第31話 人生の墓場へ

文字数 1,483文字

気が付くと、既に日が変わっていた。


はなびは枕元のゴミ箱を覗き込みながら、ぼんやりと考え込む。

会社の人から、コンドームを貰ったんです。

でも、使う気になれません。

なんだって?

そんな事があるのか?

私も目を疑いました。

あ、勿論女の人ですよ。

ちょっと持ってきましょうか。

スルリとベッドから抜け出すと、通勤用カバンからサガミオリジナルの箱を取り出した。

ゆきこから受け取ったまま、カバンに入れっぱなしになっていたのだ。


部屋のシーリングライトを点灯し、晶に手渡した。

サガミオリジナル……。

どうしてこんなものを。

ん?

晶は箱から銀の包みを取り出し、少し凝視したのちに溜息を吐いた。


そっと袋を指差す。

これは使えないね。

針で穴が開けられているよ。

そもそも使用は論外だけどね。

針で穴!?

なんて古風な。

こういうのは衛生用品だから、外気に晒された直後に使用する前提で作られているよ。

穴なんて開けたら、雑菌が湧いて危険だ。

それに、サガミみたいなポリウレタン製は穴を開けたらすぐにバレるよ。

詳しいですね。
ホストをやっている友達が話していた。

コンドームは自前のものでないと危険だと。

枕が基本だからね。

そういったネタは、事ある毎に聞かされているよ。

ホストの世界も厳しいですね。

初めて聞いた話です。

だからホストなんて早く辞めて一般職に就けと何度も言っているんだが、どうしても足を洗えないらしい。

25だよ?

年齢を重ねれば重ねる程就職がどんどん厳しくなるから、今がチャンスなのに。

ん……。

25か。

晶さんは結婚が早いとは思わないですか?

全然。

学生結婚でもいいくらいだよ。

俺は、ダラダラとした関係が苦手でね。

こうと決めたら即決だよ。

はなびさんの事も、一目見て直勘が働いた。

しかし、それだけだと怪しいからね。

少し試した。

結果、合格だった。

合格ですか。

試し行為ですね。

だから、あんなに攻めてきたんですね。

そう。

あと、きみの話は物凄く参考になる。

彼女が出来るといつも頭がボーッとするけど、はなびさんの事を思い出してそれが仕事に直接結びついたからね。

これはもう、この人しかいない、と思ったよ。

そんなに合理主義なんですね。

でも、私も同じかもしれない。

ただ私は押しが弱い自覚があって。

ああ、でも。

後押しはあったかも。

何?

後押し?

ええ。

でも忘れちゃった。

また思い出した時に。

うーん。

でもな……。

何?

あまりはっきりしないようだと、無理矢理永久就職させちゃうよ?

後ろから抱きつかれ、はなびはそっと目を逸らした。


やはり彼は押しが強すぎる。

強引さが、少し怖い。



少し考えてから、小さく頷いた。



      :

      :



いつの間にか寝てしまったらしい。

外が明るくなった事に気付いて、はなびは目を覚ました。


すぐ隣に晶の姿を確認し、心臓が跳ねる。


そういえば、とはなびは顔を赤くした。

はあ……。

展開が早い。

本当に漫画みたいな事が起こって。

信じられない。

他に経験がないので比較対象がないが、これは本当に現実なのかと考え込む。


昔に読んだ官能漫画のテンプレート展開のように事が進んでいるような感覚に見舞われた。

ご飯を用意するかな。

何がいいかなあ。

はなびはクローゼットから寝巻きを取り出すと、素早く身に付けてキッチンに向かう。


既に同棲生活が始まっている気がする。

しかし、これから買い物に出る必要もあるかもしれない。



そんな事を考えながら、システムキッチンの引き出しを開けた。

カトラリー類が、一人分しかない。

お箸がない。

コップも一つしかない。

どうしよう。

紙コップもないや。

はなびは考え込みながら、食パンにハムとチーズを乗せてオーブントースターで焼き始めた。
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登場人物紹介

雪月はなび

冴えないOL

5月生まれの25歳

紫水晶

営業部のイケチャラ男。

2月生まれの25歳。

四線義勇太

はなびの勤める会社の事務の上司。

夏木ゆきこ

はなびの同僚。

7回の転職経験がある。

佐滝右近

はなびが勤める会社の社長の倅。

小満度心春

企画部からの異動者

錦戸達也

晶の友達。

ホストをしている。

紫水晶のLINEアカウント

雪月はなびのLINEアカウント。

小満度心春のLINEアカウント

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