第72話 親友へのプレゼント

文字数 1,562文字

運ばれてきた料理をそれぞれ受け取り、三人は静かに食事を始めた。


達也はフォークで肉をつつきながら溜息を吐く。

こういう店で腹一杯食えないんや。

だから後でマックいかへんか?

行かないよ。

話が終わったら解散だ。

そうか……。

今、コレに追い掛けられててな。

ほんま明日にでも刺されそうなんや。

どうにかしてくれ、たのんます。

自分の尻は自分で拭け。

地元に帰るか?

東京で頑張るか?

自分で決めろや。

小指を立てる仕草をする達也を見て、はなびはにわかに眉を顰めた。

ホストが枕営業をするのは危険極まりない事は、素人のはなびにも理解出来る。

少しばかり達也に負の念を向けつつ、カトラリーの細工に視線を落とした。

俺は引っ越しをするんだ。

ラグも家具も家電もやるよ。

だから、俺のところに二度と来るなよ。

え!

いいな!

晶の部屋、そのまま引き継ぎさせてくれん?

俺、あの家に住みたい!

あの家なら頑張れそうな気がする!

え?

まあ、いいけど。

10月以降になるなあ。

……!
はなびは少し視界が明るくなったような気分になり、達也を見た後で晶の腕に視線を落とす。

服と人形と細々としたものだけ持ち出して、あの家を彼にそっくりそのまま譲るとは。

引っ越しの手間が大幅に省けるのではという皮算用からにわかに興奮し、晶の腕をそっと握った。

まさかそんな事を言い出すなんてな。

最近、炊飯器を買ったんだが、使えるか?

炊飯器やと?

そのくらい出来るに決まっとるやろ!

やっと買ったんやな。

あれだけ俺が買え買えせっついたのに微動だにしなかった晶が、どういう風の吹き回しや……。

結婚を機にだが。
結婚は人を変えるんやな。

感動したわ、俺。

分かった。

俺は秋からあの部屋に住むわ。

よろしゅうたのんます。

意気投合した上で会計を済ませると、そのまま上機嫌に解散となった。


二人は狐につつまれたような気になりながらも池袋のポケモンセンターに向かい、フライゴンの人形を購入した。

フライゴンゲットだぜ。

やっぱり可愛いな。

いいよな、フライゴン。

確かにフライゴンは可愛いです。

しかし、どういう風の吹き回しですか?

これは誰?

これは地元の親友に贈ろうと思う。

すんごい良い奴がいるんだ。

高校からの友達で。

龍騎と言うんだけど。

お友達さんへの贈り物ですか。

イメージがフライゴンなんですか?

ヤバくないですか、その方?

そうかな?
ヤバいでしょ。

フライゴンですよ?

絶対にイケメンですよね。

フライゴン=イケメンだと思う?
思います。

絶対に普通じゃないですよ、その人。

晶は首を傾げながら、大事そうに袋を携えて自宅の路線へと向かう。

はなびは手を繋がれながら、フライゴンのイメージの友人について考え込んでいた。


ふと、口を開く。

引っ越しの荷物、少なく済みそうですね。
そうだな。

俺は三体のぬいぐるみさえあれば、あとは達也に全てを譲っても良いと思っている。

あと、はなびの私物ね。

私、あの錦戸さんは勘違いしていると思うんです。

晶さんの部屋をホテルか何かと勘違いしていますよ。

まあ、少し神経質が過ぎるくらいキレイにはしているが。

ホストをするならそのくらいね。

前も言ったけど、モデルルームの見本を見せる勢いで掃除に心血注いでいたね。

でしょうね。

有り得ないキレイさです。

晶さんなくして、あの部屋の保持は有り得ないです。

錦戸さんは、最初は良くてもそのうちに元の木阿弥になるのでは。

そうかもな。

引っ越し先は伝えずにおこう。

達也に晶は利用されていたのでは、とはなびは思う。


晶は自分には少し遠慮が見られないが、実は他の人間に良いように使われる事が多いのでは、と。


それは自分の経験則から、何となく推し量れるものだった。


付き合い始めの頃に感じた、渇いたような感情。

渇望とでも言うのだろうか。

その原因はどこから来ているのか、そして少しずつ蓄積されたものである可能性を、ぼんやりと考えていった。

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登場人物紹介

雪月はなび

冴えないOL

5月生まれの25歳

紫水晶

営業部のイケチャラ男。

2月生まれの25歳。

四線義勇太

はなびの勤める会社の事務の上司。

夏木ゆきこ

はなびの同僚。

7回の転職経験がある。

佐滝右近

はなびが勤める会社の社長の倅。

小満度心春

企画部からの異動者

錦戸達也

晶の友達。

ホストをしている。

紫水晶のLINEアカウント

雪月はなびのLINEアカウント。

小満度心春のLINEアカウント

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