第二十七章 大膳師君 第七話
文字数 2,935文字
結局、ヒョオルも徹夜した。
震えるほどの寒さだったにもかかわらず、彼の作った羽の飾り切りはどれも精緻で、美しく仕上がっていた。料理人たちは皆感嘆の声を上げ、そして宴料理を指揮する立場でありながら、夜を徹して粽 作りを手伝うその献身を讃え、感謝した。
明け方、ヒョオルは王の食事があるからと『教味院 』の厨房を去った。ジャビはここまでの間に、ヒョオルがどんな罠を仕掛けてくるか戦々恐々としていたが、何事も起こらずに終わったので拍子抜けした。
「それで、次はもち米と具の味付けだよな」
他の料理人に声をかけられ、我に返ったジャビは次の作業を指示した。
ぬるま湯で戻した鮑を細かく刻み、少し茹でて出汁を取る。それから白菜の芯の部分をみじん切りにして、人参と大根の飾り切りの際に出た屑の部分も同様にする。これらを水にさらしておいたもち米と一緒にして、大鍋で炒める。その最後に鮑と鮑の出汁を容れ、牡蠣油や山椒などを混ぜて調味する。
味付けが終わったら、キダムの葉に乗せて包む。最初に羽の飾り切りを置いて、その上にもち米を、そして人参のヨンゲ花の飾り切りを埋めるように入れる。それから葉を丸く巻いて、紐で縛れば完成だ。
丸まった緑の葉がいくつも出来上がり、布を敷いた木箱に積み上がっていった。木箱は五個あり既に荷車に乗せられていた。木箱が満杯になると、上から布をかけて、そのまま料理人と女官で引いて市中へ出る。既に陽は上っていた。
ジャビは東の警備隊の詰め所へ荷車を引いて向かった。昨日振った雪は少しだけ地面に積もっており、車輪がより重く感じられた。後ろから女官と料理人が荷車を押してくれているので、何とか順調に進むことができている。
まだ新年の祝いは続いている。民の中には道に出てきて近所の者と談笑したり、酒を飲んだりしている者もあった。既に都には王が料理を振る舞うと知らせていたので、料理人たちの姿を見た人々は、あれこそ王様が下さる料理に違いないと期待を込めた目で見つめてきた。幼い子供などは歓声を挙げて荷車の後をついてきた。
東の詰め所へ到着すると、そこの料理番が気を効かせて既に湯を沸かしてくれていた。何段にも重ねた蒸籠に粽 を入れて、蒸しあげてゆく。だんだんと良い匂いがしてきて、民が集まり始めた。最初の蒸籠が蒸し上がると、女官が盆に乗せて詰所の入り口に集まった民に配って回る。
民は熱い粽 を毬のように両手で転がして暫く冷ましてから、結んであるひもを引っ張って外した。
「おお、これはなんだろう」
食べる前に大根と白菜で作った翼が目に飛び込んできて、皆歓声を上げた。こういう飾り切りは庶民の食べる料理にはなかなか入らないから、意匠の意味が分からずとも、それだけでありがたみが増す。
味の方も鮑の出汁が風味を全体に行き渡らせているために、濃厚で豪華、まさに特別な料理だった。その上食べすすめるとヨンゲ花の飾り切りも出てきて、更に祝いの雰囲気が盛り上がった。
皆美味しい美味しいと頬張りながら、王に感謝し、その治世を讃えた。どうやら民への振る舞いは大成功に終わったようだ。
粽 が残り少なくなったころ、ふらりとやってきた人間がいた。ソウジュンである。
「私だって王様の民だからな。粽 をもらう権利はある」
彼はそう言って粽 にかぶりついた。ジャビがここで調理することを知っていたわけではないが、ただもしかしたらと思って、ふらりと立ち寄ったのだ。
ジャビは片付けを他の者に任せてソウジュンと話した。
「実は、料理長に目をつけられてしまったのではと心配しているのです」
「それみろ。だから適当にやる気のない案を書いておけと言ったではないか」
「はぁ。ただ、今日こうして粽 を配るまでの間、料理長は何も仕掛けてきませんでした。サユやゾラにも怪しい動きはありませんし、杞憂であったとも思うのですが、どうも気になるのです」
ソウジュンはヨンゲ花の飾り切りを一口で平らげた。
「それはもしや、料理長がお前を利用しているのではないか? 今回のこの粽 はお前の案ではあるが、料理長が何かしら手を加えているのだろう。そうしたら王様から見たら、お前というよりは料理長の手柄になる。あの男はこういう時、己の功績をより大きく見せようとする。そのためにお前を利用しようという魂胆なんじゃないか」
それは十分にあり得ることだった。実際、彼は徹夜して飾り切りを手伝っている。
「ですが、それなら私が何か大きな失敗でもしでかす方が良かったのでは? この通り、粽 の振る舞いは無事に終わってしまいました」
「料理長がどんな手に出るかは私も読み切れん。まぁ、宮中の宴と一連の新年の祝いが終われば、真意がわかるかもしれないぞ」
ソウジュンは粽 をすっかり腹に治めて、残ったキダムの葉をポイっと捨てて去って行った。
ジャビは葉を拾って暖を取るために焚いていた焚火にくべた。
宮中の宴も盛大に行われた。中央の舞台ではキッタムの妓楼の者たちによって、白い鷹にちなんだ舞が披露されていた。舞が一番上手の妓女が白く広い袖をはためかせて踊る。その冴え冴えとした美しさと力強い動きは、会場の者を魅了した。
「見事な舞であった。白い鷹が舞台へ舞い降りて、国の幸福を祝福しているようであった。実に祝いに相応しい。後でこの妓女と妓楼に褒美を取らせる」
王は舞が終わると妓女たちを舞台に集め、その場で賞賛し褒美を遣わすと約束した。妓楼の主であるキッタムは皆を代表して礼を述べると、満面の笑みで音楽や舞を続けるように指示し、舞台を下りた。
また、ヒョオルは王の飯膳 に炊き込み飯 を出したが、味をつけた飯の上に野菜を飾り切りして、白い鷹が山河を超えて天へ向かって飛翔する様を表現した。
王の占いを受けて、使った野菜は大根だけであったが、大根を薄く切って鷹や巍巍たる山、曲がりくねる川を切り出して見せたのは、まさに彼の技巧の極みであった。
王はこの一皿を非常に喜び、隣に座る新王妃や王太子に見せるほどだった。
宴が終わり自室へ戻ると、王は民へ振る舞った粽 はどうであったかと宦官に訊ねた。宦官が受けた報告によれば、どの場所でも民は喜んでいて、王に感謝していたと言う。王は満足して、すぐに『建穏院 』を訪れて、粽 作りに携わった者を直々にねぎらった。
ヒョオルが、そもそも粽 を作る案を出したのはこの者だとジャビを紹介した。ジャビは礼を終えても終始うつむき加減でいた。
火傷を負って顔を隠していると聞いてはいたが、やはり実際に目にしてみると、どうにも異様な雰囲気がある。王は一瞬顔をこわばらせたが、すぐに穏やかな顔に戻って、提案の素晴らしさと、見事に成功させたことを褒めた。
「白い羽の飾り切りが入っていたと聞いたが、それはそなたの案か」
「いえ、料理長様が入れた方が良いと……」
ジャビは顔を隠すように俯きながら、少し小さな声で答えた。王はヒョオルを見た。
「左様です。白い鷹が国を寿ぐ吉兆でしたから、それを祝うのに、それを示す飾り切りが必要だと思い、足すように提案しました」
「そうか。ヨンゲ花だけでなく羽の細工もするとなると、労が大きかったであろうな」
王は改めて粽 を作った者たちに目をやった。
震えるほどの寒さだったにもかかわらず、彼の作った羽の飾り切りはどれも精緻で、美しく仕上がっていた。料理人たちは皆感嘆の声を上げ、そして宴料理を指揮する立場でありながら、夜を徹して
明け方、ヒョオルは王の食事があるからと『
「それで、次はもち米と具の味付けだよな」
他の料理人に声をかけられ、我に返ったジャビは次の作業を指示した。
ぬるま湯で戻した鮑を細かく刻み、少し茹でて出汁を取る。それから白菜の芯の部分をみじん切りにして、人参と大根の飾り切りの際に出た屑の部分も同様にする。これらを水にさらしておいたもち米と一緒にして、大鍋で炒める。その最後に鮑と鮑の出汁を容れ、牡蠣油や山椒などを混ぜて調味する。
味付けが終わったら、キダムの葉に乗せて包む。最初に羽の飾り切りを置いて、その上にもち米を、そして人参のヨンゲ花の飾り切りを埋めるように入れる。それから葉を丸く巻いて、紐で縛れば完成だ。
丸まった緑の葉がいくつも出来上がり、布を敷いた木箱に積み上がっていった。木箱は五個あり既に荷車に乗せられていた。木箱が満杯になると、上から布をかけて、そのまま料理人と女官で引いて市中へ出る。既に陽は上っていた。
ジャビは東の警備隊の詰め所へ荷車を引いて向かった。昨日振った雪は少しだけ地面に積もっており、車輪がより重く感じられた。後ろから女官と料理人が荷車を押してくれているので、何とか順調に進むことができている。
まだ新年の祝いは続いている。民の中には道に出てきて近所の者と談笑したり、酒を飲んだりしている者もあった。既に都には王が料理を振る舞うと知らせていたので、料理人たちの姿を見た人々は、あれこそ王様が下さる料理に違いないと期待を込めた目で見つめてきた。幼い子供などは歓声を挙げて荷車の後をついてきた。
東の詰め所へ到着すると、そこの料理番が気を効かせて既に湯を沸かしてくれていた。何段にも重ねた蒸籠に
民は熱い
「おお、これはなんだろう」
食べる前に大根と白菜で作った翼が目に飛び込んできて、皆歓声を上げた。こういう飾り切りは庶民の食べる料理にはなかなか入らないから、意匠の意味が分からずとも、それだけでありがたみが増す。
味の方も鮑の出汁が風味を全体に行き渡らせているために、濃厚で豪華、まさに特別な料理だった。その上食べすすめるとヨンゲ花の飾り切りも出てきて、更に祝いの雰囲気が盛り上がった。
皆美味しい美味しいと頬張りながら、王に感謝し、その治世を讃えた。どうやら民への振る舞いは大成功に終わったようだ。
「私だって王様の民だからな。
彼はそう言って
ジャビは片付けを他の者に任せてソウジュンと話した。
「実は、料理長に目をつけられてしまったのではと心配しているのです」
「それみろ。だから適当にやる気のない案を書いておけと言ったではないか」
「はぁ。ただ、今日こうして
ソウジュンはヨンゲ花の飾り切りを一口で平らげた。
「それはもしや、料理長がお前を利用しているのではないか? 今回のこの
それは十分にあり得ることだった。実際、彼は徹夜して飾り切りを手伝っている。
「ですが、それなら私が何か大きな失敗でもしでかす方が良かったのでは? この通り、
「料理長がどんな手に出るかは私も読み切れん。まぁ、宮中の宴と一連の新年の祝いが終われば、真意がわかるかもしれないぞ」
ソウジュンは
ジャビは葉を拾って暖を取るために焚いていた焚火にくべた。
宮中の宴も盛大に行われた。中央の舞台ではキッタムの妓楼の者たちによって、白い鷹にちなんだ舞が披露されていた。舞が一番上手の妓女が白く広い袖をはためかせて踊る。その冴え冴えとした美しさと力強い動きは、会場の者を魅了した。
「見事な舞であった。白い鷹が舞台へ舞い降りて、国の幸福を祝福しているようであった。実に祝いに相応しい。後でこの妓女と妓楼に褒美を取らせる」
王は舞が終わると妓女たちを舞台に集め、その場で賞賛し褒美を遣わすと約束した。妓楼の主であるキッタムは皆を代表して礼を述べると、満面の笑みで音楽や舞を続けるように指示し、舞台を下りた。
また、ヒョオルは王の
王の占いを受けて、使った野菜は大根だけであったが、大根を薄く切って鷹や巍巍たる山、曲がりくねる川を切り出して見せたのは、まさに彼の技巧の極みであった。
王はこの一皿を非常に喜び、隣に座る新王妃や王太子に見せるほどだった。
宴が終わり自室へ戻ると、王は民へ振る舞った
ヒョオルが、そもそも
火傷を負って顔を隠していると聞いてはいたが、やはり実際に目にしてみると、どうにも異様な雰囲気がある。王は一瞬顔をこわばらせたが、すぐに穏やかな顔に戻って、提案の素晴らしさと、見事に成功させたことを褒めた。
「白い羽の飾り切りが入っていたと聞いたが、それはそなたの案か」
「いえ、料理長様が入れた方が良いと……」
ジャビは顔を隠すように俯きながら、少し小さな声で答えた。王はヒョオルを見た。
「左様です。白い鷹が国を寿ぐ吉兆でしたから、それを祝うのに、それを示す飾り切りが必要だと思い、足すように提案しました」
「そうか。ヨンゲ花だけでなく羽の細工もするとなると、労が大きかったであろうな」
王は改めて