念ながら原理は一緒。元々は、何処かの誰かを守りたかっただけの、何処かの誰かの魂です。羽根になってしまったら意思はありません。ただ守りたいというだけの無垢な存在になるのです」
 大長の、膝の上で所在無さげだった拳がギュウと握られる。
「けして、集めて誇る物でも、やり取りをしていい物でもありません」

 ユゥジーンは生唾をゴクリと呑み込んだ。
 多分これが、ノスリ様の言っていた禁忌なんだ。
 ノスリ様の奥方は、誰かを助ける為に羽根になろうとして寸でで止められたのだろう。
 それは確かに言えない、広めてはいけない。ましてや執務室のメンバーみたいに、純粋に献身的なヒト達は、絶対にご先祖に関わらせてはいけない。
(う、受け取らなくて良かった、マジ、本当に……)

 少しの静寂の後、ルウがポツンと口を開いた。
「だからシンリィは、何もかも粛々と受け入れていたのか……」

 少年少女が真剣な顔でこちらを見て頷いてくれたので、大長は肩を下ろした。彼らはこの山で見聞きした事は、生涯胸に収めてくれるだろう。




「『ルウシェル』という仮名は父者(ててじゃ)が付けてくれた。砂の民の習慣で、女の子は悪い魔が近付かぬよう、わざと忌み名で呼んで、真名(まな)は本人にも教えない。言霊の術みたいなのは昔から何処にでもあったのだろう。古い慣習は侮れぬ物だな。父者に感謝だ」

 ルウの説明に、ユゥジーンは目を丸くした。
「ルウシェルって忌み名なの?」

「西の国の教典に出て来る、『地上に堕っこちた悪魔』だ」

「……あの、大長様?」
「はい」
「俺もナーガ様に感謝する所ですか、これ?」
「そうですね」

「お、俺の名前、ユゥジーンじゃないんですかぁ!? めっちゃ気に入ってるのに!」
「いいえ、貴方には、真の意味を教えていないだけだと言っていましたね」

 ユゥジーンはまた唾を呑み込んだ。以前、ヤンが何気に教えてくれた。
「……『羽根の、悪魔』?」

「知っていましたか!」
 大長は目を見開いた。
「仲良しルウシェルとお揃いの名前にしてあげたって、ニコニコして言っていましたよ」

「マジィ? ナーガ様、マジかよ、まったくもぉ!」

 色々と衝撃を受けて荒ぶっている少年を横目で見ながら、大長はまた口端をムズムズさせる。
 名前の意味を知っていたのに、言霊の術を跳ね退けたって!? 
(さすがはナーガが見込んで手塩に掛けているだけありますねぇ……)



 ***



 ふ、と大長が顔を上げ、夏草色の馬が鋭く嘶(いなな)いた。

「ああ――っっ、じじさまっ!!」

 氷壁にこだまする黄色い悲鳴。
 天井に小穴が開いて、紫の女の子がヤマアラシみたいに丸まって降って来た。

「リリ!?」
 ユゥジーンが前方に跳んで受け止める。

「ああっ、やだやだ、来たあぁ!」
 リリの開けた小さな穴を突き破って、顔に木の破片をくっ付けた怒りの黒虎が顔を出した。その他細々とした魔性も数を増やして引き連れている。

「やはり来てしまいましたか、リリ。用心に枝に仕込んだ『お守り』が発動してくれたようですが。そんな大所帯で来なくてもいいのに」
 大長がウンザリした表情で術を唱えた。
 薄い氷の膜が張り、魔性達は一時動きを止められる。
「ユゥジーン、この子達を連れてここを脱出しなさい」

「じじさま、ふうやとやんが、変な奴に捕まってるの。羽根を一杯生やした、自分の事ばっかり喋るおじさん。あたし助けに行くよ! しんりぃの事も絶対助けに行くからね!」
 小さい娘は、まだジンジンするお尻を押さえながら、上目で大長を睨み付けた。

 大長は判断に揺れた。
 物理のみで済ませるのなら、自分が行った方が容易い。即二人を奪還して退避するくらいの術力は残っている。
 隣でユゥジーンが、二刀に手を掛けて身構えている。彼ならこの場の魔性はあしらえるだろう。
 しかし……

「大長殿。私は今一度、有翼のご先祖殿と対峙しに行こうと思う」
 ルウシェルが顔色がすぐれないなりに身を起こして、きっぱと言った。
「先程は一方的で中途半端であった。きちんと決着を付けなければ、呼んで頂いた礼を欠くという物だ」

 濁りのない強い瞳に、大長は一瞬時と場所を忘れて、かの浅黄色の西風の長殿を思い出した。

 そう、ここでその場しのぎに先祖を封印し直せたとしても、いつかまた復活して、懸念を子孫に先送りするだけなのだ。
 何かを変えられるのは今で、それが出来るのは多分自分ではない。

「分かりました、西風のルウシェル、貴女にお頼みします。リリ」
「なに、じじさま」
「心を鎮めて場所を探りなさい。リリなら出来る」
「・・! 分かった!」
 女の子は指を組んで目を閉じた。
「ユゥジーン、二人の護衛を」
「了解です」

「こっちだよ!」
 魔性の出て来た穴にリリが飛び込み、ルウに肩を貸してユゥジーンも後に続いて行った。

 その穴を背に、大長はゆっくりと抜刀し、魔性達に向いて立ちはだかる。
 戒めの呪文の解けた黒虎が、唸り声を上げて、逃げた子供達を追い掛けたがっている。
「裏方ばかりでウンザリです。これが私達の性なのでしょうか」

 左隣にいつの間に、彼の頼もしい甥っ子が剣を構えて並んでいる。
「そんな物でしょう、蒼の長なんて」

 右にはサラサラと白いヴェールをなびかせた女性が、既に手の中に術を作って立っている。

 黒虎達はとても運が悪かった。




      ~風出流山・了~








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登場人物紹介

シンリィ:♂ 蒼の妖精  愛馬は白蓬(しろよもぎ)

蒼の長ナーガの甥っ子。

言葉を使わないのに人付き合いが出来るのは、汲み取る力が突き抜けているから。

ヤン:♂ 三峰の民  愛馬は四白流星

狩猟部族の子供で弓の名手。家族は母一人。フウヤとは相棒同士。

指笛が得意なのは、幼い頃亡くなった父から唯一教わった物だから。

フウヤ:♂ 三峰の民  愛馬は栃栗毛(愛称・黒砂糖)

フウリの弟。風露を家出して、ヤンの家に転がり込んで居候。

ナーガを嫌っているのは、自分の無力を思い知らされるから。

ルウシェル:♀ 西風の妖精  愛馬は粕鹿毛

西風の長モエギの娘。シドとソラは教育係。

蒼の里へ行きたがっているのは、違う教育を受けたら自分は変われると思っているから。

ユゥジーン:♂ 蒼の妖精  愛馬はコバルトブルー(大器晩成タイプ)

幼名ジュジュ。執務室の見習い。シンリィと友達だがそれ以上にはならない。

ヒトとの関係を深めたがらないのは、失う事を怖がっているから。


リリ:♀ 蒼の妖精  愛馬はまだいない(白蓬が大好き)

ナーガとフウリの娘。身体の成長だけ早くて中身がアンバランス。

言葉の覚えが早いのは、自分の事を他人に知って欲しいから。

ナーガ・ラクシャ:♂ 蒼の妖精  愛馬は闘牙の馬二世

当代の蒼の長。長に就任した途端、数万年ぶりのご先祖様の逆襲が始まって大変。

父親としてポンコツなのは、『親』という物に高い理想を抱き過ぎているから。

シド:♂ 西風の妖精  愛馬は青毛

西風の長モエギの側近。修練所の教官。

エノシラを意識しだしたのは、生え方がエグくて悩んでいた胸毛をスルーされたから。

ソラ:♂ 西風の妖精  愛馬はパロミノ

西風の長モエギの側近。西風の外交官。

大長を追い掛けたのは、自分を叱ってくれるヒトがいないと不安だったから。

フウリ:♀ 風露の民

二胡造りの名人。ナーガの妻。フウヤの姉。

何があっても仕事がぶれないのは、大昔に諭してくれたヒトの言葉を忘れていないから。


大長:♂ 蒼の妖精  愛馬は先日亡くしました。今は夏草色の馬を拝借。

先先代の蒼の長。アイスレディの兄。行方不明扱いに乗じて、身分に縛られず行動。

名前が無いのは、授けてくれるべきヒトが急逝してしまったから。

ノスリ:♂ 蒼の妖精  愛馬は里で一番筋肉の多い馬

先代の三人長の内の一人。

おちおち隠居もしていられないのは、ヒヨコ長のナーガが危なっかしいから。


ホルズ:♂ 蒼の妖精  愛馬はぽっちゃり系

蒼の里執務室の統括者。ノスリの長男。

文句を言わず黙々と働くのは、縁の下の力持ちに誇りを持っているから。

エノシラ:♀ 蒼の妖精  愛馬はソバカス馬

助産師のヒヨコ。シンリィやルウシェルの世話をしていた事がある。

ダイエットを始めたのは、生まれて初めてのお姫様抱っこで相手がよろめいたから。


アイスレディ:♀ 蒼の妖精  愛馬はごく普通の馬(本人談)

ナーガの母。シンリィの祖母。大長の妹。風の神殿の番人。

妙に儚くなったのは、自分の役割がそろそろ終わる事を悟っているから。


赤い狼:?? ???

ヒトの欲望を糧に生きる、戦神(いくさがみ)。

何事にも動じなければ永遠に生きられる、そういう時間に価値を見いだせなくなったから…

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