第十八章 改革 第六話
文字数 2,912文字
今年の料理人登用試験は、民間からも広く受験者を募り『教味院 』出身者とともに試験を行うことになったと、すぐに触れが回った。
都の料亭や貴民 の屋敷で腕を磨いている料理人たちは、狭き門である宮中への道が開かれたと色めき立った。この触れは、もちろん都以外の地域へも届けられたので、各地で期待に胸膨らませ、すぐに都への旅支度をする者が後を絶たなかった。
「一緒に試験をすることになったのはいいとして、受験者数が膨れ上がるのはあきらかです。どうやってふるいに掛ければいいでしょう」
『建穏院 』では早速試験方法について会議が開かれた。普段『教味院 』の者で定員が満たない時の試験でも、受験者が押し寄せるのだから、今年は言わずもがなである。
「例年は筆記試験でだいぶ落としますが、より内容を難しくしましょうか」
それ以外に方法はないだろう。そこへヒョオルは意見を出した。
「たとえ落ちる者が多かったとしても、筆記試験では試験場を用意し、紙を用意し、また答案を見なくてはいけません。これは手間でしょう。先に別の方法で絞るのが賢明です。
私が思いますに、ある食材を指す謎かけを出題して、皆にその食材を用意させるのはどうでしょう。食材を持ってきた者のみ合格とすれば、筆記試験はそれほど手間を要しません」
ヒョオルの提案をソッチョルたち『教味院 』出身者は冷ややかに聞いていたが、キョンセは受験者を絞るにはうってつけだと、その提案を受け入れた。
ソッチョルは非常に不満で、会議が終わった後こっそりキョンセに会い、なぜヒョオルの思うままにさせておくのかと詰め寄った。キョンセは笑って答えた。
「なに、こちらにも考えがある。ひとまずはあいつのやりたいようにやらせてやればいいんだ」
しかし、その考えのすべてを明かしはしなかった。ソッチョルにはヒョオルの手綱のことを明かしていないから当たり前だった。
釈然としないが、そういうからには問題ないのだろうとソッチョルが引き下がると、入れ違いでサユがやってきた。
「お考えとはいったいどんな? やはりこの前ヒョオルさんが私たちを追い出して話したのは、例の証拠のことだったのでしょうか」
「そうだ。あやつは今回の改革はわざと失敗させるつもりで王子様におすすめしたのだそうだ。失敗すれば私に利があるからな。それと引き換えに、証拠を渡せと要求してきた」
「でも渡せないでしょう。だって無いのですから」
「そうだ。仮にあったとしても、渡してしまってはあいつをつなぎとめておくことはできない。だからいいとこどりしてやろうと思ってな」
今回の改革はヒョオルの策に従って失敗させる。しかしその中でヒョオルにも罪を犯してもらうのだ。
「ヒョオルには今回の試験の課題を考えてもらう。言い出しっぺだだからと私が任命する。そしてそこで、試験問題正答の漏洩事件を起こしてもらう。つまり民間出身者にだけあらかじめ答えを教えたことにするのだ。あやつの古巣の料亭からも受験者が出るだろう。その者に問題を教えたという筋書きにする。
私も採点に関わるから、その中で疑問に感じたことを王様に報告する。機会を平等にするための改革で不正の疑惑があれば、王様は当然調査を命じるだろう。それでヒョオルの罪が明らかになるということだ。王様は許しはしないだろうな。やつは罰を受ける。
試験は『教味院 』の者が合格者の多数を占めたという結末で終わらせる。ヒョオルはまた『雑吏 厨房』へ飛ばすなりしてやればいい」
「なるほど。交換条件など、はなから反故にしてしまえばいいと。王様のお怒りはともすれば任命者である料理長様にも及ぶわけですから、それで見返りを求めることはできませんものね」
「試験の不手際は私も多少責任を負わねばならんが、首謀者はヒョオルだ。それに試験が失敗に終われば王様は私への信頼を篤くするはずだ。その状態で私に重い罰を下すはずがない」
「お見事です。ヒョオルさんの姑息な策略など、料理長様の深謀遠慮の前には児戯も同然ですね。上手くいくように私もお力添えします。ソッチョル様は例の証拠については知らないので、手を出せませんから」
サユは協力を申し出ると、ヒョオルを陥れるのが待ちきれないといわんばりの笑みをこぼして去っていった。
その後も試験の準備は続いた。キョンセは王にも相談したうえで、ヒョオルを試験問題作成の責任者にした。ソッチョルはまたもや不満だったが、キョンセに何か思惑があるのだと、黙って受け入れた。
「筆記試験の問題はこの通りです。抽材 は牛肉の部位を選ばせるものと、魚、野菜の新鮮なものを選ばせるもの、山菜と薬材の本物を見分けるものとします。舌試 では素の汁物 を出し食材を当てさせます。食材は牛蒡、茗荷 、おくら、南瓜、冬に乾燥させておいた人参、そして鯵 の乾物を入れます。切技 では例年と同じく異なる野菜を人数分用意します。お題は『婚姻を祝す宴』『喪中の大晦日の夜の膳』『女子誕生祝の膳』『出陣前の壮行会の膳』とします。最後の調理は馬乳酒を使った料理とします」
馬乳酒は読んで字のごとく馬の乳を使って作られた酒である。サハネ国にはもともと存在せず、イシュル国の使節団により持ち込まれ、宮中の牧場で馬の乳をとり作られている、まず民間ではお目にかかれない食材だ。
これは民間出身者にとってかなり不利な課題だった。彼らの多くは口にしたことはおろか、名前を知らなくてもおかしくない食材だからだ。その日初めて味を知ったものを使って、どんな素晴らしい料理が作れるというのか。これを聞いた『教味院 』出身の料理人たちは意地悪い笑みを浮かべていた。
「ふん。私は問題ないと思うが、そなたたちはどうだ」
キョンセは筆記試験内容に目を通すと、他の者たちにも紙を回して確かめさせた。この内容であれば民間出身者が多くなることはないだろうと、誰も反対しなかった。
そして今回人数を絞るために先に課す課題である。
試験の当日『教味院 』の前に集まった大勢の料理人は、いつ試験の申込が始まるかと一様にそわそわしていた。そこへヒョオルと数人の料理人が現れた。しかし彼らは筆をもっていなかった。そして受験者たちを並べようともしなかった。うちの一人が手に持った貼り紙を立札に張り付けると、皆集まってくるようにと呼びかける。
受験者たちが立札と料理人たちの前に集まると、ヒョオルが良く通る声で告げた。
「今回は天下にあまねく優秀な料理人を求るため、また様々な事情で『教味院 』に入門が叶わない者にも平等に機会を与えるべく、全ての受験者が同じ試験を受けることとなった。しかし受験者の数が多いため、受付の前に、ある食材を用意する課題を与える。その食材を持ってきた者のみ受付けをし、次の試験に挑んでもらう。
課題となる食材は、
受験者たちの多くは猫の尾が何を指すのかわからず、困惑の声を挙げた。その中にちらほらと、答えがわかっていそうな顔や、心当たりがありそうな顔があったが、それは少数だった。
「二日の猶予を与える。今日と明日のあいだに猫の尾を準備せよ。明後日の朝、登庁の鐘がなるまでが期限である。それでは解散」
都の料亭や
「一緒に試験をすることになったのはいいとして、受験者数が膨れ上がるのはあきらかです。どうやってふるいに掛ければいいでしょう」
『
「例年は筆記試験でだいぶ落としますが、より内容を難しくしましょうか」
それ以外に方法はないだろう。そこへヒョオルは意見を出した。
「たとえ落ちる者が多かったとしても、筆記試験では試験場を用意し、紙を用意し、また答案を見なくてはいけません。これは手間でしょう。先に別の方法で絞るのが賢明です。
私が思いますに、ある食材を指す謎かけを出題して、皆にその食材を用意させるのはどうでしょう。食材を持ってきた者のみ合格とすれば、筆記試験はそれほど手間を要しません」
ヒョオルの提案をソッチョルたち『
ソッチョルは非常に不満で、会議が終わった後こっそりキョンセに会い、なぜヒョオルの思うままにさせておくのかと詰め寄った。キョンセは笑って答えた。
「なに、こちらにも考えがある。ひとまずはあいつのやりたいようにやらせてやればいいんだ」
しかし、その考えのすべてを明かしはしなかった。ソッチョルにはヒョオルの手綱のことを明かしていないから当たり前だった。
釈然としないが、そういうからには問題ないのだろうとソッチョルが引き下がると、入れ違いでサユがやってきた。
「お考えとはいったいどんな? やはりこの前ヒョオルさんが私たちを追い出して話したのは、例の証拠のことだったのでしょうか」
「そうだ。あやつは今回の改革はわざと失敗させるつもりで王子様におすすめしたのだそうだ。失敗すれば私に利があるからな。それと引き換えに、証拠を渡せと要求してきた」
「でも渡せないでしょう。だって無いのですから」
「そうだ。仮にあったとしても、渡してしまってはあいつをつなぎとめておくことはできない。だからいいとこどりしてやろうと思ってな」
今回の改革はヒョオルの策に従って失敗させる。しかしその中でヒョオルにも罪を犯してもらうのだ。
「ヒョオルには今回の試験の課題を考えてもらう。言い出しっぺだだからと私が任命する。そしてそこで、試験問題正答の漏洩事件を起こしてもらう。つまり民間出身者にだけあらかじめ答えを教えたことにするのだ。あやつの古巣の料亭からも受験者が出るだろう。その者に問題を教えたという筋書きにする。
私も採点に関わるから、その中で疑問に感じたことを王様に報告する。機会を平等にするための改革で不正の疑惑があれば、王様は当然調査を命じるだろう。それでヒョオルの罪が明らかになるということだ。王様は許しはしないだろうな。やつは罰を受ける。
試験は『
「なるほど。交換条件など、はなから反故にしてしまえばいいと。王様のお怒りはともすれば任命者である料理長様にも及ぶわけですから、それで見返りを求めることはできませんものね」
「試験の不手際は私も多少責任を負わねばならんが、首謀者はヒョオルだ。それに試験が失敗に終われば王様は私への信頼を篤くするはずだ。その状態で私に重い罰を下すはずがない」
「お見事です。ヒョオルさんの姑息な策略など、料理長様の深謀遠慮の前には児戯も同然ですね。上手くいくように私もお力添えします。ソッチョル様は例の証拠については知らないので、手を出せませんから」
サユは協力を申し出ると、ヒョオルを陥れるのが待ちきれないといわんばりの笑みをこぼして去っていった。
その後も試験の準備は続いた。キョンセは王にも相談したうえで、ヒョオルを試験問題作成の責任者にした。ソッチョルはまたもや不満だったが、キョンセに何か思惑があるのだと、黙って受け入れた。
「筆記試験の問題はこの通りです。
馬乳酒は読んで字のごとく馬の乳を使って作られた酒である。サハネ国にはもともと存在せず、イシュル国の使節団により持ち込まれ、宮中の牧場で馬の乳をとり作られている、まず民間ではお目にかかれない食材だ。
これは民間出身者にとってかなり不利な課題だった。彼らの多くは口にしたことはおろか、名前を知らなくてもおかしくない食材だからだ。その日初めて味を知ったものを使って、どんな素晴らしい料理が作れるというのか。これを聞いた『
「ふん。私は問題ないと思うが、そなたたちはどうだ」
キョンセは筆記試験内容に目を通すと、他の者たちにも紙を回して確かめさせた。この内容であれば民間出身者が多くなることはないだろうと、誰も反対しなかった。
そして今回人数を絞るために先に課す課題である。
試験の当日『
受験者たちが立札と料理人たちの前に集まると、ヒョオルが良く通る声で告げた。
「今回は天下にあまねく優秀な料理人を求るため、また様々な事情で『
課題となる食材は、
猫の尾
である」受験者たちの多くは猫の尾が何を指すのかわからず、困惑の声を挙げた。その中にちらほらと、答えがわかっていそうな顔や、心当たりがありそうな顔があったが、それは少数だった。
「二日の猶予を与える。今日と明日のあいだに猫の尾を準備せよ。明後日の朝、登庁の鐘がなるまでが期限である。それでは解散」