第三十一章 大逆と破滅  第七話

文字数 2,984文字

 厨房には干物やざるに乗せられた野菜、漬物、茶壷などが置いてあった。ジャビは一つ一つ確認していったが、どれも怪しいところはない。

 すると、水瓶の隣に小ぶりな瓶が置いてあった。蓋を開けてみると中には茶色い水がはられており、そこにぶつ切りになった肉塊が浮いていた。

(これはヤンジャムだ)

 ヤンジャムは毒蛇だが、毒を抜いて鍋にしたものは滋養に良いとされている。ヒョオルはヤンジャムを用意していたのだろうか。

 瓶の中に菜箸を突っ込んで、中を確かめる。

 ヤンジャムは酒でトニョッコという解毒材を煮出した汁に一晩漬けて毒を抜く。しかしこの瓶には、トニョッコが入っていない。

 トニョッコを煮出すと、水が茶色くなる。ジャビは匂いを嗅いでみたが、トニョッコの香りは感じられず、代わりに牡蠣油の香りがした。

(もしや、トニョッコを入れずにヤンジャムを煮たのか)

 ジャビはもう一度厨房を見回し、ごみ槽の中も見た。すると毒のあるジョギの皮が入っていた。

(ジョギだ。ジョギはユックの根に似ている。もしやユックの根と偽ってジョギをトニョッコ鍋に入れたのか?)

 そうだとすると、ヤンジャムの毒とジョギの毒を二段構えにして王に食べさせたということだろうか。そんなことをしたら、すぐに倒れてしまうだろうに。

(とにかく、これを持って行って調べてみよう)

 ジャビは適当な器にヤンジャム肉と汁を入れて『聖厨房』を後にした。

 『宮衛署(インケク)』に戻ると、一足先にソウジュンが待っていた。

「これが今日の王様に出された料理だ。午前中に送別の宴があったゆえ、朝はお召し上がりになっていない。それで宴ではこの料理が出された。そして見送りがすんだ後に軽く汁物を召し上がって、その後薬を飲んでお倒れになった」

 マァヤにはヒョオルに、クムナにはサユに、それぞれジャビが菜園へ呼び出したと伝えてもらい、『建穏院(ケヨンウォン)』から遠ざけた。その間にソウジュンは献立記録を写し、ジャビは『(ヘソ)厨房』を調べたということだ。

 やはり、送別のあとの汁物はヤンジャムだった。

 ジャビは持ってきたヤンジャムの汁物に銀の箸をつけた。端の先は変色して真っ黒になった。

「やはりこのヤンジャムは毒が抜けていない」

「だが、毒入りの汁物を食べたのに、その時はなんともなく、後になって煎じ薬を飲んでお倒れになったのはなぜだ」

 以前としてそれが謎だった。しかもヒョオルは重ねてジョギまで汁物に入れている。ただ毒で殺すだけならヤンジャムの毒だけで十分であるのに。

 ジャビは献立表の写しと煎じ薬の処方箋を並べて、何か手がかりはないかと、薬草の知識を振り絞って考えた。

「早くしなければ、王様に万が一の事があったらまずいぞ」

 ソウジュンが急かす。ジャビはその声を無視して紙を睨み、ヤンジャムの汁物を睨んだ。そしてふと、あることを思い出した。

「そうだ。もしかして……」

 もう一度煎じ薬の処方を見る。

「あった。キブの葉。これだ。これのせいで王様はお倒れになったんだ」

 ジャビは立ち上がると、ソウジュンを連れて『国治院(ゾンデウォン)』へ走った。


 一方、菜園で顔を合わせたサユとヒョオルは、すぐにはめられたのだと悟った。

「ジャビが私たちを『建穏院(ケヨンウォン)』から離したのです。あのひと、きっと何かを探っているに違いありません」

「探るとしたら王様がお倒れになった原因だろう」

 ヒョオルはそこで、ヤンジャムの汁物をきちんと隠していなかったことに気が付いた。まさかとは思うが、もし『(ヘソ)厨房』を家探しされていたら、王を殺そうとしたからくりが知られてしまうかもしれない。

「もし奴が何か突き止めたのなら、『国治院(ゾンデウォン)』へ行くはずだ。付いて来いサユ」

二人はすぐに『国治院(ゾンデウォン)』へ向かった。


王の住まいは相変わらず医官たちが慌ただしく出入りし、その周りに人人が集まり王を案じていた。

「何とか持ちこたえていますが、如何せん、何によって症状が引き起こされているのかわからず、ご回復が遅れております。このままご容態が好転しないと、王様のお体が持ちません」

「何と、ではもしものこともありえるというのか」

 医官は側室や重臣にこっそり告げた。側室たちは泣き崩れて縋るように創母(そうぼ)に祈り、重臣たちは顔を見合わせて途方に暮れていた。

 そこへ、一人の医官が薬を掲げてやってきた。

「主治医様、こちらの薬を王様に飲ませてください」

 部屋に入る業、医官はそう言った。

「何の薬だ?」

「トニョッコの根でございます」

 医官は怪訝な顔をしている主治医に説明した。

「先ほど料理人がやってきて、王様を苦しめているのは毒蛇ヤンジャムの毒であり、ヤンジャムの毒を消すのはトニョッコなので、トニョッコの煎じ薬が良く効くと言うのです。王様はお昼にトニョッコの汁物を召し上がっています。その毒に当てられたのだと」

「しかし……」

 献立は医官と相談して決められるから、ヤンジャムの汁物を出すことは主治医も知っていた。しかしその毒にやられたのなら、なぜ自分の薬を飲んで倒れたのかがわからない。

「それは後程、その料理人が説明するそうです。とにかく、王様のお命を救うために、早く飲ませてください」

 これまでトニョッコの煎じ薬は飲ませていなかったので、何にせよためs手見る価値はあると、主治医は薬を飲ませた。

 すると少ししてから王の顔が少し血色を取り戻した。効果が出たので、追加で同じ薬を飲ませると、徐々に容態は回復し、意識も戻った。

「その料理人のいうことは当たっていたのだな」

 主治医は感心しつつ、ではいったいなぜトニョッコが効いたのか。ヤンジャムの毒がどのように作用したのか、首をかしげていた。

 そこへ、外から呼ばわる声がした。出て行ってみると、住まいの前に顔を隠した料理人と若い官吏がいた。料理人は手に器を持っており、官吏は数枚の書付を持っていた。

 王の住まいに集まった者たちは、皆二人をじろじろ見ていた。

「主治医様、王様がなぜお倒れになったのか、私が付きとめましたので、今、そのからくりをお教えします。

 これは王様がお昼に召しあがったヤンジャムの汁物です。ヤンジャムの毒を消すために、通常トニョッコの根を煮出した汁に一晩漬けますが、これはトニョッコが使われておりません。この通り」

 ジャビは持ってきた銀の匙をつけて、色が変わったことを見せた。

「しかし、この汁物にはジョギが入れられておりました。ジョギもまた猛毒です。しかし医官様方ならお気づきでしょうが、ジョギの毒とヤンジャムの毒は互いに食い合ってしまうため、両方を口にした場合、どちらの毒の影響を受けることなく、そのまま時間がたって毒が抜けてしまうのです。

 ですが、主治医様の煎じ薬の中には、キブの葉がありました。これは植物の持つ毒に効果のある解毒剤です。他にも体の中の悪いものを消す作用があるため、煎じ薬の中に入っていました。

 王様は、ヤンジャムとジョギの毒を同時に体内に入れた後、キブの葉でジョギの毒のみを解毒してしまったのです。それゆえ、ヤンジャムの毒が回り、薬を飲んだ時に倒れたのです」

 そういう理屈であれば、全て辻褄が合う。医官たちはなるほどと顔を見合わせた。

「お待ちください。その者の言葉は偽りです」

 そこへ現れたのはヒョオルとサユだった。二人はジャビとソウジュンのすぐ後ろに立って、医官や集まった人々にジャビの言葉は偽りだと訴えた。
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