冬茜・Ⅶ

文字数 2,559文字

 
 
 
 
 まったく分からなかったシンリィの情報を、少しでも聞けた。
 三人の心は一歩だけ軽くなった。
「そのまま真っ直ぐに生きる……か」
 ヤンが呟いたが、言うほど単純な事ではないよな、と三人ともに思った。


 旅の初めにジュジュとシンリィに会った草原の小さな丘は、地図に印が付けられているが、まだ何日もかかる先だ。
 だが行きずりの村で、蒼の里の情報は頻繁に聞けるようになった。
 空に何度か草の馬も見かけ、フウヤのアイデアで地面に文字を作ってみたりしたが、気付いて貰えなかった。

「飛んでる時は下なんか見ないよ、怖いもん」
 と言うルウとフウヤがケンカになって、間に入ったヤンが気を揉む羽目になった。


 だから、やっとジュジュと再会出来たというのに、最初に出た言葉が、「飛んでる時、下見る?」だった。


 『棘の森』というのが近くにある集落で、「蒼の妖精さんならさっき、森の方へ飛んで行くのを見たなぁ」の証言を得、三人で気合いを入れて空を見張っていたら、飛んで来たのが何とジュジュだったのだ。


「え? え――と・・??」
 と返答に困っている、コバルトブルーの髪の少年に、後の言葉より先に、三峰の二人は抱き付いた。

「遠くは見るけど、足元なんか見ないよ、必要無いもの。真下から女の子の乗った騎馬が打ち上がって来るとは、普通思わないし」
 少年三人が絡み合う横で、ルウが額のたんこぶを押さえてうずくまっている。
「心配してやらないの? 一応女の子だろ。まぁ俺も、頭突きを喰らった顎が重々痛いんだけどさ」

 このヤンと同い歳くらいなのに妙に大人びた少年の、ぶっきら棒さは変わっていなかった。
 本当は、次に会ったら旅の土産話を沢山するって約束をしていたのに、そんな会話が再会の幕開けで。

「ごめんっ」
 三峰の二人が頭を下げ、ルウも慌てて頭を下げた。

「シンリィの事? いや謝る必要ないと思うよ。あいつが自分で決めた事だろ?」
 サラリと言い切られてポカンとする三人に、ジュジュは続けて言った。
「エノシラさんから大体聞いているんだ。ヤン、それと西風の妖精さんだっけ? 身体はもう大丈夫なの?」
「……うん……」

 取り敢えず四人は落ち着いて座り、初対面のルウシェルとジュジュは名乗り合った。

 ジュジュが言うには、猟師小屋に現れた幻みたいな女性・・エノシラさんは、蒼の里の住人で、シンリィの母親代わり。助産師の卵で、医療師の弟子、との事。
 夢の中で赤い狼に導かれて子供達を診察した後、すぐに起きて、夜中だったが、長殿に報告に行った。

 だから三人が報せなくても蒼の里は、シンリィが魔性に連れて行かれた事を知っていた。
 ついでに西風の長娘がこちらに向かっている事も知って、西風の里に鷹を飛ばして問い合わせ、留学の受け入れも了承済みだと言う。

「シンリィの事はさ、とにかく君らが気に病む事はない。ナーガ様がくれぐれもそう伝えてくれって。まぁあいつ、どっか行っちゃう時は必ず何か理由があるんだ。そんでちゃんと戻って来る」

「そ、そうなの……」
 ヤンが茫然と返事した後、ジュジュは片眉を上げて、ところでフウヤ、と切り出した。

「ナーガ様はさ、どちらかと言うとシンリィよりも君の事をメチャクチャ心配しているよ。感謝しろとは言わないけれど、大事に思われてる事ぐらいは知って置いた方がいいと思うよ」

 ムスッとするフウヤの横で、ヤンがそっと口を挟んだ。
「あの、市場で僕がヒト買いと間違えたのが、ナーガさまってヒト?」

 ジュジュが返事をする前に、フウヤが頬を膨らませたまま頷(うなず)いた。

「じゃあ、ジュジュ、ナーガさまに伝言をお願いしたい」
「うん?」
「僕とフウヤの馬は、多分ナーガさまが用立ててくれた物だ。だから、少しづつでも代金を返させて下さい、って……伝えてくれる?」

 フウヤはガバッと顔を上げてヤンを見た。自分からはまったく抜け落ちていた事だ。

「それと、ヒト買いと間違えてごめんなさいって……あ、これはいいや、いつか会えた時に直接言う」

「うん、それでいいと思うよ」
 ジュジュは草を払って立ち上がった。

「そろそろ行かなきゃ、皆が後ちょっとの所まで来ているって、ナーガ様に報告して置くよ」
 彼の髪色に似た鮮やかな草の馬を引き寄せて、少年はもう一度振り向く。

「それとな……シンリィが着いて行きたがったせいで、君らの旅が台無しになっちまった。すまなかった……」

 そんな事ないっ、と言おうとする少年達より先に、ずっと黙って考え込んでいたルウシェルが、スゥッと声を出した。
「理由があると言うのなら」
 ツンと突き出た唇がゆっくり動く。

「私達が、旅の何処かで病に倒れ、雨の中行き詰まる事を知っていて、着いて来たがったんじゃないのか? シンリィは」

 言ってしまってから、いや変な事言ってゴメン、と打ち消したが、少年三人はハッとした顔で口を開いていた。





 その夜三人の子供は、焚火を囲んで、それぞれの内緒にしていた事を打ち明けた。

「フウヤのお姉ちゃんが、ナーガさまのお嫁さん?」
 ほ――ん、という顔のヤンの前で、フウヤは真っ赤になって、別にシスコンとかじゃないしっ! と、聞いてもいないのに口走った。
「でも本当にここだけの話にして。風露は結界も無いし、お姉ちゃんを守る物が何も無いから」

 二人は神妙に頷いた。
 ジュジュの口調からも察しが付いていた。そのナーガさまが、『蒼の長』なんだ。
 確かに、それは内緒にしていたかっただろう。

 ルウの内緒話は、『ジュジュは確かにイケメンだったが、私のタイプではない』という、心底どうでもいい告白だった。
「私、もしかしたら、イケメン基準がズレているのかもしれない」
「そうか、うん、まぁ、ジュジュには言わないでやってくれ」


 そして……ヤンとフウヤは、せーの! で同時に言った。
「あのホロホロ鳥、シドさんに貰ったんだ!」

 もう今更で、ルウシェルは笑って呑み込んでくれた。
 手首の腕輪と、胸の緋色の羽根に手を当てて、
「私達は沢山のモノに護られて生きている。いつかは護る側に立てるようにならねば」
 そう呟いた穏やかな瞳に、焚き火の炎が静かに揺れていた。


 ヤンとフウヤは何年経っても、その時のオレンジの色を忘れない。



           ~冬茜・了~

           ~序章・了~






 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

シンリィ:♂ 蒼の妖精  愛馬は白蓬(しろよもぎ)

蒼の長ナーガの甥っ子。

言葉を使わないのに人付き合いが出来るのは、汲み取る力が突き抜けているから。

ヤン:♂ 三峰の民  愛馬は四白流星

狩猟部族の子供で弓の名手。家族は母一人。フウヤとは相棒同士。

指笛が得意なのは、幼い頃亡くなった父から唯一教わった物だから。

フウヤ:♂ 三峰の民  愛馬は栃栗毛(愛称・黒砂糖)

フウリの弟。風露を家出して、ヤンの家に転がり込んで居候。

ナーガを嫌っているのは、自分の無力を思い知らされるから。

ルウシェル:♀ 西風の妖精  愛馬は粕鹿毛

西風の長モエギの娘。シドとソラは教育係。

蒼の里へ行きたがっているのは、違う教育を受けたら自分は変われると思っているから。

ユゥジーン:♂ 蒼の妖精  愛馬はコバルトブルー(大器晩成タイプ)

幼名ジュジュ。執務室の見習い。シンリィと友達だがそれ以上にはならない。

ヒトとの関係を深めたがらないのは、失う事を怖がっているから。


リリ:♀ 蒼の妖精  愛馬はまだいない(白蓬が大好き)

ナーガとフウリの娘。身体の成長だけ早くて中身がアンバランス。

言葉の覚えが早いのは、自分の事を他人に知って欲しいから。

ナーガ・ラクシャ:♂ 蒼の妖精  愛馬は闘牙の馬二世

当代の蒼の長。長に就任した途端、数万年ぶりのご先祖様の逆襲が始まって大変。

父親としてポンコツなのは、『親』という物に高い理想を抱き過ぎているから。

シド:♂ 西風の妖精  愛馬は青毛

西風の長モエギの側近。修練所の教官。

エノシラを意識しだしたのは、生え方がエグくて悩んでいた胸毛をスルーされたから。

ソラ:♂ 西風の妖精  愛馬はパロミノ

西風の長モエギの側近。西風の外交官。

大長を追い掛けたのは、自分を叱ってくれるヒトがいないと不安だったから。

フウリ:♀ 風露の民

二胡造りの名人。ナーガの妻。フウヤの姉。

何があっても仕事がぶれないのは、大昔に諭してくれたヒトの言葉を忘れていないから。


大長:♂ 蒼の妖精  愛馬は先日亡くしました。今は夏草色の馬を拝借。

先先代の蒼の長。アイスレディの兄。行方不明扱いに乗じて、身分に縛られず行動。

名前が無いのは、授けてくれるべきヒトが急逝してしまったから。

ノスリ:♂ 蒼の妖精  愛馬は里で一番筋肉の多い馬

先代の三人長の内の一人。

おちおち隠居もしていられないのは、ヒヨコ長のナーガが危なっかしいから。


ホルズ:♂ 蒼の妖精  愛馬はぽっちゃり系

蒼の里執務室の統括者。ノスリの長男。

文句を言わず黙々と働くのは、縁の下の力持ちに誇りを持っているから。

エノシラ:♀ 蒼の妖精  愛馬はソバカス馬

助産師のヒヨコ。シンリィやルウシェルの世話をしていた事がある。

ダイエットを始めたのは、生まれて初めてのお姫様抱っこで相手がよろめいたから。


アイスレディ:♀ 蒼の妖精  愛馬はごく普通の馬(本人談)

ナーガの母。シンリィの祖母。大長の妹。風の神殿の番人。

妙に儚くなったのは、自分の役割がそろそろ終わる事を悟っているから。


赤い狼:?? ???

ヒトの欲望を糧に生きる、戦神(いくさがみ)。

何事にも動じなければ永遠に生きられる、そういう時間に価値を見いだせなくなったから…

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み