第16話 恋の駆け引き?

文字数 1,783文字

食事が終わる頃、お冷を含む晶がついと窓の外を見る。
これからどうする?
えっ。
これから?

はなびは少し考え込んだ。

既に時計の針は1時半を回っている。


食事に夢中で何も考えていなかったはなびはだが、晶がどのような意図でこれからの行動を訊ねたのかを考え込んだ。


もしかして……。

あの。

私はここから3駅行ったところに住んでいて。

それで、今日はすき家で食べて帰るつもりで。

そしたら、たまたま紫水さんを見かけて。

ああ。

すき家だね。

俺もたまに行くよ。

う……。

あの。

みだらな妄想が脳裏を駆け巡り、手が少し震えた。


怖い。

経験がないにも関わらず、聞きかじりの性知識は持ち得ていた。


しかして、もしかして自分の自惚れかもしれないと、そんな考えも浮かぶ。

暫く葛藤したあと、そっと口を開いた。

これから家に帰るつもりだったんですけど、あの……。
うん。

もう遅いもんね。

何か希望があったかな?

と思って。

いえ、あの。

俺も男だからね。

会ってまだ三回目だけど、気が無いわけじゃない。

ナンパ目的だったら、君をすぐにでもお持ち帰りしちゃうけどね。

……
はなびは俯いた。

何とも言えぬ高揚感。

体の奥が、不思議と疼く。

期待しているのだろうか。

押してほしいような、ほしくないような。

心の天秤が揺れ動く気がした。

あの、ごめんなさい。

そういうの、怖くて。

そう?

怖いかな?

俺には良くわからない感覚だな。

よかったら、雪月さんの気持ちを話してくれる?

はい。

あの。

私、男の人とお付き合いはしたことなくて。

それでこの歳になって、とか自分で責めることもあって。

それに、そういう、あの。

それも怖くて。

経験ないし。

自分に自信がないし。

そうか。

自分に自信があったら、どういう行動に出る?

……。

分からない。


多分、ああシラフで話すことじゃないですよ、これは。

きみは酒の勢いで腹のウチを話す女性じゃないと、俺は思うよ。
はなびは時計を見た。

どんどん時間が過ぎていく。

就寝時間の計算を密かに始めた。


居酒屋を出るなら、早いほうが良いかもしれない。

もし、そうなら、どうします?
そうだね。

ちょっと手を握ってみる?

それで気持ちを確かめてみよう。

はなびは晶の骨ばった逞しい手に視線を落とす。

ゴツい時計と、少し日に焼けた肌と。


おずおずと手を伸ばすと、晶ははなびの手を強く握った。

ああ。

あの。

ん。

男の人の手ですね。

そうだね。

……

手を握ったまま、二人は見つめ合った。


はなびは時折目を泳がせ、また晶の顔に視線を戻す。

晶は平然とした顔をしている。



同い年なのに……。


と心の中で呟いた。


この人は、自分よりずっと大人だ。

恋愛においても場数を踏んで、口説き慣れしている。

それに比べて、私は全く落ち着かなくて。

免疫もなくて。


はなびは、静かに俯いた。

ごめん、なさい。

私、本当に……。

分かっているよ。

気にしないで。

俺はそんなにガッついていないつもりだよ。

そりゃ、多少は慣れているけどね。

……
はなびは時計に視線を移した。

深夜2時になろうという頃に、少し気のある男性と手を重ね合わせている。


ロマンスだ、と思うと同時に、何故か気持ちが冷めていくのを感じた。

私、歩いて帰るつもりなんです。

電車はもうないし、3駅くらい歩けると思って。

こんな時間に?

送ろうか?

いえ。

大丈夫です。

いや、駄目だよ。

若い女の子が一人で夜道を歩くなんて!

俺が絶対に許さない。

しまった、とはなびは思った。


正直に今後の行動を話すのではなかった、と密かに後悔する。

これでは家まで送って欲しいと遠回りに伝えているようなものだ。


または、どこかで宿を共にするべく誘っているように思われてしまう。

私って、本当にどうしてこうなんだろう。

いつも上手くいかなくて。

ドジばかり。

ドジって?

何をトチったのか、教えて欲しい。

え、だって。

こんな思わせぶりなこと……。

ああ。

もしかして、俺に甘えたくない?

晶の鋭い切り口に、はなびはおののいた。


そっと視線を落とす。

う……。

申し訳なくて、本当に。

君はもう。

押しちゃうよ?

いい?

えっ。
今日はもう遅いから、俺の家に泊まって。

ここからすぐだから。

そんな!

ああ……。

いいね。

じゃあ、行こう。

晶は伝票用紙とはなびのカバンを手に取ると、レジに向かっていった。

はなびは慌てて晶の後を追い、カバンを取り返して貰おうとしたが、彼は無視した。


会計の後、晶ははなびの手を取ると、迷うことなく居酒屋の暖簾をくぐり抜けて外に向かっていった。

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登場人物紹介

雪月はなび

冴えないOL

5月生まれの25歳

紫水晶

営業部のイケチャラ男。

2月生まれの25歳。

四線義勇太

はなびの勤める会社の事務の上司。

夏木ゆきこ

はなびの同僚。

7回の転職経験がある。

佐滝右近

はなびが勤める会社の社長の倅。

小満度心春

企画部からの異動者

錦戸達也

晶の友達。

ホストをしている。

紫水晶のLINEアカウント

雪月はなびのLINEアカウント。

小満度心春のLINEアカウント

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