水の底・Ⅱ

文字数 1,391文字

     

「その羽根はシンリィの物ですねぇ」

 いきなりな声に、リリは飛び上がった。
 慌てて膝の頭を支えたが、子供は眠ったままだ。

 目を上げると、青灰色の林の前に、一人の背の高い男性が立ってる。
「父さま? ……違う。だぁれ?」
「一緒に流されたという少年に頼まれて、貴女を探しに来たんです」
 ちょっと父に似たその男性は、周りの空間と同じように揺らいでいた。

「あっ、ゆぅじんも無事だったのね、よかった。ね、お水持ってない? この子具合が悪いの」

「私は今、意識だけで実体がないのですよ。触(さわ)れないし何も渡せない。そちらからなら空間に穴を開ける事が出来るんですがね」

「そうなの? あっ、そういえばさっきこの子がやってたのが、穴を開けるって奴? あれは、あたしには出来そうにないなぁ」
 まったく、外の世界は知らない事のオンパレードだ。

「でも、貴女の道案内をする事は出来ます。さっきシンリィが開けた穴がまだ塞がっていませんから、そこからこちら側に戻れます。導きますから、着いて来て下さい」

「ホント? あ、でも……」
 リリは膝の少年を見た。
「あたしじゃこの子……シンリィっていうの? この子を背負えない。あんたもこの子に触れないのよね?」
「残念ながら」
「そう、どうしよう」

「その子は、術を使った反動で、回復する為に眠っているだけです。彼の馬がその子を守るから大丈夫ですよ。それより貴女、その空間に長く居るのは良くありません。早くこちらへ戻らなければ」

「良くないんなら、やっぱりこの子も連れて行かなきゃ」
「その子はね、いいんです」
「?」
「シンリィは、欲も不満も疑念も何もない。奥底にしまい込むモノがないんです。だからそこに居ても支障がない。貴女、そこに居ると、邪(よこしま)な語り掛けをして来るマボロシが現れなかったですか?」

「うん? 変わった子には会ったけど、ちょっとお喋りしただけだよ。あれって、マボロシなの? ギュッて抱いてあげたら消えちゃった」
「…………」

「何? 何かイケナかった?」
「いえ……ああ、それより私もあまり長く意識を飛ばしていられないんです。さあ、立って」

「うん……」
 リリは、睫毛を縫い合わせたように眠る子供を見つめた。
 この頭を、固い冷たい地べたに下ろさなきゃならない。
 そうして、ずっと独りでここで、起きたり眠ったりするのだろうか。

「あたし……」
「?」
「この子に、側に付いててあげるって言ったの。だから安心して眠っているのに、目が覚めて独りだったら、きっと凄く寂しいわ」
「…………」

「この子、お薬をくれたのに、ちゃんとありがとうを言っていないの。だから、その、欲とか、フマン、ギネン? そういったモノを追い出して、ありがとうだけで頭を埋めていたら、ここに居てもいい?」

「…………」
「駄目かしら?」
「……いえ」
 背の高いヒトは、瞬(まばた)きもしないで紫の前髪の女の子を見つめた。


 すべての事に意味があるのなら、水面の波紋に落っこちたこの娘をシンリィが掬い上げたのには、どんな意味があったのだろう?


「ゆぅじんに、母さま宛に伝言を頼んでもいい? リリは、ちょっと用事が出来ました。遅くなるけど心配しないでって」
「承知しました。伝えておきます」

「もしかしたら、割りと遅くなるかも」
「割りと、ですか?」
「うん、さっきの女の子にまた会って、睫毛の色、見たいなあって」
「…………」








ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

シンリィ:♂ 蒼の妖精  愛馬は白蓬(しろよもぎ)

蒼の長ナーガの甥っ子。

言葉を使わないのに人付き合いが出来るのは、汲み取る力が突き抜けているから。

ヤン:♂ 三峰の民  愛馬は四白流星

狩猟部族の子供で弓の名手。家族は母一人。フウヤとは相棒同士。

指笛が得意なのは、幼い頃亡くなった父から唯一教わった物だから。

フウヤ:♂ 三峰の民  愛馬は栃栗毛(愛称・黒砂糖)

フウリの弟。風露を家出して、ヤンの家に転がり込んで居候。

ナーガを嫌っているのは、自分の無力を思い知らされるから。

ルウシェル:♀ 西風の妖精  愛馬は粕鹿毛

西風の長モエギの娘。シドとソラは教育係。

蒼の里へ行きたがっているのは、違う教育を受けたら自分は変われると思っているから。

ユゥジーン:♂ 蒼の妖精  愛馬はコバルトブルー(大器晩成タイプ)

幼名ジュジュ。執務室の見習い。シンリィと友達だがそれ以上にはならない。

ヒトとの関係を深めたがらないのは、失う事を怖がっているから。


リリ:♀ 蒼の妖精  愛馬はまだいない(白蓬が大好き)

ナーガとフウリの娘。身体の成長だけ早くて中身がアンバランス。

言葉の覚えが早いのは、自分の事を他人に知って欲しいから。

ナーガ・ラクシャ:♂ 蒼の妖精  愛馬は闘牙の馬二世

当代の蒼の長。長に就任した途端、数万年ぶりのご先祖様の逆襲が始まって大変。

父親としてポンコツなのは、『親』という物に高い理想を抱き過ぎているから。

シド:♂ 西風の妖精  愛馬は青毛

西風の長モエギの側近。修練所の教官。

エノシラを意識しだしたのは、生え方がエグくて悩んでいた胸毛をスルーされたから。

ソラ:♂ 西風の妖精  愛馬はパロミノ

西風の長モエギの側近。西風の外交官。

大長を追い掛けたのは、自分を叱ってくれるヒトがいないと不安だったから。

フウリ:♀ 風露の民

二胡造りの名人。ナーガの妻。フウヤの姉。

何があっても仕事がぶれないのは、大昔に諭してくれたヒトの言葉を忘れていないから。


大長:♂ 蒼の妖精  愛馬は先日亡くしました。今は夏草色の馬を拝借。

先先代の蒼の長。アイスレディの兄。行方不明扱いに乗じて、身分に縛られず行動。

名前が無いのは、授けてくれるべきヒトが急逝してしまったから。

ノスリ:♂ 蒼の妖精  愛馬は里で一番筋肉の多い馬

先代の三人長の内の一人。

おちおち隠居もしていられないのは、ヒヨコ長のナーガが危なっかしいから。


ホルズ:♂ 蒼の妖精  愛馬はぽっちゃり系

蒼の里執務室の統括者。ノスリの長男。

文句を言わず黙々と働くのは、縁の下の力持ちに誇りを持っているから。

エノシラ:♀ 蒼の妖精  愛馬はソバカス馬

助産師のヒヨコ。シンリィやルウシェルの世話をしていた事がある。

ダイエットを始めたのは、生まれて初めてのお姫様抱っこで相手がよろめいたから。


アイスレディ:♀ 蒼の妖精  愛馬はごく普通の馬(本人談)

ナーガの母。シンリィの祖母。大長の妹。風の神殿の番人。

妙に儚くなったのは、自分の役割がそろそろ終わる事を悟っているから。


赤い狼:?? ???

ヒトの欲望を糧に生きる、戦神(いくさがみ)。

何事にも動じなければ永遠に生きられる、そういう時間に価値を見いだせなくなったから…

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み