第六章 邪魔者 第四話
文字数 2,994文字
たれ
にも、「確かに、都では
その者はやはり都とスジャンでは気候風土も全く違い、
ルミヤも大いに知りたいところであった。
ヒョオルは少し勿体つけてから、その秘密を話し始めた。
「一つは水です。私は『
また、少量の塩を入れているのですが、スジャンで作られた塩に限りました」
彼の繊細な味覚を駆使して、スジャンの味にたどり着いたということだ。だが、水や塩だけでスジャンの味を再現できたのだろうか。
「最大の要因は別にあるのですが」
ヒョオルはそこでちらりとトンジュの方を見た。
「それはお教えできません」
朝廷の重臣で、王妃の後ろ盾、我が世の春を迎えているタナクに、最大の秘訣を教えないとは、怖いもの知らずだ。
「私がこの
そのため、私はこの牡蠣油を『
その答えを聞いてタナクは機嫌を悪くするどころか、店のために困難を乗り越え
「これは頼もしい料理人ができたな。このような有能な者がいれば、この店も安泰だろう」
「まことに、この者を店に連れてきた私も、鼻が高いですな」
トンジュはタナクへの遠慮も忘れて豪快に笑った。
試験の結果はもちろん合格である。こうしてヒョオルは晴れて料理人となった。ヨクギ家でマトンから見習いの座を奪ってから、ざっと七年経つ。野心の強い彼からすれば、この歳月は長かった。だが振り返ってみれば、この年月を平々凡々と過ごしていたわけではなく、着実に出世の道を歩んでいたのだとわかる。
そして今は、店の名物を自ら作り上げて、それを試験で上客に披露し、己の能力を見せつけ、かつ店に多大な貢献をした。これでルミヤだけではなく、トンジュもヒョオルに一目置くようになるに違いない。
そして常連客となっているタナクも、彼に強い印象を受けているようだった。上手くゆけばルミヤが狙っているように、『
「よくやった。これでお前もめでたく『
試験が終わり、客が去ってしまったあと、ルミヤはヒョオルを労い、祝いの言葉を述べた。
「ところで、
その問に、後片付けをしていたヒョオルは素直に答えなかった。
「料理長に教えなくてはいけませんか?」
当然教えてもらえるものだと思っていたルミヤは驚いて目を見開いた。
「料亭自慢の特別な料理の調理方法や、特別な調味料の調合方法などは、料理長と限られた役職の料理人にのみ伝えられ、ほかの料理人や見習いは知らないことが多いでしょう。料理人はいつまでもその店にいるわけではありませんからね。情報が漏れて他の店に真似されたらたまったものではないですし」
さも当然のようにヒョオルの口から出てきた答えに、ルミヤは憮然として言った。
「私は料理長だから、知るべきだろう」
「それもそうですね。私が作ればそれでいいと思っていたので、作り方をお教えすることに思い至りませんでした」
ルミヤが少々気色ばんでいるのに対して、ヒョオルは、うっかりしていたとでも言うような口ぶりで、あっさりと
みそ
を教えた。「一番大切なのは煮る温度なのです。スジャンと違って一度乾物になったものを煮るわけですから、弱火でゆっくりと時間をかけて煮出します。夜は火を消しますが、なるべく冷めてしまわないよう、火鉢に火を入れてそこに置いておくのです。そうやって二日かけます。その後、塩と醤油を入れたら少し強火にするのです。この火加減が肝要です」
ルミヤは頭の中でそれを反芻した。
「料理長はお忙しいですし、やはり
「いや、この店の大切な調味料だから、私が作るべきではないか。作り方もわかったことだし」
「非常に手間がかかりますし、料理長のお手を煩わせるわけには」
「お前は、
秘伝の調理法を独占していれば、店としても彼を尊重せざるを得なくなる。調理法を秘密にしようとしたのも、関わらせないのも、全ては料理長たる自分に
「滅相もない。それでしたら、料理長がお作りになればよろしいかと思います」
ヒョオルはすんなり引き下がった。あくまでルミヤを脅かす意図はないという芝居だった。だが、ルミヤにはわかっていた。そもそも
「……わかった。早速教えられたとおりに作ってみよう」
だが、ヒョオルには弱みを握られている。あまり強く出ると、過去のことを持ち出されて、せっかく掴んだ都の料亭の料理長という地位も、この先にある宮中の料理人という地位も失いかねない。ルミヤもここは堪えた。とにかく作り方を知っているのだから、作ればいいのである。
ところが、ルミヤが作った
ルミヤの作ったものも、十分に美味い。しかしスジャンの味そのものかと言われると、頷けないところがあった。
その後数日かけて、火加減や味付けを少しずつ調節してみたものの、ヒョオルの
「少しだけ違いますね。火加減がうまくいっていないのでしょうか?」
ルミヤはとうとうヒョオルを呼びつけて、味が異なる理由を問うたが、料理人の紺色の衣に袖を通したヒョオルは味をみても首をかしげるばかりだった。
「何度やっても同じだ。何かが足りない。お前、まさか他に秘訣があるのを隠しているんじゃないだろうな?」
ルミヤはヒョオルを問い詰めた。