第15話 高鳴る気持ち

文字数 1,720文字

アポイントメントのミスの件は、その後取り沙汰されることはなかった。

改善案が実装された様子もなく。


毎日が刻々と過ぎていく。

毎日終電近くまで残業して疲れたな。

明日は休みだけど、たまには有給を取りたい。

あれから晶には連絡を取っていない。

あんなに気にしていたのに、会社内で起こった衝撃的な事件に気を取られ、それどころではなくなってしまったのだ。


忙しい日々。

積み上がるストレス。

はなびは気晴らしを考えた。

たまには外食しちゃおうかな。

牛丼が食べたいんだけど。

お持ち帰りで。

そう考え、終電が終わった後も営業をしているすき家に向かうことにした。

最寄り駅の3つ前で下車をする。


空腹を抱えながら、目的地へ足を進めた、その時。

あ。

あれ?

なんとなく、明るいコンビニの雑誌コーナーに、覚えのある顔があった。

はなびはそっとコンビニに近づく。

あ、紫水さんっぽい。

立ち読みしているのかな?

見に行っちゃおうかな。

はなびはそっとコンビニに入店した。

店内はコーヒーの匂いが充満し、空腹感をくすぐる。


晶に似た背格好の男性を探し、そっと近づいた。

やっぱり似ている……。

でもどうしよう。

声をかけていいかな?

少し考え込んでいると、目的の男性は本棚に本を置いた。

振り向いた彼は、やはり見た顔だった。

はなびはフラフラと彼に近づいていく。

あ……。
ん?

あれ?

雪月さん?

あ、紫水さん。

偶然ですね。

こんな時間に。

本当だね。

俺は出張の帰りだよ。

真っ直ぐ帰ろうと思ったけど、久しぶりに立ち読みしたくなって。

出張ですか。

お疲れ様です。

大変だったでしょう。

ああ、ちょっとだけね。

でも、契約は取れたから大丈夫。

それより、今から帰りなの?

一緒にご飯でもどう?

自然な流れで食事に誘われ、はなびの胸が踊った。


先日までの認識なら断っていただろう。

しかし、今は違う。

彼に心を許しかけている為、一緒に過ごしたい気持ちが強かった。


はなびは一呼吸置いてから頷いた。

いいんですか?

ちょうど、お腹がすいていて。

それは良かった。

3時までやっている居酒屋があるから、そこへ行こう。

もう0時回っていますよ。

オーダーストップ、大丈夫ですか?

オーダーストップは2時だね。

まだ大丈夫だ。

行こう。

はい。

明日が休みで良かった、とこっそり考える。

すき家で弁当を買って歩いて家に帰る予定だったが、晶に会ったことで予定が狂った。

しかし、嬉しい誤算。

自分でも信じられない気持ちのまま、彼の隣を歩いた。


徒歩3分の場所に、目的地はあった。


すんなり通され、すぐにお通しが出てきた。

店内は空いていた。

何食べる?

お酒は飲む?

お酒は飲まないです。

お腹が空いているので、ちょっとガッツリいきたい気分。

そうだね。

好きに頼んでね。

値段と自分の味覚の好みをすり合わせながら、はなびは丼ものを頼んだ。

晶はサラダと焼き鳥をオーダーしている。


運ばれてきたお冷を含みながら、はなびは晶の姿をこっそり盗み見ていた。

本当に、凄い偶然ですね。

エコバックを返したくて、連絡を取らなきゃって思っていたんですけど。

そうだね。

俺もLINEを送ろうと思っていたけど、仕事が立て込んでいてね。

会えて嬉しいよ。

連絡はいつでもしてね。

思いの外晶の言葉が柔らかく、はなびは心がじんわりと沁み渡ったような気分になった。

こんなに優しい言葉を貰って良いのだろうかと考える。

はい。

あまり遅くなると、失礼になるかなって。

いや、そんなことはないよ。

でも即レスは無理かな。

極力早めに返すようにするけど、私生活との兼ね合いもあるし。

それは私も同じです。

返信はマイペースです。

ああ、ふふ。

マイペースね。

お互いマイペース返信だね。

高鳴る胸を必死に抑えていると、料理が運ばれてきた。


料理に気を取られたはなびは箸を手に取って食べようとしたが、晶がサラダを取り分けている様子に気づき、ふと手を止めた。

あ!

ごめんなさい。

サラダの取り分けが。

大丈夫。

友達と良くここに来るんだけど、俺が取り分け係なんだ。

慣れているから、つい癖でね。

うう。

申し訳ないです。

お腹がすいて、すぐに食べようとしちゃって。

そうか。

気にせず食べて。

はい、サラダどうぞ。

トマト多めでいいかな?

ありがとうございます。
二人は他愛ない会話を交わしながら、箸を進めていった。
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登場人物紹介

雪月はなび

冴えないOL

5月生まれの25歳

紫水晶

営業部のイケチャラ男。

2月生まれの25歳。

四線義勇太

はなびの勤める会社の事務の上司。

夏木ゆきこ

はなびの同僚。

7回の転職経験がある。

佐滝右近

はなびが勤める会社の社長の倅。

小満度心春

企画部からの異動者

錦戸達也

晶の友達。

ホストをしている。

紫水晶のLINEアカウント

雪月はなびのLINEアカウント。

小満度心春のLINEアカウント

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