第10話

文字数 1,882文字

       10

 神白のキックは、レオンのいる位置ちょうどに飛んだ。レオンは集中しきった表情でボールを見上げている。
 ルアレ8番がレオンに寄せた。すぐさま二人の間で、手と身体によるポジション争いが始まる。
 レオンと8番は同時に飛んだ。だがレオンのほうが高い。ミートの瞬間、くっと首を引き、勢いを殺して真下に落とす。
 ツータッチ目で、レオンは前を向いた。競り勝つだけでなくマイ・ボールにする高等技術である。ルアレ8番を置き去りにし、ドリブルを開始する。
(強くて速くて上手い。これがうちのエースだ。逸材揃いのルアレのディフェンス陣でも、そう簡単には止められないだろ)
 確信する神白の視線の先で、レオンはドリブルを続けた。敵陣の中程まで至ると、敵4番が寄せてきた。
 すかさずレオンは左にスライド。4番が足を出してくるが、届かない位置にボールを転がす。
 バルサ7番へのパスになった。7番は両手で背後の敵2番を制し、ダイレクトで落とす。
 レオンが走り寄る。右足をぐっと踏み込んで、左足の甲でボールを捉えた。
 ドゴッ! 鈍い音が聞こえたかと思うと、一瞬にしてボールはキーパー後方に飛んだ。しかし、カンッ! クロスバーに当たり、弧を描いて大きく跳ね返っていく。
 ボールの向かう先にはルアレ7番がいた。ちらっと後ろを見ると、頭ですらした。
 オルフィノが反応した。数歩進んで、胸で止めて前を向く。
(カットはできなかったか! でも!)悔やむ神白は、「アリウム!」と指示を出す。
 アリウムはすばやくオルフィノに寄せた。一m程の間隔でオルフィノと対峙する。
 オルフィノは、両足の間にボールを置いた。するとすうっと脱力した棒立ちになった。放心したような顔でぼんやりと前を見ている。
(何だそれは?)神白は訝りつつも、集中を切らさない。
 アリウムが右足を浮かせた。隙だらけのオルフィノのボールを狙う。
 刹那、オルフィノの右足が動いた。地に付けたままの踵を軸に回転させる。
 こつんとボールを突いた。空中のアリウムの足の下すれすれを通過した。
 アリウム、反応できない。オルフィノはアリウムを置き去りにしてドリブルを始めた。
(ノーモーション! それもアリウムが足を出す瞬間を狙って! 心でも読めるのかよ!)神白は驚嘆しつつ、「(リー)!」とボランチの6番に叫んだ。
 6番がオルフィノに寄せた。腰を落として油断なく構える。
 するとオルフィノ、またしても直立姿勢になった。今度は右手を上げて、「モンドラゴン!」と右方に向かって大声を出す。
「焦るな! オルフィノの動きをよく見ろ!」神白は必死で声を張り上げるが、6番は右足でボールに足を出した。
 こつん。オルフィノの足にボールが押された。五秒前のリプレイのように、ころころと6番の足の下をボールが通過する。
 オルフィノはボールを追い、ドリブルを続ける。
(そんな馬鹿な! 二人連続で同じ技で抜いて──)
 神白は戦慄すると同時に危機感を強めた。オルフィノはすでに、ペナルティーエリア近くまで到達している。
 暁が前に立った。「安心しろ、樹! ファンタジスタだが何だが知らんが、俺は抜けん!」と、勇壮に宣言して半身の姿勢を取った。
 左へとオルフィノはボールを運んだ。だが暁のリアクションは早い。右足を出してシュートコースを塞ぎにいく。
 オルフィノは構わず撃った。神白はぐっと全身に力を込める。
 暁の右踵にボールが掠った。神白の読み筋から不自然に軌道が変わる。
(なっ!)絶句する神白の左を転々とボールが進んでいく。そのままぱさり。ネットを揺らして地面に落ちる。
 神白ははっとしてオルフィノを見た。「やった! 狙い通り!」幸せそうに言い放つと、オルフィノは小走りで自陣へと戻っていった。
(コースを変えるために、遼河の踵に当てたのか? あり得ないだろ! 股抜きシュートは予測してた。けどそんな超絶シュートが来るなんで予想できるはずが──)
 立ち尽くす神白の耳に、主審の鳴らす笛の音が聞こえた。〇対一。前半十五分、バルサ、痛恨の失点だった。
「樹、悪い」と、重い声が耳に届いた。神白は振り返った。暁が呆然とした面持ちで見つめてきていた。
「うなだれんな、遼河! 今回はやられた! なかったことにはできない! けど、もうやられないぞ! もっとオルフィノの動きを読んで、今度はばっちり止めてやる!」
 神白はぱしっと両手を叩いて喚いた。ただの空元気だったが、気合いで負けたら終わりだと感じていた。
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