第23話 万華鏡世界

文字数 1,555文字

結局、晶ははなびの家に泊まっていった。

ギリギリまで家で休み、9時6分発の特急列車にそのまま乗り込むのだと言う。


晶ははなびを離さなかった。

本当に、信じられない。

私が、こんな……ああ。

何故?

どうしてそう思う?

いいえ。

環境が激変したことに驚いているんです。

今までとはまるで人生が変わってしまったようで。

そうかな。

俺がきみの人生を変えたのかな。

確実に変えてしまった。

行為そのもので何が変わる訳でもないけれど、何かが違う。

確実に、私の中で。

こんなに急に、突然世界が変わるものなのだ、とはなびは思った。


何とは言えないが、不思議な何かが。



やがて、実感の湧かぬ、しかし確実に起きている現実は終わりを告げた。








何事もなかったかのように出社したはなびは、いつものように業務に勤しんだ。


集中したいが、頭の中が何処かふわふわするような感覚に見舞われる。

あんた、サガミオリジナル使ったことある?

あれの何処が薄いのかしらね。

サガ?

ああ……、なんでしたっけ。

薄い、かな?

いつものように唐突に声をかけられ、はなびは混乱する。


気のない返事をするはなびを見て、ゆきこはケタケタと笑った。
キヒヒッ。

もしかしてサガミオリジナルを知らないの?

ゴムよ!

あんたは処女だもんねえ。

そんなもの使ったこともないし、これからも使わないだろうね。

ニヤニヤ笑いを向けるゆきこをぼんやりと眺めながらはなびは暫く考えていたが、ふいとパソコンの画面に視線を戻した。
すみません。

仕事に集中します。

ふんっ!

あたしは昨日、捕まえた税理士にゴムを奢ってやったのよ!

ケチな男はモテないわよねえ!

しかもまるで勃ちゃしねえのよ!

グズが!

……
はなびはゆきこを無視して仕事を続けたが、静かに晶の事を思い出していた。



ゆきこは、はなびの身に何が起こったのかを知らないのだ、とも。



ゆきこの話すもの。

その正体を、はなびは理解していた。

しかし敢えて言及はしないつもりであった。

それにより、ゆきこが微細な優越感に浸り続ける事が出来るだろう、と。

すみません。

昼間からする話題ではないです、それは。

なによ!

何も知らないあんたに、あたしが色々教えてやってんでしょ!

親切で話しているの!

分かる?

いえ。

本当にごめんなさい。

仕事に集中します。

ゆきこは暫く騒いでいたが、やがて何かを思い出したように席を立つと事務課のルームから出ていった。


また今日もゆきこの分の仕事を引き受ける事になるのだろう、と思いながら隣のディスクに置きっぱなしになっていた書類を手に取り、目を通した。

こんな簡単な仕事、これっぽち残していって。

あと少しだけ頑張れば終わるのに、どうして中途退席してしまうのだろう。

共有された情報と照らし合わせながら、はなびは何度も確認の末に、ゆきこが残していった分の仕事を完了させた。


違う仕事に取り掛かった頃、ゆきこがディスクに戻った。

あら?

ここにあった紙はどうしたの?

もう終わったから片付けようとしていたのに。

終わった……?

ごめんなさい。

私が片付けちゃいました。

次の作業の為にどうしても必要だったので。

なんだ、もう。

さっき、佐滝くんに会ってきたの。

営業は辞めるんですって。

何でも、営業部長に泣いて頼まれたらしいわ。

仕事をしないでくれって。

彼、有能なのかしらね。

そうですか。
どう考えても、とはなびは心の中でごちた。



ゆきこと自分の認識は、同じものを見ているようでまるで違っているように映るのだろう。

どうやら佐滝の話を聞いて、ゆきこはポジティブな印象を受けたようだ。



まるで世界は万華鏡のようだ、と考える。

見ているものは同じ。

しかし、少しの心の動きで中のビーズが揺れて、世界がまるで違って見えてしまう。

良い男が中々捕まんないのよね。

佐滝くん、落としちゃおうかな。

……
その日もゆきこは定時退社し、はなびは終電まで業務を続けた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

雪月はなび

冴えないOL

5月生まれの25歳

紫水晶

営業部のイケチャラ男。

2月生まれの25歳。

四線義勇太

はなびの勤める会社の事務の上司。

夏木ゆきこ

はなびの同僚。

7回の転職経験がある。

佐滝右近

はなびが勤める会社の社長の倅。

小満度心春

企画部からの異動者

錦戸達也

晶の友達。

ホストをしている。

紫水晶のLINEアカウント

雪月はなびのLINEアカウント。

小満度心春のLINEアカウント

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色