第17話 低い敷居
文字数 1,643文字
逃げ出そうにも手を強く握られている。
振り払うことは不可能であったし、仮に出来てもカバンを彼から取り返すことは出来ないだろう。
小さな抵抗の後、すぐに諦めて手を引かれるままになった。
しばらくすると、高層マンション住宅が見えてきた。
細道を通り、やがて二人はマンション群の中の一棟に入っていく。
玄関の扉の鍵を開けている。
はなびは邪魔にならないように彼の手を振りほどこうとしたが、逆に強く握り返されてしまった。
敷居をくぐった途端に、高湿度の空気が身体にまとわりついた。
玄関の段差は低く、はなびは静かに靴を脱いで部屋に上がっていった。
掃除の行き届いているらしいフローリングはややひんやりとして、薄いストッキング越しに硬さが伝わる。
黒を基調とした片付いた部屋で、毛足の長いカーペットが足先をくすぐる。
マンションは1LDKといったところだろうか。
都内の物件にしては広めだった。
晶は手に持っていたはなびのかばんをソファーの上に置くと、そっとはなびに顔を向けた。
晶は優しすぎる。
そして隙がない。
これが平均男性的な男性像なのだろうか、と考える。
自分のような、未だ親睦を深めていない相手を自分の部屋に招き入れることに抵抗がないことに違和感を覚えた。
相当出来た人間か、他者を招き慣れているかのどちらかだろう。
あまりにもトントン拍子に話が進むので寛ぎそうな気分になってしまったが、ここは若い男性の部屋だ。
警戒心薄く、テリトリー内に入り込んだ上に入浴などしたら。
少しみだらな想像をし、顔を逸らした。
慌てて追いかけると、洗面所のドアを開けて風呂場の確認をしていた。
咎めることも出来ず、晶の背中をただ見つめる。
彼は浴槽を軽く洗い、お湯を張り始めた。
服の上から分かる筋肉質の背中。
細い脚。
腕まくりをして剥き出しになった腕。
男らしい後ろ姿を見ている内に、どこか身体が熱くなってくる。
女性ものの下着など、ここにあるわけがない。
脱いだショーツをまた履くのだ、と自分に言い聞かせる。
こうなったら、腹を括れ。
はなびは密かに決意をし、リビングに向かった。
ソファーの上のカバンにそっと目をやり、貴金属類の管理について思考を巡らせる。
晶は財布の中身を抜いたりすることはないだろう。
そんな人とは、とても思えない。
信頼出来る人、と心の中で呟いた。
はなびは小さく返事をすると、洗面所に向かい遠慮がちに服を脱いだ。
男物のシャンプーを借り、洗髪・洗体すると静かに浴槽に身を沈めた。