スノウドロップ・Ⅱ

文字数 3,514文字

 



「ふぅん・・よくできた芸術品ですこと・・」
 氷のように冷ややかな声。

 ナーガのマントを羽織ったお下げ娘が、シド人形を凝視している。
「ふむ大した物だ」と覗き込んだ長殿はギッと睨み付けられ、カエルみたいに口を結んで黙った。

 雨の中、正座してシュンと並ぶ少年三人。
「ゴメンナサイ……」

「シドさんに頼まれたんですか?」

「ち、違う違う、違う!」
 三人はそこだけは慌てて否定した。
「俺らが勝手にやったの。セーター編んで解(ほど)いてるぐらいならハッキリさせろよって」
 お下げ娘が赤くなってギギッと睨み、ユゥジーンは黙らされた。

「まあまあエノシラ、この子達にはキッチリお灸を据えて置くから……」
 そう取りなすナーガ長の目の前にも、白い石のペンダントがギギギッと突き付けられた。

「それでナーガ様もいきなりこんな物をくださったんですね。『運命の人に巡り会わせてくれる護り石』ですって? 何で今更と思ったんだけれど、どうせそれにも何か仕掛けがしてあるんでしょう?」
 お下げの先までピリピリと電気が通っているようだ。普段穏やかで大人しいヒトが本気で怒ると、どんな荒くれ者にも醸し出せない凄味がある。
 ナーガもタジタジと、ペンダントを返されるしかなかった。

(っていうか、ナーガ様まで何かコチャコチャと画策してたのかよっ!)


 エノシラはナーガの馬で送られたが、始終俯(うつむ)いて無言のままだった。
 そうして里へ戻るとすぐ自宅に籠り、その日は誰とも顔を合わせなかった。

 少年三人はホルズにコンコンと説教され、厩の掃除罰を言い渡された。
 しかもやり終えるまで口をきいてはいけないというオマケ付き。

「ヤッホ、ヤンにフウヤ、久し振り。喋っちゃいけないんだって? やれやれ何をやらかした?」
 シドが軽口を叩いて呑気に通り過ぎるのにキリキリ歯噛みしながら、三人は黙々と寝藁をかき集めた。

 最後の厩に寝藁を敷き終え、三人、空腹で気絶しそうになりながら、フラフラと執務室への坂を登る。
 カンテラを灯してナーガ長が一人で待っていてくれた。

「もう喋っていいよ、お食べ」

「いただきますっ」
 湯気を上げた饅頭を差し出され、三人はバネみたいに飛び付いた。
 喉をつまらせながらガツガツと食べ物を平らげる少年達を、ナーガは頬杖を付いて何とも言えない力の抜けた表情で眺める。

「エノシラからのお達し。先程の事、誰にも言わないようにって。特にシドに言ったら、一生縁を切るそうだ」

「えぇ……」
 ユゥジーンが饅頭の中身を口の端からはみ出させながら情けない声を出す。

「そんなに言っちゃダメな事?」
 フウヤがナーガを見つめて素直に聞いた。

「うん、一言で言うとエノシラは、シドに、自分の事などとっとと忘れて幸せになって貰いたいんだ」

 三人は黙った。エノシラさんがそう言うのなら、それで終いにしなきゃいけないんだろう。

 ドッと疲れて三人は、執務室を後にして里の裏への暗い坂を下る。
 三峰の二人は、本日はユゥジーンの下宿に泊めて貰う事になっている。

「ベッドは一つだからジャンケンな」
「はぁい」
「前に泊めて貰った時は、ベッド二つあったよね」
「ああ、今そっちの部屋はシドさんが入ってる。まぁ、部屋替えはしょっちゅうだよ。留学生が複数来たら、俺は一番狭い隅っこへ追いやられる」

「意外と大変なんだね」
「なんだかんだ言ってまだ小僧だからな。あ――あ、早くエノシラさんみたいに独立したい」
 丁度、山茶花(さざんか)林の前で、ユゥジーンは立ち止まってそちらを見やった。

「この奥がエノシラさんのパォだけれど、シンリィは一時期そこで暮らしていたんだ」
「本当?」
 ヤンとフウヤも立ち止まって、暗い林を見た。パォは奥の方にあるらしく、ここからでは見えない。

「随分さみしい所だね」
「うん、でも俺は好きだよ。居住区の明かりが届かないから、星がめっちゃ綺麗」
「僕も好き、秘密基地みたいで!」
「はは」

 下宿は修練所の棟続きの細長い建物で、三人がそろそろと部屋に収まると、すぐに扉を叩く音がした。
 開けると、巻き毛のシドが、熱い飴湯のポットを持って立っていた。
「差し入れ」

 ユゥジーンが礼を言ってポットを受け取ったが、彼はまだ何か言いたげにしている。
「シドさん?」
「あのさ、僕、明日西風に向けて出立する事にした」
「え、ナーガ様に何か言われたんですか?」

「ナーガ様が高空から雲を見て、雨に当たらないで飛べるのは明日だけのようだと教えてくれたから…… 他に何かあったの?」
「あ、いえ、同じです。ナーガ様もそう言って心配していたから」

 ユゥジーンがごまかして、冷や冷やした残りの二人も肩を下ろしたが、巻き毛の青年はまだ突っ立ったままだ。
「それでさ、ちょっと僕の部屋へ来て喋らない? 疲れているならいいんだけれど」

 え・・と年長の二人が目配せする前に、フウヤがすぐに「いいよ!」と返事した。
「明日帰っちゃうんだもん、早く寝なきゃいけないのに寂しくて眠れないんでしょ!」

 青年は罰悪そうに苦笑いした。


「僕もさ、留学時代はよく罰則喰らったよ。罰則の月間チャンピオンになった事もあるんだぜ」
「そんなランキングあるの?」
「あるある、棒グラフにして教卓の裏に張ってた」
「えっとね、シドさん、ルウの事をアレコレ言えないと思います」

 荷造りの済んだ部屋で、四人が床に車座になっている。
 最初は程々で退散しようと思っていた三人だが、西風の青年のぶっちゃけ話が面白く、罰則の疲れを吹き飛ばしてお喋りに花が咲いた。

「ええっ! ルウのお母さんがナーガ様の初恋のヒト?」
「内緒だぞ、超ナイショ」
「言いませんよ、あのヒト、ガチでへこむから」
 そういえば三峰の二人ともこういう風にダベってみたかったんだよな、とユゥジーンは思い出した。
(今年は行き損ねたけれど、来年こそは三峰の秋祭り、行こう)

「あ~ははは、あはは~」
「どうしたフウヤ、ん? その持っている瓶は何だ?」
「あはは~ね~ぇねぇ、次~はさ~」
「お、おい、葡萄酒の瓶じゃないのか、それ」
「いやフウヤは葡萄酒くらいで……違う、この匂い蒸留酒……ウォッカですよ、これ!」
「うわっ、半分空けちまってる!」

「えへへへ~、こりぇより、総~員、大、恋バナ暴露大会~~!」
「女子かよっっ!」


 ***


 明け方、山茶花林に靄が立つ。
 赤い目をしたエノシラは、露に濡れるパォから出て、ゆっくりと背筋を伸ばした。
 夜明け間近の藍色の空に黒い雨雲が流れ、その隙間に久し振りの煌星(きらぼし)が見える。

 気配に娘は振り向いた。
 靄の中、赤っぽい黒髪の少年が立っている。
「三峰のヤン…… 一人なの?」
 声はまだ硬さを帯びている。

「はい、フウヤは夕べウォッカを飲んじゃって、大の字で転がっています」
「あらまあ」
「勢いで酒盛りになって、シドさんとユゥジーンも重なって引っくり返っています」
「……はぁ……」

「その、すみませんでした、昨日の事」
 ヤンは思いきり頭を下げた。
「…………」
「夏にフウヤが目の前で猪にやられて、命に関わる怪我をした。あんな時どんな気持ちになるのか知っていたのに。僕が止めるべきでした」

 エノシラの怒っていた眉が下りた。
「どんな気持ちになったの?」

「えぇ……えっと……息が止まって、世界が歪んで……現実じゃないみたいにぐにゃぐにゃに歪んで、それからえっと、後悔、後悔、後悔、後悔ばっかり……」

「そう、一緒ね」

 ヤンは顔を上げてエノシラを見た。
 青い瞳の淵は赤く腫れぼったいが、穏やかな表情。
 戒めの為に質問されたと思ったのだが、そうでもないみたいだ。
「だ、だから、いつ何があっても後悔しないよう、フウヤといる一時一時を大事にしようと思っています。生きていれば別れる時は、いつか必ず来るでしょうから」

「まあ、四六時中そんな事を思いながら暮らしているの?」
 エノシラは少し驚いた感じで唇を開いた。

「ああ、あ――……弟達が…… まだ幼い内にあっという間に別れてしまったので……ああいうのって急に来るんですよ、何の思い出を作る暇も無く」
 しまったこういう事を言うつもりじゃなかったのに。少年は頬を熱くして視線を下げた。

 その間に、エノシラはフイと踵を返してパォに入ってしまった。
 ヤンがドギマギしていると、すぐに赤い塊を抱えて戻って来た。

「シドさん、今日、帰るんですって?」
「はい……」
「これを、シドさんが寝ている間に、荷物の中へ紛れ込ませて頂戴」

 受け取った塊は、ザックリ編まれた毛糸のセーター。
「くれぐれもあたしが編んだ物だとは思わせないでね。ただあげたくなっただけ。あげたいというあたしの欲望を、果たしたくなっただけだから」 







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登場人物紹介

シンリィ:♂ 蒼の妖精  愛馬は白蓬(しろよもぎ)

蒼の長ナーガの甥っ子。

言葉を使わないのに人付き合いが出来るのは、汲み取る力が突き抜けているから。

ヤン:♂ 三峰の民  愛馬は四白流星

狩猟部族の子供で弓の名手。家族は母一人。フウヤとは相棒同士。

指笛が得意なのは、幼い頃亡くなった父から唯一教わった物だから。

フウヤ:♂ 三峰の民  愛馬は栃栗毛(愛称・黒砂糖)

フウリの弟。風露を家出して、ヤンの家に転がり込んで居候。

ナーガを嫌っているのは、自分の無力を思い知らされるから。

ルウシェル:♀ 西風の妖精  愛馬は粕鹿毛

西風の長モエギの娘。シドとソラは教育係。

蒼の里へ行きたがっているのは、違う教育を受けたら自分は変われると思っているから。

ユゥジーン:♂ 蒼の妖精  愛馬はコバルトブルー(大器晩成タイプ)

幼名ジュジュ。執務室の見習い。シンリィと友達だがそれ以上にはならない。

ヒトとの関係を深めたがらないのは、失う事を怖がっているから。


リリ:♀ 蒼の妖精  愛馬はまだいない(白蓬が大好き)

ナーガとフウリの娘。身体の成長だけ早くて中身がアンバランス。

言葉の覚えが早いのは、自分の事を他人に知って欲しいから。

ナーガ・ラクシャ:♂ 蒼の妖精  愛馬は闘牙の馬二世

当代の蒼の長。長に就任した途端、数万年ぶりのご先祖様の逆襲が始まって大変。

父親としてポンコツなのは、『親』という物に高い理想を抱き過ぎているから。

シド:♂ 西風の妖精  愛馬は青毛

西風の長モエギの側近。修練所の教官。

エノシラを意識しだしたのは、生え方がエグくて悩んでいた胸毛をスルーされたから。

ソラ:♂ 西風の妖精  愛馬はパロミノ

西風の長モエギの側近。西風の外交官。

大長を追い掛けたのは、自分を叱ってくれるヒトがいないと不安だったから。

フウリ:♀ 風露の民

二胡造りの名人。ナーガの妻。フウヤの姉。

何があっても仕事がぶれないのは、大昔に諭してくれたヒトの言葉を忘れていないから。


大長:♂ 蒼の妖精  愛馬は先日亡くしました。今は夏草色の馬を拝借。

先先代の蒼の長。アイスレディの兄。行方不明扱いに乗じて、身分に縛られず行動。

名前が無いのは、授けてくれるべきヒトが急逝してしまったから。

ノスリ:♂ 蒼の妖精  愛馬は里で一番筋肉の多い馬

先代の三人長の内の一人。

おちおち隠居もしていられないのは、ヒヨコ長のナーガが危なっかしいから。


ホルズ:♂ 蒼の妖精  愛馬はぽっちゃり系

蒼の里執務室の統括者。ノスリの長男。

文句を言わず黙々と働くのは、縁の下の力持ちに誇りを持っているから。

エノシラ:♀ 蒼の妖精  愛馬はソバカス馬

助産師のヒヨコ。シンリィやルウシェルの世話をしていた事がある。

ダイエットを始めたのは、生まれて初めてのお姫様抱っこで相手がよろめいたから。


アイスレディ:♀ 蒼の妖精  愛馬はごく普通の馬(本人談)

ナーガの母。シンリィの祖母。大長の妹。風の神殿の番人。

妙に儚くなったのは、自分の役割がそろそろ終わる事を悟っているから。


赤い狼:?? ???

ヒトの欲望を糧に生きる、戦神(いくさがみ)。

何事にも動じなければ永遠に生きられる、そういう時間に価値を見いだせなくなったから…

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