第二十七章 大膳師君  第五話

文字数 2,962文字

 王がジャビの案を採用したと、翌日の朝礼で大々的に発表された。一番驚いたのはジャビだった。確かに他の料理人と同じように知恵を絞って提案したが、だからと言って絶対に採用されたいと力を入れたわけでもなかった。それなのに偶然王の目に留まってしまったようだ。

 料理長に目をつけられはしないか、というソウジュンの懸念がジャビの胸にも去来した。

(この提案にヒョオルは参加していないわけだから、私の案が選ばれたとしてもヒョオルに不都合はない。いつも通りにしていれば、変に勘繰られることは無いはずだ)

 ジャビは他の料理人たちの祝福を受けながら、ヒョオルの前へ進み出て喜びの言葉を述べた。笑顔が上手くできるかわからない。今日も顔を隠す布に助けられた。

「王様は特に民と喜びを分かち合いたいとお望みだったので、民の事も考慮した意味を込めたお前の案がお気に召したそうだ。菜園で作られたより美味い野菜を使っていることも、包むのがキダムの葉というのも、王様のお心に敵っていたぞ」

「もったいないお言葉です」

 ジャビは頭を下げた。なるべくヒョオルと目を合わせたくない。

「それで、ジャビの案通りに(ユハン)を作るのですか?」

 役職付きの料理人が尋ねた。これはあくまで案なので、実現するために、もう少し詰める必要がある。

 最初に問題になったのは、乾物の鮑だ。鮑は高級食材の一つであって、王宮と言えども大量に仕入れることはできない。

「それについては、全てに鮑が入っている必要はありません。鮑を水で戻して、出汁を取ります。その出汁をもち米と混ぜて炒めて味をつけます。鮑は細切れにして混ぜます。そうすれば多くの民が鮑を口にできますし、鮑が入っていなくても、その風味を感じられるのではないでしょうか」

 そういうことはジャビの頭の中で既に考えてあった。ヒョオルも同意見であったし、これで鮑の数については解決した。

 キダムの葉を使うというのにも、多くの料理人が戸惑いを見せた。キダムはこれも使節団が贈り物としてもたらしてくれた蔓植物で、冬でも細長く大きな葉を生やしているのが特徴である。ただ、菜園にいない者たちはそれを見たことがない。更に、(ユハン)には通常笹の葉を使うので、料理につく風味に悪い影響があるのではと懸念していた。

「キダムの葉は笹より少し分厚いですが、具材を包むことに関しては問題ありません。むしろ大きくて丈夫なので包みやすいです。また、この葉を刻んでみたり、茹でたりしてみたことがありますが、それで妙な風味が出たりすることは無かったので、味にも悪い影響は出ないでしょう。菜園ではこの葉を使って魚の包み焼を作ってみたことがありますが、遜色ありませんでした」

 実験済みとあれば、安心して使える。

 ヒョオルは周りの料理人からの質問にすらすらと答えるジャビに感心していた。ただ菜園にある食材を使おうというだけでなく、それで問題がないときちんと確かめてある抜かりなさ。賢さがにじみ出ている。

 書庫で会った時には、菜園に満足しているが、もっとやりがいのある料理も作りたいと言っていた。確かに知識を増やしてそれを応用する頭脳は菜園で植物の品種改良などを任せるに向いている。ただ、今回の提案を見るに、純粋な料理の腕が披露できる部署に回した方がいいのかもしれない。

 そういうヒョオルの視線をジャビはひしひしと感じていた。あまり目立ってしまうと厄介だ。ジャビは自分への注意を外させるようにこう言った。

「それで、私の案では、飾り切りにヨンゲ花を模した人参を入れるということになっていましたが、それはどうしましょうか。というのも、多くの民に配る物なので、そんなに多く飾り切りをするのは、大変かと」

 ジャビも料理人なので、ヨンゲ花は何度も模ったことがある。料理人皆で協力すればこなせそうだとはわかっているのだが、敢て的外れなことを言った。

 もちろん、ヒョオルは皆でやれば無理なことではないと答えた。その上で更にもう一つの意匠の飾り切りを加えると言った。

「大根と白菜を使うとあるので、この二つで羽を模り、一つずつに入れよう」

 すはなち、大根を半月型に切った後、羽の形になるよう刻んで内側に小さな穴をいくつも開け、そこに白菜の上の方の柔らかい部分を細く切って通し、あたかも羽毛のようにするということだ。

「羽は飛翔、向上、自由、明るい前途を意味する。今回のめでたい出来事がきっかけで、この国がさらに良くなってゆくよう願いを込めるにはぴったりではないか」

 ただ、それは少し手間のかかる飾り切りである。しかも(ユハン)一つ一つに必ず入れるとなると、膨大に作らなければならない。

「民への料理のふるまいは、王様たってのご希望。提案された物をそのまま作るのではなく、より良くして成功させたいのだ。時間と手間がかかることはわかっているが、それでこそ民を満足させ、王様の威光を世に届けられる。我ら料理人の力も見せつけられるしな。皆が反対するなら、私が徹夜してでも作業する。だから少し力を貸してくれまいか」

 料理長自らがここまで言うのだから、料理人たちに否やは無かった。

「更に羽の飾り切りを加えるとは、料理長様は流石です。私は思いつきませんでした」

 ジャビはヒョオルを褒めたたえて、彼の提案に賛成した。

 こうして(ユハン)の献立と、作業の段取りが決まっていった。

 それから、一般的な年末年始の食事の準備が始まったので、料理人たちは忙しくなった。

 食料の仕入れも、商家の休みを考慮して早めに手配した。

 その中で、干し鮑を買い付ける金が足りなくなった。他にも年始のために豪華な食材を買ったので予想していたより予算がかさんだのだった。

「鮑は民へ配る料理に使う物なので、多少量を減らしてもいいのではないでしょうか」

 そう提案する料理人もいたがヒョオルは首を振った。

「いや。王様の民を思うお気持ちを考えたら、民を軽んじるような真似は許されない。たとえ予算の問題だとしても」

 そう言って、彼は自らの懐から不足分を出した。料理人たちには口止めした。彼らは王への忠誠心がなせる行動だと思い、感心しきりだった。それなので、黙っていろと言われてもなお『建穏院(ケヨンウォン)』の仲間たちにひっそりと教えて、褒めたたえた。それが王の耳に届くのは時間の問題だ。もちろんヒョオルはそれをわかっていた。

 こうして、食材を仕入れて、下ごしらえをして、年越しの準備が整った。

 宮中では大晦日に創母(そうぼ)の加護が切れ、新年に新たに加護を受けるまでの間の魔除けとして、あちこちに鏡を置いた。『建穏院(ケヨンウォン)』のそれぞれの厨房や部署でも大小さまざまな鏡を置いた。

 菜園でも畑の中にまで鏡を置いた。ジャビも鏡を飾るのを手伝った。

 果樹園の四方に鏡を置いたとき、ふと、ゾラの秘密の畑の方角に目が行った。

(魔除けの鏡は、あまり意味のないものかもしれないな)

 毎年置いているだろうに、魔物はまんまとやってきて、創母(そうぼ)の加護が改まってもずっと居座っているのだから。

 それにしても、今回の事で思わずに目立ってしまった。ヒョオルはいったい自分をどう見ているだろうか。もし鏡が少しでも魔除けになるのなら、ヒョオルの猜疑の視線を跳ねのけてほしい。先ほど効果がないと言っておきながら都合がいいが、思わずそう祈ってしまっていた。
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