第62話 新婚生活

文字数 1,912文字

はなびはノートパソコンに向かい、作業を続けていた。


6月28日付けを以て、完全リモートに移行している。

既に会社のデスクにはなびの私物は置いていなかった。

自宅で仕事は楽だな。

集中力が必要になるけど、夏木さんの相手をしなくて済むし気が楽だわ。

あ、またミスだ。

テーブルに向かい、静かにキーボードを叩き続ける。

やがて、晶が起き出す。

おはよう。

もう仕事しているの?

有給じゃなかったの?

有給消化には入ってますけど、私が仕事のチェックをしないと駄目みたいです。

私の欠員は会社の存続に関わると係長は仰っていましたが、それは言い過ぎでないというくらい、ミスが多くて。

きみの会社はどうなっているんだ。

本当に大丈夫なのか。

駄目でした。

このパソコンはセキュリティの面から専用機にしますけど、許してくれますね?

そりゃ当然だろう。

はなびはやはりしごできだ。

逆に安心する。

相変わらず、怒涛の勢いでLINEメッセージが届く。

心春のメッセージは、いくばくかの怒りを孕んでいた。

本当に結婚退職するとは思いませんでした。

夏木さん、泣いてましたよ。

三億の医者から返事が来ないって。

愚痴ろうにも、はなびさんが居なくて張り合いがないって。

はなびは冷たい目でスマホを見つめ、やがて適当な返事を打った後に電源を切った。


既に彼女への信頼は地に落ちており、これほど業務ミスが多いのは彼女がわざと間違いを犯しているのではないかと邪推するほどになっていた。


怒りの念を悟られないように細心の注意を払って返信を続けるが、彼女との心の距離は永劫縮まる事はないという確証があった。

仕事中にLINEを送って来ないで欲しい。
はなびは本当にドライだね。

ま、いい意味でね。

だからこそ安心だけど。

自分でも、ちっとも優しくないと思う時はあります。

しかし、駄目なものは駄目です。

厳し過ぎるとして友達は少ないですけど、おべっか前提の馴れ合いほど辛いものはないですから。

よく分かってるね。

俺もおべっかありきの関係性は駄目だ。

ホストの友達から何度も泊めてくれと連絡が来ているけど、全て断っている。

もし変な客が来ても玄関を開けてはいけないよ。

オオカミと七匹の子ヤギですか?

気を付けます。

はなびは末っ子ちゃんじゃないから、鳩時計の裏には隠れられないよね。
この家の中のどこに隠れれば良いんだろう?

クローゼットかな?

いかん。

早く転勤を決めよう。

大阪に帰るんだ。

晶は立ち上がると、キッチンに向かって何か準備を始めた。


有給を5日程取ったという。


7月4日まで、新婚生活を満喫すると話していた。

ハネムーンは行くのかな?

想像つかないなあ。

暫くすると、晶がコーヒーを持ってリビングに姿を現した。
ハネムーンは無しでいいかな?

どこかで式を挙げたいが。

地獄耳ですね。

勿論です。

旅行はよく分からないし、まあ、どうせ……。

だよね。

よく分かってるね。

旅行は、行けばそれなりに楽しめるだろう。

そう思う事は度々あったが、詳細を詰めていくと不都合が多い。

特に新婚には。


はなびはぼんやりとイメージトレーニングをしながら、コーヒーカップを手に取った。

仲良くなるイベント儀式ですよね?

新婚旅行って。

友人などの噂話では、漏れ無く喧嘩したと聞きました。

そうだね。

目に浮かぶようだ。

そうでなくても浮かれきって頭が働かないのに、連携が上手く取れないとなるとブチ切れて当然だろう。

新婚に旅行は不向きだ。

晶さんとならきっと旅行も楽しいです。

きっと喧嘩はしない。

何故って、試し行為に慣れきっているし、お互いに自立してますから。

試し行為ね。

あまり言われると胸が痛むけど、真理だね。

短期間で相手をよく知る為に必要な、諸刃の剣だ。

素人にはおすすめできない。

涙でつゆだくです。

牛鮭定食って、背脂がないと食べにくいよね。

脂で塩分を誤魔化す的な。

よくご存知ですね。

食べたことないです。

吉牛には行かないかな?

しかし、こういう会話の一つも出来ないと、楽しい筈の旅行が苦行と化すね。

そのベクトルにすら乗れないよ。

普段のコミュニケーションですよね。

旅行は応用分野かも。

吉牛のメニューは全て制覇していないです。 

女一人でお店に入るには抵抗があります。

それもそうだね。

しかし俺はカフェなども一人で余裕で入れるよ。

気になった店にはすぐだよ。

見た目がオタクっぽくないからですよね。

それと堂々としているのもあって。

いかにも、奥さんか彼女のお土産とかそういう装いで行くんですよね?

……。

ひどい。

泣きたくなった。

テイクアウトはするけど、その例えはあんまりじゃないか。

え?

そんな?

世間の目を考慮した、無難な状況を提案しただけですが。

そんなだよ!

そんなやつはこうだ!

そのままはなびは、ベッドに押し倒された。
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登場人物紹介

雪月はなび

冴えないOL

5月生まれの25歳

紫水晶

営業部のイケチャラ男。

2月生まれの25歳。

四線義勇太

はなびの勤める会社の事務の上司。

夏木ゆきこ

はなびの同僚。

7回の転職経験がある。

佐滝右近

はなびが勤める会社の社長の倅。

小満度心春

企画部からの異動者

錦戸達也

晶の友達。

ホストをしている。

紫水晶のLINEアカウント

雪月はなびのLINEアカウント。

小満度心春のLINEアカウント

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