第2話

文字数 1,280文字

       2

 イスパニョールとの試合も終了が近づいた。神白の好調もありバルサは無失点だったが、シュートがゴールバーに弾かれるなどの不運にも見舞われて得点もできていなかった。
 ロスタイムも数分が経過した。神白はディフェンスからのパスを止めて、ちらりと前方に目を遣った。すぐに助走を取り、右へと大きくキックする。その瞬間、ピッ、ピピーッ! 後半終了、すなわちPK戦突入を示す笛が鳴った。
 ミーティングを終えて、神白はゴールの前に移動した。視線の先ではイスパニョールの7番が、ボールをゆっくりと地面に据えていた。
(焦るな。こいつはストライカーで右利き。引っ張る方向、つまり俺の右に蹴ってくる可能性が高い。PKが百発百中って奴じゃあない! 落ち着けば止められる! いや止める!)
 己を鼓舞した神白は、グローブ同士を全力でぶつけて気合いを入れた。
 敵7番は集中しきった表情で、二歩三歩と退いていき静止した。キッカーの向こう側のセンター・ライン上では、両チームの面々が膝立ちで肩を組んでいる。
 主審が鋭く笛を吹き、PK開始。だが、ぼとん。神白のすぐ眼前を何かが縦に横切った。神白は、とっさに落下物に目を遣る。
(豚の、頭? 誰が……、観客? まさか、フェーゴの事件の真似を……)
 敵キッカーは、呆気に取られた風に固まった。神白は驚愕しながらも、あまりにも有名な出来事を想起する。
 ポルトガルの選手、フェーゴはある時、バルサからルアレ・マドリーダCFに移籍した。バルサのファンは激怒し、試合のコーナー・キック時、キッカーのフェーゴに様々な物体を投げ込んだ。その中の一つが子豚の頭だった。
 バルサとルアレはライバル関係にあった。かつてフランスコ独裁政権が、バルサを魂のクラブとするカタルーニャ民族を弾圧する一方で、ルアレを支持したためだった。
(そりゃあ俺はカデーテ〈十五、六歳の選手のチーム〉で、下部組織間とはいえルアレから「禁断の移籍」をやらかした。けど、だからって、こんなに大事な試合でこの仕打ち……。俺って、そんなに重罪かよ)
 やりきれない気持ちの神白に向かって、主審が小走りで寄ってきた。豚の頭を拾い上げると、また駆け始めて、神白の後方のゴール裏に放る。
「PKを続けて!」主審はピッチに引き返しつつも、良く通る声で叫んだ。
 敵キッカーはふーっと息を吐き、PKに没入したような顔付きになった。だが神白の緊張の糸は完全に切れていた。
 再び笛が鳴らされた。キッカーが走り出す。神白は無理やり切り替えて、キッカーの動きを注視する。
 疾走したキッカーが軸足の左を踏み込んだ。
(来る!)右足でのキックを予想し、神白は右に跳んだ。
 だがボールを捉えたのは左の爪先。神白の予想よりワンテンポ速くシュートが来る。
 ふわりと浮いたボールはワンバウンドの後、ぱさりとゴール・ネットを揺らした。
(じ、軸足キック。この大一番で、よくもそんなトリッキーな──)神白がさらに動揺を深める中、キッカーはイスパニョールの仲間が歓喜に沸く場所へと走って行く。
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