第4話

文字数 867文字

       4

 その後エレナは、神白より先にバスを後にした。エレナは、バルセロナのアパートに一人暮らししているという話だった。
 やがてバスはカンプ・ノウに着き、近くの選手寮に住む神白たちが降りる番となった。
 バスの出口の階段を下り、神白は路上に降り立った。右方の動く姿に気がつき、神白は目をやった。ゴドイだった。夜の静けさに包まれる石畳の道を、歩きで自宅へと向かっている。
 少し迷ったが、神白はゴドイへと駆け寄った。
「監督!」神白はゴドイに声をかけた。ゴドイは振り返り、「どうした?」と気さくな調子で返事をした。
「すでにご存知かもしれませんが、エレナコーチについてお話ししたいことがあるんです」神白は慎重に告げた。ゴドイは恐れているわけではなかったが、敬うべき存在で一線は引いていた。
 ゴドイは神妙な表情になった。聞いてくれると判断した神白は、先ほどの一件をゴドイに説明した。
 ときおり頷きを交えつつ、ゴドイは神白の言葉を傾聴し続けた。
「よく教えてくれた。スタッフに伝えて、今日のような事態が極力起こらないようにする」
 話が終わって、ゴドイはぴしりと断言した。(良かった)と神白は胸をなでおろす。
 するとゴドイは、思案に暮れるような難しい面持ちになった。
「カタルーニャ独立はセンシティブな問題だよ。民族意識から独立を志向する者もいれば、独立後の経済の状況を考慮し反対する者もいる。私もあらゆる面を熟慮した結果、どちらの立場も表明できないという結論に落ち着いている」
 ゴドイは一度言葉を切った。(監督もいろいろあったんだな)と、神白は静かに納得する。
「だが一番解せないのは、そういった切実な思いの籠もったデモに、騒ぎたいだけの若者が便乗することだな。これに関しては、私も忘れたい出来事がある」
「それは、どんなものですか」神白は間を置かずに応じた。
 ゴドイは苦々し気な顔で、おもむろに口を開いた。そこから告げられた言葉は、にわかには信じられないものだった。神白は、あまりもの衝撃にしばらく動けなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み