第十三章 交錯する思惑 第九話
文字数 2,906文字
サユは二人が一大事といった顔で、禁止されている品物を隠せと言うのを聞き、思わず噴き出した。
「何かと思えば。だから普段から言っているでしょう、あんまりそういう物をためこんじゃだめって」
「今は小言を聞いている場合じゃありません。下手をすると王子を害した下手人だと、疑いをかけられてしまうかもしれないんですよ。サユさんに限って簪 だとか春画だとかは持っていないと思うけど、念のため持ち物を調べてください。ちょっとでも疑われそうな物は全部持ってきてくださいよ」
やましい持ち物などないサユは話半分に聞いていたが、同じ部屋を使っている年上の料理女官は、青くなって押し入れや引き出しをひっくり返したので、一緒になって部屋を整理せざるを得なくなった。
箪笥の引き出しをすべて開けた時、左端の一番下の段に見覚えのない物があった。
「何これ。サユ、あなたの?」
見ると、紫色の品の良い風呂敷包みだった。もちろんサユの持ち物ではない。二人で訝しがって開けてみると、中には小さな竹籠に入った松茸と金貨が五枚入っていた。
カルマが松茸と金貨をもってサユの部屋を訪れたのは、昼の仕事の合間だった。女官たちが出払っている時を見計らい、王女から呼び出されたふりをして仕事を抜け、サユの部屋にやってきた。
サユの部屋は外と面した廊下の一番端だ。女官の棟はどこも同じようなつくりになっていて、料理女官の部屋はそこと決まっていた。
念には念を入れて、部屋に入って押し入れの中の行李を開けてみる。
女官の衣服には、洗濯で紛失しないよう、全て見えないところに名前が刺繍されている。行李の中にあった割烹着の裏側には、サユの名前があった。ここは間違いなく彼女の部屋である。
次は隠し場所だ。よく開ける行李の中などに入れたら、調べが行われる前に気が付かれてどこかへやられてしまうかもしれない。明日の朝までにサユに見つからないであろう場所。押し入れの中も箪笥の引き出しも全て見て、何も入っていない箪笥の左端一番下に隠すことにした。今なにも入っていなければ、明日までに開けられることはないだろう。
(これであなたと私の因縁もおしまいだわ。『建穏院 』の司女官 になるのはこの私。悪いけど、あなたにはここで消えてもらうから)
心の中で好敵手に語りかけ、カルマは紫の風呂敷に包んだ松茸と金貨を引き出しに入れた。
松茸は高級な食材であるし、なにより五枚の金貨など、女官の部屋にぽんとおいてあるような代物ではない。部屋の主である二人ともに、まったく身に覚えのないものだから、ますます気味が悪い。
「なんだかわからないけど、とりあえず、これも他の物と一緒にどこかへ隠しちゃう?」
「それはよくない気がします。だって金貨五枚は結構な金額ですよ。やはり出所を確かめるべきです。司女官 様に相談しましょう」
二人はそう決めて、風呂敷をもって司女官 の部屋へ向かった。
ヒョオルは王女の計らいで、マショク王子付きの宦官と権女官 に会っていた。
「お料理以外に、当日王子様が召し上がったもの?」
「はい。もしかしたら、宴料理以外にお倒れになられた原因があるかもしれません」
宦官と権女官 は顔を見合わせて思案した。
「その日のうちであったら、当然朝食は召し上がっているが、朝食が何であったのかは、そなたがもう調べているのであろう」
宦官の言う通り、その日の朝食は既に調べていた。いずれも毒を紛れ込ませられるような料理ではなかったし、宴の食材と食い合わせの悪いものでもなかった。当然真犯人にはつながらないし、王女の策を止めるための別の理由にもなりえなかった。
「他には何かお食べになっただろうか……。ああ、そういえば豆菓子をお食べになっておられたな」
「豆菓子?」
「そうだ。落花生とか銀杏を炒って、砂糖をまぶしてあるものだ。もうすぐ宴だから召し上がってはいけませんと申し上げたが、特にお好きなので、私たちの目を盗んでつまんでいらっしゃったようだ」
ヒョオルはそれを聞くと、何か思いついたようで、その豆菓子を見せてくれと頼んだ。
女官が持ってきた豆菓子は、紙に包まれて、重箱の中に入れられていた。別段珍しいものではなく、マショクの料理人が作ったものだろう。
「ありがとうございます。調査のために一袋持っていってもよろしいでしょうか。後でお返ししますので」
ヒョオルはそれを持って『雑吏 厨房』へ急いだ。
夜中に料理女官二人が訪ねてきたので、『建穏院 』の司女官 は何事かと顔をしかめた。二人の相談を聞いてみると、部屋に怪しいものが紛れ込んでいたという。
「私もサユも、本当に身に覚えのないものなのです。松茸に金貨五枚なんて、奇妙な取り合わせです。何かのお礼とかそういうものなのでしょうか? だとしても、心当たりがないのにもらうわけにはいきません。もしかして渡す相手を間違えたのかもしれませんが、それならなおさら受け取れないです。返すと言ったって、誰が置いたのわからないですし」
年上の女官がいろいろと話すの聞きながら、司女官 は松茸と金貨五枚を凝視していた。
『建穏院 』の女官の取り調べが行われる前日に、料理女官の部屋でこんなものが見つかった。いくら後宮の争いにかかわっていない司女官 でも、これは何か裏があると勘づいた。
(よもや何者かが、サユを陥れようとしているのではないか)
二人で使っている部屋だが、優秀で将来を嘱望されているのはサユの方だ。自然、彼女をやっかむ存在も多い。陰謀とまでいかなくても、ちょっとした嫌がらせなどは経験してきている司女官 は、これもまた悪意を持って恣意的にサユの部屋に置かれ、取り調べの際に問題に巻き込まれるよう仕向けたものだと判断した。
「わかった。これは私が預かる。お前たちは部屋に戻って休みなさい」
サユと同室の女官は、釈然としないまま司女官 のもとを後にした。
「計画通りに事が運んでいるな」
王女はキョンセ、カルマ、ソッチョル、それにテギョからそれぞれの首尾を聞き、これでいよいよ王妃を陥れられると嬉々としていた。
「王妃は自分の女官たちに、部屋に怪しいものが紛れ込んでいないか調べさせたようです。ヨジュンも王子誕生祝の宴のようなことがないよう警戒していますが、こちらが料理女官に罠を仕掛けているとは思ってもいないようですな」
「王妃とその身辺の者に手を出したら、容易に向こうに知れてしまう。だが高位の女官の料理女官となれば奴らの警戒の目も届かない。実に見事な策だぞカルマ」
王女に褒められてカルマは頬を染めた。
「手筈通り明日、サユとかいう料理女官の部屋から松茸と金貨が見つかればこちらのものだ。あとはテギョ殿にお任せするぞ。しかとこちらの筋書き通りに皆を動かしてくれ」
「お任せを」
サユと王妃の女官が何も知らないと言っても、拷問して痛めつけて、嘘の自白を引き出してしまえばいい。それをやるのは、捜査を推し進めるテギョの役割なのだ。
翌日の朝、キョンセは『建穏院 』に料理人と女官全員を集めた。そこへ『明裁署 』の兵士たちが駆け足でやってきて、いかめしく整列した。長官が前に進み出て、調査の開始を宣言した。
「何かと思えば。だから普段から言っているでしょう、あんまりそういう物をためこんじゃだめって」
「今は小言を聞いている場合じゃありません。下手をすると王子を害した下手人だと、疑いをかけられてしまうかもしれないんですよ。サユさんに限って
やましい持ち物などないサユは話半分に聞いていたが、同じ部屋を使っている年上の料理女官は、青くなって押し入れや引き出しをひっくり返したので、一緒になって部屋を整理せざるを得なくなった。
箪笥の引き出しをすべて開けた時、左端の一番下の段に見覚えのない物があった。
「何これ。サユ、あなたの?」
見ると、紫色の品の良い風呂敷包みだった。もちろんサユの持ち物ではない。二人で訝しがって開けてみると、中には小さな竹籠に入った松茸と金貨が五枚入っていた。
カルマが松茸と金貨をもってサユの部屋を訪れたのは、昼の仕事の合間だった。女官たちが出払っている時を見計らい、王女から呼び出されたふりをして仕事を抜け、サユの部屋にやってきた。
サユの部屋は外と面した廊下の一番端だ。女官の棟はどこも同じようなつくりになっていて、料理女官の部屋はそこと決まっていた。
念には念を入れて、部屋に入って押し入れの中の行李を開けてみる。
女官の衣服には、洗濯で紛失しないよう、全て見えないところに名前が刺繍されている。行李の中にあった割烹着の裏側には、サユの名前があった。ここは間違いなく彼女の部屋である。
次は隠し場所だ。よく開ける行李の中などに入れたら、調べが行われる前に気が付かれてどこかへやられてしまうかもしれない。明日の朝までにサユに見つからないであろう場所。押し入れの中も箪笥の引き出しも全て見て、何も入っていない箪笥の左端一番下に隠すことにした。今なにも入っていなければ、明日までに開けられることはないだろう。
(これであなたと私の因縁もおしまいだわ。『
心の中で好敵手に語りかけ、カルマは紫の風呂敷に包んだ松茸と金貨を引き出しに入れた。
松茸は高級な食材であるし、なにより五枚の金貨など、女官の部屋にぽんとおいてあるような代物ではない。部屋の主である二人ともに、まったく身に覚えのないものだから、ますます気味が悪い。
「なんだかわからないけど、とりあえず、これも他の物と一緒にどこかへ隠しちゃう?」
「それはよくない気がします。だって金貨五枚は結構な金額ですよ。やはり出所を確かめるべきです。
二人はそう決めて、風呂敷をもって
ヒョオルは王女の計らいで、マショク王子付きの宦官と
「お料理以外に、当日王子様が召し上がったもの?」
「はい。もしかしたら、宴料理以外にお倒れになられた原因があるかもしれません」
宦官と
「その日のうちであったら、当然朝食は召し上がっているが、朝食が何であったのかは、そなたがもう調べているのであろう」
宦官の言う通り、その日の朝食は既に調べていた。いずれも毒を紛れ込ませられるような料理ではなかったし、宴の食材と食い合わせの悪いものでもなかった。当然真犯人にはつながらないし、王女の策を止めるための別の理由にもなりえなかった。
「他には何かお食べになっただろうか……。ああ、そういえば豆菓子をお食べになっておられたな」
「豆菓子?」
「そうだ。落花生とか銀杏を炒って、砂糖をまぶしてあるものだ。もうすぐ宴だから召し上がってはいけませんと申し上げたが、特にお好きなので、私たちの目を盗んでつまんでいらっしゃったようだ」
ヒョオルはそれを聞くと、何か思いついたようで、その豆菓子を見せてくれと頼んだ。
女官が持ってきた豆菓子は、紙に包まれて、重箱の中に入れられていた。別段珍しいものではなく、マショクの料理人が作ったものだろう。
「ありがとうございます。調査のために一袋持っていってもよろしいでしょうか。後でお返ししますので」
ヒョオルはそれを持って『
夜中に料理女官二人が訪ねてきたので、『
「私もサユも、本当に身に覚えのないものなのです。松茸に金貨五枚なんて、奇妙な取り合わせです。何かのお礼とかそういうものなのでしょうか? だとしても、心当たりがないのにもらうわけにはいきません。もしかして渡す相手を間違えたのかもしれませんが、それならなおさら受け取れないです。返すと言ったって、誰が置いたのわからないですし」
年上の女官がいろいろと話すの聞きながら、
『
(よもや何者かが、サユを陥れようとしているのではないか)
二人で使っている部屋だが、優秀で将来を嘱望されているのはサユの方だ。自然、彼女をやっかむ存在も多い。陰謀とまでいかなくても、ちょっとした嫌がらせなどは経験してきている
「わかった。これは私が預かる。お前たちは部屋に戻って休みなさい」
サユと同室の女官は、釈然としないまま
「計画通りに事が運んでいるな」
王女はキョンセ、カルマ、ソッチョル、それにテギョからそれぞれの首尾を聞き、これでいよいよ王妃を陥れられると嬉々としていた。
「王妃は自分の女官たちに、部屋に怪しいものが紛れ込んでいないか調べさせたようです。ヨジュンも王子誕生祝の宴のようなことがないよう警戒していますが、こちらが料理女官に罠を仕掛けているとは思ってもいないようですな」
「王妃とその身辺の者に手を出したら、容易に向こうに知れてしまう。だが高位の女官の料理女官となれば奴らの警戒の目も届かない。実に見事な策だぞカルマ」
王女に褒められてカルマは頬を染めた。
「手筈通り明日、サユとかいう料理女官の部屋から松茸と金貨が見つかればこちらのものだ。あとはテギョ殿にお任せするぞ。しかとこちらの筋書き通りに皆を動かしてくれ」
「お任せを」
サユと王妃の女官が何も知らないと言っても、拷問して痛めつけて、嘘の自白を引き出してしまえばいい。それをやるのは、捜査を推し進めるテギョの役割なのだ。
翌日の朝、キョンセは『