第25話 心揺れる

文字数 1,557文字

食堂に向かったはなびは天麩羅蕎麦を注文し、席についた。


箸を手に持った途端、声をかけられる。

あれ?

雪月さん。

また今日も麺類?

佐滝さん?

お疲れ様です。

今日もパッとしないね。

僕は今度は企画部にいるんだよ。

完璧な案を考えたから、それを通して会社の利益を上げるのさ。

あ、その件でしたら企画会議で話し合うのが良いと思います。
え?

なんで君がそんなことを言う訳?

なんのつもりで?

先ほど、予算の相談を受けまして。

佐滝さんの案をより一層高める為に、話し合いをすべきだという流れになったんです。

はなびは必死に言葉を探し、適度に当たり障りのない返事をした。


嘘を言っているつもりはないが、会話の流れそのものには虚偽が入っている。

少しばかり良心が痛むが、嘘も方便であると自分に言い聞かせた。

このままでは堂々巡りであるとも、経験則で知っていた。

そうかなあ?

部長に聞いてみるね。

右近は少し怒ったような顔をして去っていった。


はなびは胸を撫で下ろすと、義勇太の説得が上手くいくことを願いながら割り箸を割った。








昼食を終えると、はなびはすぐに業務に取り掛かった。

今日の分の遅れをなんとしてでも取り戻さねばならない。


同時に企画部からの連絡を待ったが、就業時間になるまで何の音沙汰も無かった。


はなびは終電近くまで仕事を続け、会社を出た。

はあ。

気苦労が絶えない。

電車に乗り込んでからスマホを確認すると、LINEが来ていた。

晶からだった。


スワイプし、画面を開く。

こんばんは。

今、北海道だよ。

急いで仕事を終わらせようとしたけど、どうしても明後日までかかりそうだ。

誕生日を一緒に祝えなくてごめんね。

こんばんは。

お疲れ様です。

その気持ちだけで充分嬉しいです。

帰ってきたら、また会いましょう。

土日でいいかな?

平日は忙しくて。

勿論です。

私も平日は忙しくて。

今日も終電まで残業でした。

いつも残業している気がするね。

言っちゃ悪いけど、シロガネ商事はブラック企業なのかな?

いいえ。

職場自体はホワイトです。

事務の人手が足りないんです。

社長が事務員を増やそうとしないので。

なんでだろうね。

口が悪いけど、事務職希望者は掃いて捨てるほどいるだろうに。

今、事務局には社員が3人しかいません。

そんなに辛い仕事ではない筈なんですが。

それは異常だよね。

何か、深い事情があるのだろう。

事情、かあ。
はなびは過去の事務課の人員を振り返る。

一人は寿退社をし、もう一人は横領が原因でクビになった。


その後、右近以外は人の出入りがない。


しかし、こんなことを外部の人間に話すわけにはいかないだろう。



はなびはうんざりした表情で、返信を打ち始めた。

そのうち、なんとかなると思います。

残業手当はちゃんと頂いていますし。

そうなんだ。

明らかに40時間は越えていそうだけど。

違う手当の名目で上乗せして貰っています。

その辺は融通を効かせてくれるみたいで。

それはホワイトだなあ。

いや、違法には違いないけど。

やがて目的の駅に到着し、はなびはスマホをカバンにしまうと電車を飛び出した。

夕食は、冷蔵庫の中にあるもので適当に済ませよう、と考えながら帰途についた。


帰宅後、シャワーを浴びて夕食を用意しながらスマホを確認する。

お土産は何が良い?
お土産!

北海道、だな?

あ、いいな。

六花亭のバターサンドが食べたいです。

難しかったら、王道の白い恋人で。

六花亭だね。

ロイズはどう?

ロイズですか。

食べたことないです。

ロイズは美味しいよ。

じゃあ楽しみにしていてね。

もう遅いから寝るね。

はなびさん、好きだよ。

あ!!
ありがとうございます。

嬉しいです。

私も、晶さんが好き。

おやすみなさい。

はなびはLINEのやりとりを何度も眺め、やがて夕食を食べると歯を磨いてベッドに潜り込んだ。


先日の記憶が蘇る。

未だ洗濯をしていないシーツを指で撫ぜると、そっと目を閉じた。

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登場人物紹介

雪月はなび

冴えないOL

5月生まれの25歳

紫水晶

営業部のイケチャラ男。

2月生まれの25歳。

四線義勇太

はなびの勤める会社の事務の上司。

夏木ゆきこ

はなびの同僚。

7回の転職経験がある。

佐滝右近

はなびが勤める会社の社長の倅。

小満度心春

企画部からの異動者

錦戸達也

晶の友達。

ホストをしている。

紫水晶のLINEアカウント

雪月はなびのLINEアカウント。

小満度心春のLINEアカウント

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