第9話 イタリアンの店へ

文字数 1,549文字

翌日、ノロノロと起き出したはなびは少々疲れた様子で出掛ける支度を始めた。

外はよく晴れており、外出日和だ。

気が重いながらも、クローゼットからお気に入りのフレアスカートを手に取る。

一応、人に会うから恥ずかしくない格好をしなくちゃ。

うーん。

お化粧もするかな。

普段は滅多に化粧をしないはなびだが、化粧道具を持っていない訳ではなかった。

ファンデーション、アイブロウ、アイライン、アイシャドウ、リップ、チークなど一通りは揃えている。

久しぶりにコンパクトを開いたな。

腐ってないかな?

大丈夫かな。

あとでパフを洗おう。

ややぎこちない手付きで簡単に化粧を済ませると、はなびはカバンの用意を始めた。

財布の中身を確認し、ハンカチやティッシュなどを入れ直した。

整頓し、玄関に持っていく。

気が進まないけど、いってきます。
誰もいない狭いアパートの空虚に向かって呟くと、はなびは静かに家を出た。















目的の駅に着くと、改札の先のコンビニの店前に以前見かけた男性の姿があった。

あ……。

あの人かな?

なんて名前だっけ。

アメジストさんじゃなくて、えっと。

必死に名を思い出しながら、はなびは男性に近づいていく。

ごめんなさい。

待たせちゃいました?

あっ。

雪月さん!

大丈夫、全然待ってないよ。

久しぶりだね。

はい。

御無沙汰しております。

えっと。

はなびは必死に相手の名前を思い出そうとしたが、どうしても思い出すことが出来なかった。

記憶の発掘を諦めて、LINEのアカウント名で呼ぶことにした。

アメジストさん、ですよね?

そうそう。

紫水晶と書いて、しみず あきら です。

今日はよろしくね。

早速行こうか。

しみずさん、と心の中で反復してから、はなびは晶の後をついて行った。

スカートの裾を吹き抜ける風がこそばゆかった。

晶は紺のジャケットとチノパンという出で立ちで、特別お洒落をしている感じではない。



駅を出て暫く歩いた後、二人は小洒落た雰囲気の店に入っていった。

晶おすすめのパスタの店、とはなびはLINEのやり取りを思い出しながら彼の背中を追う。

ここのボンゴレパスタが美味しいんだよ。

雪月さんは何が食べたい?

えっと。

ああ、色々ありますね。

カルボナーラがいいな。

メニューに目を通すはなびを、晶はじっと見つめる。

可愛いね、雪月さん。

もっと会わない?

おごるからさ。

え?

私、可愛いなんて言われたことないです。

からかっているんですか?

まさか。

からかっている訳じゃないよ。

そうだな。

可愛いって基準がね。

世間のそれとは少し違う気がするんだけど。

なんていうかな。

俺、君が好きだよ。

え、す?

好き?

戸惑うはなびに、晶は蠱惑的な笑みを浮かべる。

ふふ。

あ、ご飯来たみたいだ。

食べようか。

はなびは戸惑いながらカルボナーラを、晶は笑みを浮かべながらボンゴレパスタを食べ始めた。

始終無言のまま食事を終えると、食後のコーヒーが体よく運ばれてくる。

本来ならロマンティックな雰囲気なんだろう、とはなびは思う。

しかし、そういった感覚が自分には湧かなかった。

あの、好意を向けて貰えるのは有り難いんですけど……。

私、恋愛というものがよく分からなくて。

ごめんなさい。

そうなんだ。

彼氏とかいたことないんだっけ?

……はい。

気まずそうに、はなびは俯く。

この年になって……という自責の念と共に羞恥に駆られる。


どうして自分は、周囲の皆のように恋愛に勤しまなかったのだろうと、今になって後悔した。

いや、気にしなくていいよ。

好意っていうか、友情に近い感じかもしれない。

雪月さんは女の子だし、女の子として見ることもあるけど彼女としてじゃなくてね。

なんていうかな。

純粋に仲良くなりたいんだ。

そう……ですか。

何故、私なんかに執着してくるのだろう。

本当はからかっているのではないか。

そんなことを考えながら、はなびはコーヒーを飲み干した。

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登場人物紹介

雪月はなび

冴えないOL

5月生まれの25歳

紫水晶

営業部のイケチャラ男。

2月生まれの25歳。

四線義勇太

はなびの勤める会社の事務の上司。

夏木ゆきこ

はなびの同僚。

7回の転職経験がある。

佐滝右近

はなびが勤める会社の社長の倅。

小満度心春

企画部からの異動者

錦戸達也

晶の友達。

ホストをしている。

紫水晶のLINEアカウント

雪月はなびのLINEアカウント。

小満度心春のLINEアカウント

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