第2話

文字数 2,888文字

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 その後、ヴィライアとバルサの合同練習が行われた。両チームともモチベーションは高く、声が頻繁に飛び交っていた。
 練習は昼前に終わった。午後、神白は暁を誘い、バルセロナの観光に赴いた。昔の友人を紹介するためにエレナ、天馬、レオンも誘ったが、所要のためエレナ以外は欠席だった。
「聞きしに勝る神々しさだよな。何気に初めて来たけど、こりゃあ一見どころか百見ぐれえの価値はあるぜ。昔のお偉いさん方は、よくもこんな奇想天外な建物を建てる気になったな」
 前方のステンドグラスを注視しつつ、暁は感嘆の声を漏らした。周囲には観光客の姿があり、ざっと百人はいそうだった。
 三人がいる場所は、十九世紀に着工し現在でも建築が進んでいる教会、サグラダ・ファミリアの内部だった。広大な空間の壁には色とりどりのステンドグラスが配置されており、神聖で鮮やかな光を内側に投げかけている。ところどころに乳白色の柱が屹立しており、はるか上方の天井には同色の幾何学模様が整然と並んでいた。
「カンプ・ノウの中の礼拝堂もだけど、優れた宗教施設って見てると心が洗われる感じだよね。昔の聖職者から、何かを語りかけられてる気がするというか。うん。うまく言い表せないけど、なんかそんな感じだ」
 同方向に視線を向けながら、エレナが感慨深げに言葉を紡いだ。
 神白は集合場所のサグラダ・ファミリア前で、エレナを暁に紹介していた。神白の時と同様、エレナはにこやかに自己紹介をした。
「うおい。どえらい別嬪さんがコーチをしてんだな。さすがの俺もびっくり仰天だぜ」暁は驚きで目を見開きつつ、漏らした感想がこれだった。
 しばし三人は、サグラダ・ファミリアの荘厳な光景に言葉を失った。神白は十回近く来ていたが、何度見ても胸に迫るものがあった。
「遼河。ヴィライアではどんな感じなんだ? 最近、初めてトップチームの試合に出たって聞いたけど。順調なのか?」
 神白は暁に向き直り、平静に問い掛けた。
 暁は顔を戻すと、力強い笑みを浮かべた。
「よくぞ聞いてくれた! そりゃあ順調も順調。場外ホームラン級に絶好調だ。俺のトップ降臨は、三週間前の東京レクセル戦だった。左のセンター・バックで、俺は後半十五分に途中出場した。元日本代表にして三十三歳の大ベテラン、長谷川さんとタッグを組んで、相手選手をちぎっては投げちぎっては投げ。機能不全の自動ドアばりに攻撃陣をシャットアウト! 二対〇の快勝に貢献してやったぜ!」
 自信満々な台詞を終えて、暁は握った右拳を肩の前に掲げた。
「ちぎって投げてどうする。レクセルの人たちと喧嘩でもしたのかよ。まあ遼河のプレー・スタイルは、そんな感じといえばそんな感じだけどさ」
 愉快さを滲ませて神白は答えた。暁はなおも、勝ち気な雰囲気で笑っている。
「ちょっとちょっと。二人だけで盛り上がらないでよ。仲間はずれはダメダメだよ。私も話に混・ぜ・て。ディフェンスってのはさっき聞いたけど、暁君はどんな選手なの?」
 むーっという感じの膨れ面でエレナが問うた。神白と暁は顔を見合わせる。
「俺の二つ名はたくさんあるが、代表格を二つあげると、『炎のセンター・バック』『ヴィライアの闘莉王』だな。ここでクイズだ、別嬪のエレナ嬢。これらの情報を元に俺のスタイルを当てて見よ。ちなみにスペシャル・ヒントだ。俺はこの二つの異名は、けっこう的を射ていると思ってる」
 神白が答えようとすると、暁が先んじた。口調は固いが、どことなく芝居がかった感じもした。
 するとエレナは不思議そうに形の良い眉を顰めた。
「うーん、それってヒントって言うかな。自分でしっくり来てるからこそ例に挙げてるんでしょ。的外れなものを持ち出されても、私、困っちゃうよ。
 まあでも、その二つからだと予想は簡単だよ。統率力があって、後ろからフィードのボールも出して、時には攻め上がりもする攻撃型だってことだよね」
 自信に満ちたエレナの回答に、暁は大きく頷いた。
「俺はサイドはからっきしだ。動き方がまったくもってわからねえ。ちんぷんかんぷんってやつだ。けどセンター・フォワード、トップ下、ボランチ、ストッパー。そしてとどめに本職のリベロ! フォーメーションの中央に位置するポジションなら、どこでも人並み以上にやれる自信はあんぞ」
 明星は腰に両手を当てて、自信たっぷりに嘯いた。顔つきはきりっとしており、一片の揺らぎのない佇まいだった。
(やれやれ、相変わらず大げさだな)神白は呆れつつも、微笑ましい思いで口を開く。
「ルアレ時代も凄かったんだよな。コートを縦に横に走り回って、絶好調の時はまさにフィールドの支配者って感じでさ。攻守両面で大貢献して、誰よりも声を出してチームを引っ張ってた。遼河は間違いなく、チームにとてつもなく良い影響を振りまいてたよ」
 神白は誇らしい思いで、エレナにとうとうと説明した。
 しかしエレナは、再びきょとんとした面持ちになる。
「でも十五歳で、ルアレから神戸ヴィライアに移ったんだよね。言っちゃあ悪いけど、チームの強さは圧倒的にルアレが上だよ。いったいどうゆう理由で──、あっ。……ごめん、もしかして」
 エレナの声がしぼんでいき、顔付きもきまずそうなものに変わっていった。
 だが暁は、すぐにエレナに鷹揚に微笑みかけた。
「上がれなかったんだよ。チームメイトとの競争に負けてな。俺がいた時のカデーテBは俊英揃いだったから、カデーテAは狭き門だった。そんで良いオファーが来たから、神戸ヴィライアに移籍した。それだけだ」
 暁は淡々と事実を語った。神白も適切な言葉が見つからず、沈黙を選択する。
「言っておくが俺は、ルアレの連中を恨んだりはしていないぜ。昇格できなかったのは、純粋に俺の力が足りなかったからだ。出て行く時も、監督から寮の部屋の掃除のおばちゃんまで、きっちり全員に感謝の念を伝えた。
 ヴィライアもすばらしいチームだし、仲間はみんな良い奴ばっかで充実した毎日を送ってるよ。でも俺は、ヴィライアにい続けるつもりはねえ! 俺の成長に繋がるチームからオファーが来たら、ソッコーでヴィライアを去るつもりだ! 監督から寮の部屋の掃除のおばちゃんまで、全員に感謝の念を伝えてな! サッカー選手ってのは、そういう生き物だろ」
 ぎらぎらした瞳で熱弁を振るうと、暁はぽんっと沈鬱な表情のエレナの頭に手を置いた。
「ほらほら、んな死にそうな顔をすんなって。神から賜りし唯一無二の美貌が台無しだぜ。さっきのエレナ嬢の発言なんか、俺はまっっっったく気にしてないから。ドゥーユーアンダスタン? わかったらいつもの別嬪スマイルに戻ってくれや」
 元気づけるような口振りで、暁は言葉を紡いだ。
「うん」エレナは落ち着いた調子で答えた。
(ああ、変わってないな。ただの豪快なサッカー馬鹿じゃあない。こういう繊細で機微を解する一面もあるから、俺は遼河が好きなんだよな)
 神白は一人、暖かい思いを心に抱いていた。
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