第十六章 二者の決着  第二話

文字数 2,851文字

 王妃は配下の女官に当時自分が書いた投書と同じ内容を書かせ、それをヒョオルに渡した。ヒョオルはそれを王女に差し出した。わざと古びた紙に書かせたそれを見て、王女はこれこそ王妃の偽投書だと信じた。

「毒物を仕入れた証拠については今探っていますが、どうも都の薬問屋から仕入れたらしいです。薬問屋にはきっと証拠が残っているはずです」

 キッタムがトンジュの商売仇である薬問屋に証拠を忍ばせるのはもうしばらくしてからだ。不自然でない程度に引き伸ばさなくてはいけない。

「毒を仕入れた証拠の方も早く調べよ。それがあれば王妃はもう終わりだ」

 王女は急かした。ヒョオルの策略だとは少しも思っていないようである。

 テギョはこの証拠を懐に忍ばせて、拓強派(クバネ)を総動員して籠絡している各派閥の人間と面会し、着々と話をつけていった。

 タンモンも偽の証拠を見せられて、協力すると明言した。

 テギョとタンモンの間では、成功した後に重臣の地位を与えるという証文が交わされた。そしてタンモンは、その証文をヒョオルに渡した。

「ありがとうございます」

「他の者たちには、一度は拓強派(クバネ)に協力するふりをして、その実、曹衛派(ジュインネ)に協力するのだと言い含めておいたから、少なくとも経市派(プリョルネ)はお前の考え通りに動くぞ」

 他の派閥についても、テギョが接触し地位や金を見返りに強力を取り付けた後、タナクたち曹衛派(ジュインネ)が接触していた。

「お前たちと拓強派(クバネ)が収賄を行ったのは知っている。我々に朝議で糾弾されるのが嫌なら、我らに協力するのだ」

 拓強派(クバネ)からうまい話を持ってきたかと思えば、今度はそれをだしに曹衛派(ジュインネ)に脅される。強大な二大派閥以外の者たちは、いったいどちらに味方すればいいのか煩悶した。

 けれども、拓強派(クバネ)の動きが読まれていることや、王妃とその息子で将来王座に座る可能性が高いリトク王子の後ろ盾であることから、多くの者は曹衛派(ジュインネ)を選んだ。

「いくつかの派閥は我々に従いましたが、数派閥はまだです。どうやら籠絡は難しそうですが、こちらも何か見返りを用意しましょうか」

「なりません。こちらも賄賂を使ったらそれを咎められます。我らに従わない者は捨て置きましょう。どうせ拓強派(クバネ)と一緒に葬るだけですから」

 王妃の前でヒョオルは冷酷に言った。確かに弱小派閥がどうなろうとも、王妃と曹衛派(ジュインネ)には痛くもかゆくもないのだ。王妃も彼らは捨て置いて計画を進めるよう言った。

 数日して、拓強派(クバネ)は朝議で王妃が昔前王妃に対して偽の投書をしたと訴えた。

「二の妃がマショク王子を亡き者にせんと狙っている。――このようなけしからぬ書状を、王妃様は先の王妃様に匿名で送りつけたのです。これで疑心暗鬼になった先の王妃様は、リトク王子様に酷い仕打ちをしたのです。そうやって、前王妃様を陥れたのです」

 王は投書を見せられてもそれほど驚かなかった。そういうことがあったと知っていたからである。もちろん王妃の手によるものだというのは初耳だったが、信じていはいなかった。

「そんな嘘の投書をして、王妃に何の得があったというのだ。そのせいでリトクがひどい目に遭ったのではないか。王妃が愛する息子に害が及ぶような事をするか」

 呆れたように言ったが、拓強派(クバネ)はまったく怯まなかった。

「それを狙っていたのです。王妃様は前王妃様がどうするかを予想していて、敢てけしかけた。それで先の王妃様は身の破滅を招いたのです。

 聞いたところによれば、当時王妃様がマショク王子に贈ったおもちゃを触った女官の手がかぶれたとか。王妃様がおもちゃに何か細工をしたのでしょう。それを太后様と王様が、証拠が無いからと王妃様を擁護し、先の王妃様の訴えを退けたとか。しかも、太后様がそれを隠したというではありませんか。

 なぜ厳正に調査を行わなかったのでしょう。その後は先の王妃様に対して、厳しい処罰が下ったのに、王妃様については、そういう疑惑があったことさえ我々は知りませんでした。これは王様と太后様の不当な贔屓と言わねばなりません」

「なんということを。余と太后様を侮辱するのか」

「私は無礼を承知で申し上げています。王様、もし太后様と王様の判断が決して贔屓ではないとおっしゃるなら、今からでもこの件について、もう一度事実を詳らかにしていただきたい」

 すると、他の派閥の重臣たちも異口同音に王を責めた。

 重臣たちだけではない、各部署から寄せられる上奏文の内容も、俄かに九年前の事件一色になった。

 確かに不可解な事はあったが、王妃がそんな愚かなことをするとは思えないし、何より女官が触ってかぶれたというおもちゃを調べても、なにも問題はなかった。前王妃の気性からして、それでもあれこれ騒ぎ立てそうだったから、王妃を守るために緘口令を敷くことにしたのだ。

(いったいどこから漏れたのか。太后の女官や宦官は忠実な者ばかりだったし、前王妃の腹心たちはもう宮中にいない。リトクを視察にやったことをきっかけで、王女が躍起になって調べたのだろうか)

 もう九年も前のことを蒸し返されてうんざりしていた王は、山と積まれた上奏文を放り出した。

 そこへ、タナクが面会を求めてきた。

「九年前の事件がなぜ蒸し返されたのか。これはひとえにマショク様をお世継ぎにと思った拓強派(クバネ)が仕組んだことに違いありません。お世継ぎについて、お二人の資質を試して決めるとおっしゃった王様のお気持ちを全く無視して、そのうえ王様と太后様のご決断が間違っていたと誹謗するとは。王様にはどうぞこのような馬鹿げた主張には耳を貸さぬようお願いいたします」

 と、言った翌日からは、曹衛派(ジュインネ)からの反対意見の上奏文が届くようになり、王はさらにうんざりした。

「おや、今日は素の汁物(スクタン)だな」

 ある夜の膳を見て王が言った。キョンセは畏まってその料理を出した意図を語った。

「はい。僭越ながら政務にお疲れのご様子でしたので、精のつくものをお出ししようかとも思いましたが、むしろ薄い味で、食材の持つ味と栄養がまっすぐお体に届く料理の方が却ってお疲れを癒せると思いまして」

「うむ。近頃の騒動はどうも煩わしくてな。もうそのことを上奏するなと言ったら、では全員で辞職すると言いおった。まったく。拓強派(クバネ)はどうも引っ込みがつかなくなったとみえる」

 王の口からため息が漏れる。

「朝廷で過去の事件が取りざたされているのは私も聞き及んでおります。おっしゃる通り、何かしら決着をつけなければ拓強派(クバネ)は引かぬようです。

 僭越ながら、拓強派(クバネ)の言う通り、もう一度詳らかにしてみてはいかがでしょうか。投書が王妃様の手によるものなのか。そうでないなら、王妃様の疑いは晴れて、この問題を議論する必要もなくなります」

 キョンセはその後も強く勧めた。王も長いこと煩悶していたが、やはりこの騒動を終わらせるにはそれしかないと、最後は心を決めた。

「王様に王妃様を取り調べをするよう勧めました。これで王妃の罪が明らかになります」

 キョンセの報告を聞いた王女は、もう一つの証拠も早く持って来いと指図した。
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