第30話:カリブクルーズと北海道旅行

文字数 1,649文字

 5日目、最終寄港地ナッソー・バハマに7時入港。今日は現地の豪華ホテル見学ツアーに参加しバスを待ち20分程で豪華ホテルに着いた。その豪華ホテルはピンクの宮殿のような建物で「アトランティス・リゾート」と書いてあった。その補綴の水族館を見学し海中トンネルの下を歩いたりして楽しんだ。その後、リゾート内を歩くと広いラグーンがあり、そこにはイルカが泳いでいた。

 そのホテルでランチをして15時過ぎ、港に帰るバスで帰り船は17時に出港し、翌日、翌々日の2日間終日海上クルーズだった。ナッソーから、ガルベストンまで地図で見ても確かに遠かった。その2日間は、大規模なスクリーンで最新の映画を見たりパットゴルフをしたり、夜には館内シアターでショーを見て過ごした。クルーズでお決まりのゲストのプロカメラマンによる、多くの写真が張り出されていた。

 気に入った写真があれば買うと言うシステムになっていた。また船内にカジノも常設されていた。下船の日は前夜バゲージ部屋の外に出してキャビンの明け渡しは8時半。8時半にレストランで朝食、下船時間までラウンジで待つ。割り当てられたゾーンによって下船時間が決まっており、私たちは3番目の11時で船内放送で呼ばれて下船の列に並んで船を降りてターミナルの建物で荷物を受取り入国審査を通って出口へ。

 そして送迎のバス乗り場へ行く。ヒューストン空港へ100分強で到着。空港内のホテルに宿泊して翌日の成田行きの便で日本に帰った。2008年7月20日、実の両親から電話で今年の夏、暑いから一緒に北海道に避暑に行かないかと誘われて一緒に行くことにした。父が泰平の家に来て4人で新潟からカーフェリーで小樽港へ、そこから釧路へ行くという計画だった。

 7月21日、朝8時に泰平の家に来て、そこから泰平に運転を代わり所沢インターチェンジから関越道・新潟方面に入った。11時過ぎに新潟港・フェリー乗り場に到着して乗船手続きを取って船内で昼食をとり部屋で休んだ。父が酒を持ってきて夕食後、部屋で酒を飲みながら雑談をして早めに寝た。翌朝4時半に小樽に到着して泰平が運転し父が食べ物や飲み物を持って来た。

 その後、高速道路を使って一気に走り、途中、下道を走り帯広で父に運転を代わり16時には釧路に到着し釧路Pホテルに入った。そして運転の疲れを癒やすかのように早めに床についた。翌朝、朝食の時に父が泰平に北海道は何回目かと聞くと2回目であまり来ていないと言うと、どこへ行きたいと聞いた。泰平は奥さんの志保さんに聞くと夏の北海道と言えば、富良野のラベンダーと美瑛の丘でしょうと言った。

 その他、知床、網走や摩周湖、阿寒湖、屈斜路湖、また良い温泉にも入りたいと言った。何日間いられるというので長期滞在経験したいから1ケ月間と言った。父がわかったと言った。明日か、明後日、人気が高い富良野のラベンダーと美瑛の丘へ行こうと言った。それから後は週に1-2回、遠出しようと言ったが、基本、日帰りだと話すので了解した。

 父が今日は釧路の町を案内しようと言い10時にフロントに集合となった。10時にホテルを出て、15分位で、幣舞橋「ぬさまいばし」に着いた。すると父が私が釧路で一番な好きな所は、ここ幣舞橋だと言い、特に夕焼けの美しさは絶品だと絶賛した。そして春夏秋冬の若い女性のブロンズ像があって、それぞれ、作者が違う。この四季の像の設置は市民運動によるものだそうで、その資金も全て市民が拠出した。

 話が長くなるから、この位でやめておくが北海道3大名橋の1つだと言った。泰平、残りの2つの橋を知ってるかと、ごめん、聞くだけ野暮だよなと笑いながら1つは札幌の豊平橋、もう一つは旭川の旭橋だと言い覚えておけと言った。その後、釧路駅に向かい幣舞橋を通って行ると、左に派手な建物は観光客向け土産や食堂が入ってる「釧路フィッシャーマンズワーフMOO」だと教えてくれた。その橋のたもとでタクシーを止めて、次に向かったのが釧路和庄市場だった。
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