第33話 出発

文字数 1,538文字

食べた皿を片付けると、はなびは晶の部屋に持ち出すものについて考えこんだ。


すぐにこの部屋を退去するつもりだが、優先順位というものがあるだろう。


今日はどこで寝ることになるだろうか?

何を持っていこうか。

歯ブラシと、下着?

お泊りセットかな?

いや、もう、すぐに引っ越そうよ。

不動産に電話するから。

うーん。

平日に住民票を取りに行くべきかな。

すぐに戸籍が変わるけどね。
ああ、そうで……ん?

戸籍?!

その前に実家に挨拶をしないと。

大阪は遠いですよね。

そうだね。

ジューンブライドにしよう。

何処かで有給を取ってくれる?

えっ、は、早……!

もう来月じゃないですか!

籍だけ入れちゃおう。

いいね?

はい……。

ああ、信じられない。

親が聞いたらびっくりするわ。

親御さんは厳しい人かな?
そんな感じではないです。

ただ、家業を継げとしつこく言ってきます。

整体院だね。

俺は良いと思うけど。

私も、整体そのものは良いんですけど、親は何ていうか……。

自然派なんですよ。

それがちょっと……。

ああ。

なんか分かるな。

もしかして、マスクに反対していた?

わかりますか?

そんな感じです。

ネット事情に詳しいですね。

なるほどね。

同居は避けよう。

俺は話を合わせられるから平気だよ。

ほっ。

流石です。

他愛ない話をしながら、はなびはボストンバッグに荷物を詰めていった。

下着を数組、寝巻きを一組。

着替えを二着。

新しい歯ブラシなどを次々と入れていく。


やがて、玄関に向かった。

帰ろう。
はい……。
晶は既に、同棲が始まっていると思っているらしい。


急激な生活の変化に心が追いつかぬまま、二人は外に出ると玄関の鍵を施錠した。








駅まで手を繋いで歩き、二人は電車に飛び乗った。

上り三駅なので目的地まで時間は掛からなかった。

まるで仕事のようです。

トントン拍子。

そうでないと困るでしょう。

はっきりさせないと、気になって全く仕事に手がつかないから。

確かに……。

結婚って安心感がありますね。

そう。

まさに身を固めるってこのことだよね。

心配事が一つ減る。

ああ。

その通りなんだ。

悩み事やコンプレックスが消えますね。

まるで晶さんをダシにしているような言い方だけど……。

それを言っちゃあね。

しかし、俺も早くに結婚した方が仕事で有利なのは確かだ。

既婚者というだけで信頼度が上がる。

男性は、それはありますね。

でも、私は仕事を辞める懸念を持たれてしまいます。

寿退職でもいいんだよ?

すぐに子どもを作ろう。

本当に展開が早い。

子どもかあ。

……大丈夫かな。

俺が育児するから。

はなびは心配しないで。

あ、いえ。

あの、生理周期を……ですね。

あ……。

それでも構わないよ。

電車の窓の景色に、はなびはそっと視線を移した。


あらゆる事をした。

本当に、あらゆる事を。


あらゆる初めてを、晶に持っていかれた。



あまりに情報過多で、付いていくのが大変なくらいだ。

そろそろだね。

行こう。

はい……。
頭がぼんやりとする。


晶に手を引かれて、はなびは電車からそっとホームへと移った。



少し歩いていくと、サミットの看板が見えた。

はなびが興味深そうに見ているのを察した晶は、手を引いて店の中に入っていった。

何か買っていくか。

サミットはいいよ。

品揃えも良くて。

はい……。

あまり入ったことがないので、気になっていました。

晶がカゴにすぐに食べられるものを次々と入れていくのを見て、はなびは目を逸らした。



籠もる気だ、と心の中で呟く。



快諾はした。

確かに、自分は全てを許した。


しかし、その一方で考え込む。




私の何処が良いのだろう、と。

何故晶は、自分にここ迄固執するのだろう。


仕事の利の話は聞いたが、あまりにも勢いがありすぎる。



何かあるのだろうか。

彼の中の琴線に触れるものを、自分は持っているのだろうか?


少し考えてから、カゴの中に自分の好みの惣菜を一つ入れた。

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登場人物紹介

雪月はなび

冴えないOL

5月生まれの25歳

紫水晶

営業部のイケチャラ男。

2月生まれの25歳。

四線義勇太

はなびの勤める会社の事務の上司。

夏木ゆきこ

はなびの同僚。

7回の転職経験がある。

佐滝右近

はなびが勤める会社の社長の倅。

小満度心春

企画部からの異動者

錦戸達也

晶の友達。

ホストをしている。

紫水晶のLINEアカウント

雪月はなびのLINEアカウント。

小満度心春のLINEアカウント

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