第64話 バールのようなもの

文字数 1,795文字

息が詰まるような蒸し暑い夏の日。


その日に限って、両親は居なかった。


いつもの公園に向かう。

兄は母の心配をして泣きじゃくり、公園への誘いを断っていた。


そこで、事件が起きた。

思い出してきた。

昔、凄い強気の女の子に助けて貰ったんだ。

もしかして……。

いじめっ子に地べたに正座させられて、泣いている男の子を助けた記憶があります。

その時、私はちょうど旅行に出ていたんです。

両親は何やら怪しいシンポジウムに参加しており、私は暇だから近くの公園に遊びに来ていて。

シンポジウム?

なんだろうな。

よく分からないけど、もしこの記憶が合致したら恥ずかしいな。

俺ははなびに助けて貰ったという事?

うーん。

そうなのかな。

男の子が三人。

よってたかって、正座させられた男の子に罵声を浴びせていました。

「あのおっかねえ母ちゃんが居ないから、こっちのもんだ」

「お前、気取っていてムカつくんや」

などなど。

私はもう、無我夢中で彼らを怒鳴りつけた記憶があります。

その頃は無鉄砲だったので、怖いもの知らずでした。

おっかねえ母ちゃん?

それは俺の母さんかな。

家の裏に公園があっていつも遊びに行ってたけど、母さんが家の窓からずっと俺を見ているんだよ。

何か書き物をしながら。

お義母様……。

私が怒鳴りつけると、男の子達は逃げていきました。

口程にもない。

間違いないね。

記憶が一致する。

小さい頃に俺達は一度会っていたんだね。

しかし、はなびは強いんだね。

泣いている男の子。


彼女は、腰に手を当てて彼を叱責する。 


強気でいかないと舐められるよ!

うちのお母さんなんか、この間お店の冷やかしを箒で追っ払ってた。

そのくらいしないとバカにされるだけで商売にならないって言ってた。

俺には無理だよ。

箒を持ち出すなんて……。

箒でなくても、バールのようなものでもいいよ!
もっと無理だよ。

バールなんて持ち出したら、相手が死んじゃうよ。

バールのようなもの……。
明らかにバールでも、確証が持てない以上バールのようなものと言うしかないですね。

凶器は。

ほんっとに、そういうところ。

はなびだよね!

いえ、ごめんなさい。

それより、うちの両親の営業態度は褒められたものではないと思うんです。

ずっと貧乏でした。

お母さんは、何故か占い業なんて始めて。

箒で客を追い返す性格の人が占い師か。

逆に向いているんじゃないかな。

うん……。

確かに、占い関係で怒鳴り込まれた事はないですね。

すっかり日が暮れた窓の外を見ながら、はなびはぼんやりと今日の事を思い返した。


達也のこと。

そして、いつかの思い出のこと。


ずっと心に引っ掛かっていた昔の思い出を口にする日がくるなんて、夢にも思わなかった。

あの、達也さんは中学のご友人ですか?
……達也は苛められっ子だったんだ。

俺が庇って、それでつるむようになった。

幸いにも俺は漫才にノれたから苛められることは無かったけど、もう少しユーモアに欠けていたら地獄だったな。

ちょっと怖いな、大阪。

でも北区もカオスに関しては負けてないと思います。

シュールです。

北区には行ったことないけど、そんな感じだよね。

最初に実家が北区の整体院と聞いた時、ちょっと引いたよ。

ええ。

自覚しています。


それはともかく、達也さんですね。

晶さんのお部屋はきれい過ぎますが、もしかして達也さんに見栄を張るためという理由もあって?

少しある。

実家は本当に物が無くて、整然としているのもあるけど。

とにかく父さんが派手好きで、兄貴もとんでもなく派手趣味で、自然とこうなりました。

インテリア好き。

メンズシャンプーも最新の見たことないものだし、家具もこだわり抜いてまるでお店みたい。

ホストという事で、地味にカッコ良さとは何かを刷り込んでいたんじゃないですか。

よく分かるね。

そう。

ホストの部屋の見本市を目指したよ。

兄貴の真似だけどね。

真似できる晶さんも凄いですよ。

私には真似する程の行動力はないです。

女装が趣味の、リサイクルショップに勤めている友達に助けて貰ったのもある。

達也は少し癇癪持ちだから、気を紛らわせるのが大変だった。

流石に今回ので堪忍袋の緒が切れた。

縁を切るよ。

本当に縁切り出来ますかね?

暫く私、家にこもってます。

流石にバールのようなものを持って買い物に行くのは……。

バールにこだわらなくても良いと思うけどね。

土日に一緒に買い物に出よう。

買い溜めだね。

バールのようなものですよ。
うるさいな!
少しずつ、夜は更けていった。
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登場人物紹介

雪月はなび

冴えないOL

5月生まれの25歳

紫水晶

営業部のイケチャラ男。

2月生まれの25歳。

四線義勇太

はなびの勤める会社の事務の上司。

夏木ゆきこ

はなびの同僚。

7回の転職経験がある。

佐滝右近

はなびが勤める会社の社長の倅。

小満度心春

企画部からの異動者

錦戸達也

晶の友達。

ホストをしている。

紫水晶のLINEアカウント

雪月はなびのLINEアカウント。

小満度心春のLINEアカウント

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