第22話 カップルのやりとり

文字数 1,768文字

やがて食事が終わり、お冷を含んでいる頃にプリンが運ばれてきた。


くすんだ黄色の表面に霜が下りたような見た目の円錐台の形をした本体の頂上には、生クリームと真っ赤なチェリーが添えられていた。

わあ!

本当に本格的な喫茶店のプリン!

ちょっと写真撮らせてください。

そう言うと、はなびはカバンからスマホを取り出しプリンの撮影を始めた。


そんな彼女を、晶は優しく見つめる。

はなびさんはインスタやってる?
インスタですか?

やってないです。

投稿する画像がないので、アカウントも持っていません。

ああ。

それは分かるな。

映えとか狙わないんだね。

うーん。

そもそも私自身、映えないので。

それはないと思うけど。

まあ、言いたいことは分かる。

きみはギャル風の出で立ちには興味がなさそうだ。

はい。

ギャルをやるのはお金がかかります。

髪を染めるのも、お化粧をするのも、服を揃えるのも。

ヒールを履くのは辛いですし、ネイルも研究する時間がなくて。

中途半端に華やかにするくらいなら、いっそ地味を貫きます。

少しの羞恥を飲み込んで持論を並び立てた後、はなびはスマホをカバンにしまった。


スプーンを手に取り、プリンのカラメル部分の端を控えめに掬い取る。

ヒールは辛いのか。

知らなかった。

女装している友達は、全然そんなこと言ってないけど。

そうなんですか?

パンプスも少しヒールがあるものだと足が痛くなりますよ。

足先に、100均で売っているクッションを仕込むと楽になりますが。

そういう裏技があるんだね。

友達はヒールについて何も言っていなかったぞ。

今度訊いてみよう。

女装されているお友達さんって言うのも気になりますけど……。

何が違うんでしょう?

重心かな?

あ、なるほど。

靴のすり減り方とか、靴下の先の穴が空く位置とか。

それは考えたことなかったです。

晶さん、もしかして靴下の人差し指の部分に穴が空くタイプじゃないですか?

えっ、なんで分かるの?
なんとなく、そんな感じがします。
やがて二人はプリンを食べ終わり、開いた器をテーブルの端に避けた。


店内の時計をちらりと確認した晶は、そっとはなびに尋ねる。

きみの家に行っても良い?
!!
そうなるよね、とはなびは心の中で呟いた。


昨日の今日で大進展であると密かに思うが、晶は元々押しが強い性質のようだ。


25の男性なら、このくらいは普通なのだろう。

はなびは小さく頷いた。

はい。

あの、散らかっていますけど。

いや、大丈夫。

行こうか。


静かに二人は立ち上がると、颯爽と会計を済ませ店を後にした。









闇色の狭い室内で、はなびはぼんやりと見慣れた天井を見つめた。


隣にいる晶に、ちらりと視線を移す。

今日は出来たね。
はい。

なんとか。

喫茶店を出たのは、18時頃だった。


それからすぐにはなびのアパートへ向かい、茶などを出す間もなく。



即であった。

スマホの画面を確認すると、22時を指している。

時間がかかってしまった。
いや、仕方ないでしょ。

まさかこんなに狭いとは……。

肉体と精神の侵入について、はなびはぼんやりと考えこんだ。



いつか夢見たことが、現実となった。

何か特別な事でも起こるかと考えていたが、変化があったようには感じない。


少しの鈍い痛みが残っているのみ。


しかし、晶の侵入を許した事は、物理的には何も変わらなくても自分の精神成長段階という視点から一歩前進となったかもしれない。

電車、大丈夫ですか?
このまま泊まっちゃおうかな。

明日は昼の便に羽田だけど。

ん……。

移動時間を考えると、うちで休んだ方がいいかな?

ちょっと遠回りになるけど、特急が9時に来るんですよ。

品川まですぐです。

あ、でも支度が。

そういうのがあるのか。

知らなかった。

このアパート、かなり掘り出し物じゃないか?

そう思います。

明後日は私の誕生日。

でも、晶さんには会えない。

えっ!

そうだったの?

しまった。

出張をキャンセルすればよかった。

そういうわけにもいかないでしょう。

今日会えたことがプレゼント。

それで充分過ぎるくらいです。

いつもご飯をご馳走になっちゃって。

そんな……。
暫く会話を交わしたが、ふいにはなびはベッドから這い出た。


落ちている服を拾って身に着けようとすると、後ろから抱きしめられる。

きみを離したくない。

もう一度だ。

あの、私はお泊りの準備をしようと……。

新しい歯ブラシを下ろしたり、それにお風呂も。

駄目だよ。
時計の針の音が、室内に静かに響く。
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登場人物紹介

雪月はなび

冴えないOL

5月生まれの25歳

紫水晶

営業部のイケチャラ男。

2月生まれの25歳。

四線義勇太

はなびの勤める会社の事務の上司。

夏木ゆきこ

はなびの同僚。

7回の転職経験がある。

佐滝右近

はなびが勤める会社の社長の倅。

小満度心春

企画部からの異動者

錦戸達也

晶の友達。

ホストをしている。

紫水晶のLINEアカウント

雪月はなびのLINEアカウント。

小満度心春のLINEアカウント

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