第十六章 二者の決着  第十二話

文字数 2,838文字

 サユのおかげで、ヒョオルとキョンセが捕えられることは無かった。

「なるほど、つまりこれは料理長様の策でしたか」

 キョンセの執務室に呼び出されたソッチョルは、ほっと胸をなでおろした。というのも、彼は王女と王妃どちらも裏切って新しい主につくという計画には、まったく蚊帳の外だったからだ。

「そうだ。九年前の投書の件では、こちらの思う通りに事が運ばなかった。そこから少しずつ、事態は私の思惑を外れて行ったからな。途中でもう、王女様を捨てなければ生き残れないと判断したのだ」

 仕方なかったのだと、後悔しているような表情で語ると、元々キョンセに忠実なソッチョルは全て鵜呑みにした。

「生き残ったのはいいとして、王女様という後ろ盾を失って心細い立場ですね。新しい主は誰か、もうお決まりなのですか」

「それはヒョオルがあたりをつけている。それよりも今は、王女様と王妃様、そして拓強派(クバネ)曹衛派(ジュインネ)の最期をしっかりと見届けることが先だ」

 王と経市派(プリョルネ)による一連の事件の関係者の処罰は苛烈を極めた。

 王妃と王女については、その罪が明らかとなった今、身分をはく奪し、王室の人間としては甚だ簡素な葬儀をたった一日執り行い、王室の墓地から少し離れた山の麓に埋葬された。小さく盛り土をして、木の札でその下に眠る者の名が記されているだけの墓は、数日前まで後宮で栄華を極めていた人物のものとは思えなかった。

 タナクやヨジュン、テギョなど、曹衛派(ジュインネ)拓強派(クバネ)の主だった者たちは棒打ちの後、斬首の刑に処された。その他の者たちも流刑や鞭打ち、棒打ちの後、身分を賤民(ヨノル)に落とされるなどの刑を受けた。

 カルマも鞭打ちのあと絞首刑となった。濡れ衣を着せられたイリも同じ刑を受ける。
 一方で、王妃と王女の子であるリトクとマショクについては、なんの処罰もなかった。

「母と姉が罪を犯したからと、その子や弟にも罪があるとはかぎらない。調査でも此度の陰謀に二人がかかわったという証拠はない。それに二人は罪人の血縁ではあるが、なにより余の息子である。王の血を引く者をむやみに罰することは許さん」

 恐ろしい争いを繰り広げていたとはいえ、頼れる肉親を失った二人の王子を憐れんだ王は二人を断固として守った。曹衛派(ジュインネ)拓強派(クバネ)にあれほど容赦のない罰を下したのも、王子たちのためといえよう。

 タンモンたち経市派(プリョルネ)は、あれこれと屁理屈をこねて、リトクとマショクにも何かしらの罰を当たようとしたが、王の強固な意思を変えさせることはできなかった。

「これで、王妃と王女の時代は完全に終わった。三人ともよくやってくれたな」

 キョンセはヒョオルとソッチョル、そして新しく手下になったサユを執務室に迎えて労った。サユはまだ良心が咎めているようだった。

「さて、新たに我らが主と仰ぐ人に会いに行きましょう」

 ヒョオルは三人を促して、夜の宮中を歩き、後宮の門をくぐった。

 ある住まいの前へたどり着くと、そこにはタンモンがいた。

「参りました」

 タンモンが住まいの中へ取り次ぐと、入れ、と声が聞こえた。

 部屋の奥には、豪華に装った女性が眠る幼子を胸に抱いて座っていた。この住まいの主、一ノ賜室(いちのししつ)である。

「みな此度は良くやってくれた。お前たちの働きで目障りな王妃と王女を同時に排除することができた」

 キョンセとヒョオル、ソッチョルは恭しく頭を下げた。サユも戸惑いながらそれに倣う。

「この陰謀は、一ノ賜室(いちのししつ)様のためだったとは」

 日頃仕えている彼女がそんなことをしていたとは。サユは驚きと困惑から思わずそう漏らした。すると一ノ賜室(いちのししつ)は微かに笑って、腕の中の赤子優しく揺らした。

「このファマもれっきとした王様のお子。それなのに宮中で世継ぎにと名前が上がるのはリトクとマショクばかり。誰もこの子を、そしてこの私を顧みない。王妃がいなくなれば王子を生んだ王様の側室は私だけ。当然、次に王妃となるのはこの私だ。そして王妃の子となれば、ファマも立派な世継ぎ候補の一人。大それた陰謀を企て殺し合ったため、王妃は廃位され、王女も王族から落とされた。そんな者の庇護を受けていたリトクとマショクなどを、誰が正当な世継ぎとみなそうか」

 至極満悦といった様子だった。傍らに座っていたタンモンはその後を引き取った。

曹衛派(ジュインネ)拓強派(クバネ)も一掃された今、二人の王子の後ろ盾となる者もいない。我々経市派(プリョルネ)は新たなる王妃様の後ろ盾として朝廷で力を増し、その我々の力でファマ王子様を世継ぎに押し上げる。長かった雌伏の時は終わったのだ」

 サユは初めて目の当たりにする宮中の陰謀に唖然としていた。ヒョオルとキョンセはもうずっと前から、この恐ろしい嵐に身を投じて、自らの栄達のために立ちまわっていたのだ。そんな世界など知らずに、毎日料理の事だけ考えて過ごしていた自分が、とんでもなく能天気だったように感じる。

「お前たちは今回よく働いてくれた。しかし、王妃と王女がいなくなっても、二人の王子はまだ残っているから、当分気を抜けない。これからも新たな王妃様をお支えし、ファマ王子様を世継ぎに立てるため、粉骨砕身して仕えるのだぞ」

「心得ました」

 料理人たちは頭を下げた。

「そなたたちの功績には報いてやりたいと思うが、まだ私には力が無いので、すぐに褒美を与えてやれない。私が王妃となったら、それぞれ昇格させてやろう。

 ヒョオル、そなたはマショクの食事係をしているとか。それからサユは頭女官(とうにょかん)と私の食事係をしてくれているな。もうすぐファマも一人で食事できるようになるゆえ、そなたたちのうちどちらかをファマの、どちらかを私の料理人にしてやろうか。

 ソッチョルは『建穏院(ケヨンウォン)』の人事を担当しているとか。どこかの厨房長にでもと思っていたが、今の地位より格下げになっては褒美にならぬな。料理長は……、もう昇格させられぬ。ならば二人には別の褒美をやろう。金貨か絹布か、好きな方を選べ」

 一ノ賜室(いちのししつ)はもう王妃になったかのような態度で言った。

「有り難いお言葉ですが、私がマショク王子の食事係の方が、後に排除するとき手を下しやすいです。このままの配置に留めていただけますようお願いします。昇進はリトクとマショクを消した後とさせてください」

 ヒョオルが昇進を辞退すると、サユもそれに続いた。

「私はまだ一女官でしかありませんので、いきなりファマ王子様か一ノ賜室(いちのししつ)様のお食事係になるのは、遠慮いたします」

 誰かを陥れた褒美などとても受け取れない。

「二人がこのように謙虚ですと、我々も褒美を受け取るのが憚られますな」

「我々と料理長様は違います。昇進というのは、誰の目にも見えることですから、大きな事件の後となると、他の者が怪しむでしょう。しかしこっそりご褒美を受け取るということなら、何も問題はありますまい」

 キョンセも遠慮しようとすると、すかさずヒョオルが褒美を受け取るよう口添えした。

 揃いも揃って辞退すると、一ノ賜室(いちのししつ)の機嫌が悪くなるかもしれない。キョンセは少し考えてから、金貨を所望した。
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