第30話 神功皇后の福岡 本陣香椎宮と仲哀天皇

文字数 1,942文字

次の寄港地は、福岡市東区香椎にある香椎宮(かしいぐう)である。ここが熊鷲退治の本陣となり、軍勢を駐在させ、出撃に備える場所になる。香椎は鹿児島本線の香椎駅があり、博多へ行く場合は、いつもの通過駅だった。今回、初めて香椎宮へ参拝したが、格式が高い神社であることに驚いた。この地で仲哀天皇が亡くなり、墓地の石碑もあるし、宮内庁も十年に一度、勅使が来て式典を盛大に行なうという。次回は令和六年に予定され、宮内庁の方が泊まる宿舎が建設中である。由緒では、「仲哀天皇がここで琴を弾き、神の声を皇后の仲介で聞いた『三韓には金銀財宝があるそこを攻めて統治せよ』と託宣があった。しかし天皇は『海から眺めても陸は見えない』と反論し、神の怒りにふれ急死したと述べている。一方、日本書紀では、「天皇は熊襲退治で筑紫方面へ出陣し、小郡市にある御施大霊石神社で敵の毒矢に当たり、香椎で、五十二歳のとき亡くなった」と記述している。私は、進撃した小郡の神社で、熊鷲軍の毒矢に当たって死んだという説が、真実味があると思った。天皇とはいえ、脆い、生身の人間であることの証拠である。
参謀の権化のような武内宿祢も、香椎宮の傍に建物を建て住んだ。その跡地があった。湧き出る清い「命の水」も、皇后が飲まれたものだ。私も、飲ませてもらった。同じ生き物として、有り難く頂戴した。
仲哀天皇は、勇猛な方だ、先陣切って熊鷲に戦を仕掛けた。
本陣より遠方で、敵陣に近い小郡市大保にある御施大霊石宮(みせたいれいせきぐう)の地に本陣を設けた。仲哀九年二月の事だと由緒板に掲示してある。実際に行って見ると。街道添いの見通しの良い田畑に囲まれた平地である。宝満川を挟んで羽白熊鷲に対峙した。熊鷲は大和朝廷を認めず納税もしない不届き者である。嘉麻市及び朝倉市周辺に勢力をはり、地元では山賊と呼ばれ、村落住民にとっては、迷惑なヤクザな奴であった。天皇は、朝廷に対する反逆者征伐と、搾取される村民救助のため、敵を恐れず進軍した。敵は闇夜に近接し、明け方、総攻撃を懸けた。熊鷲は背中に白い羽根を持ち飛び回る。高く飛び上がり、毒矢を仲哀天皇に放った。運悪く天皇に、毒矢が当たってしまった。
近所の老人に聞くと、「この神社へは、二十五年に一度、宮内庁の勅使が来宮し、大祭を施行するのだ」と教えてくれた。宮内庁も先祖の天皇の戦死の場所と認め弔いをするのだろう。
天皇軍は、退却し香椎宮に戻った。仲哀天皇の崩御の報を聞き、神功皇后は嘆き悲しんだ。愛する夫に付き従って、この辺境の地までやって来た。心身ともに大きな支えを失った皇后は、心が折れそうになった。しかし、ここで、泣き崩れ、葬儀を行うわけにはいかない。天皇逝去を発表すると、天下が乱れる。死亡を隠し、密葬に決めた。そして、仲哀天皇殺害の犯人・熊襲征伐を、命がけで実行する事を自分に課した。
神功皇后は、故人を供養埋葬するため遺骸を担がせ、久山町の斎宮に赴かれた。
斎宮(いつきのみや)は、糟屋郡久山町山田にある。皇后は、隠密裏に、天皇の死骸を久山市の齋宮に、家来百人と共に運ばれた。皇后が神官となり、厳粛に弔いの儀式を行われた。聖母(しょうも)屋敷で暫く、喪に服された。聖母とは皇后の事をいうと久山教育委員会で教えて貰った。この地域は皇后の伝承が沢山残っている。齋宮の裏に、山田小学校がある。令和二年の授業の一環で、「私たちの齋宮物語」という絵本を作成し、発刊していた。近くに審神者(さにわ)神社があり由緒によると、「祭神中臣烏賊津主(いかつみ)という人物が祈祷師として使われ、熊鷲と韓国との戦闘を占って貰った。志半ばで、凶弾に倒れた夫・仲哀天皇の事後処理を如何にすべきか、皇后は気弱になり、迷っていた。烏賊津主の祈祷により、『熊鷲の誅伐と三韓征伐を実行すべし』という神のご託宣を神功皇后は知ることとなった」という。
久山町は小さな山々に囲まれていて、田園が広がり、里山の落ち着いた環境を持っている。北の方に三岳と遠見岳がある。その麓に猪野大御神の神社が地域を見守っている。私も、夫没後の皇后の思いを計り知りたくて、遠見岳の登山道を登ってみた。この山は、きつい登り坂もあるが、木々に囲まれており、晩夏でも涼しかった。一時間後に辿り着いた。頂上は、展望が開け、西日が落ちかけ、オレンジ色の博多市街地や海の島々が眺望できる。皇后がこの位置で[韓国を確認し、戦闘の志を固められた]という石碑が建っている。
荘厳な趣ある舞台で、先々の厳しい試練を乗り越えていく、決意をされたのだ。私も、皇后がそばに居られるようで、身が引き閉まる思いがした。展望の方角石盤が示す通り、左に博多のタワー、右に沖縄、壱岐対馬、その先に韓国が見える。
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