第9話 イタリアンの店へ
文字数 1,549文字
翌日、ノロノロと起き出したはなびは少々疲れた様子で出掛ける支度を始めた。
外はよく晴れており、外出日和だ。
気が重いながらも、クローゼットからお気に入りのフレアスカートを手に取る。
普段は滅多に化粧をしないはなびだが、化粧道具を持っていない訳ではなかった。
ファンデーション、アイブロウ、アイライン、アイシャドウ、リップ、チークなど一通りは揃えている。
ややぎこちない手付きで簡単に化粧を済ませると、はなびはカバンの用意を始めた。
財布の中身を確認し、ハンカチやティッシュなどを入れ直した。
整頓し、玄関に持っていく。
記憶の発掘を諦めて、LINEのアカウント名で呼ぶことにした。
しみずさん、と心の中で反復してから、はなびは晶の後をついて行った。
スカートの裾を吹き抜ける風がこそばゆかった。
晶は紺のジャケットとチノパンという出で立ちで、特別お洒落をしている感じではない。
駅を出て暫く歩いた後、二人は小洒落た雰囲気の店に入っていった。
晶おすすめのパスタの店、とはなびはLINEのやり取りを思い出しながら彼の背中を追う。
はなびは戸惑いながらカルボナーラを、晶は笑みを浮かべながらボンゴレパスタを食べ始めた。
始終無言のまま食事を終えると、食後のコーヒーが体よく運ばれてくる。
本来ならロマンティックな雰囲気なんだろう、とはなびは思う。
しかし、そういった感覚が自分には湧かなかった。
気まずそうに、はなびは俯く。
この年になって……という自責の念と共に羞恥に駆られる。
どうして自分は、周囲の皆のように恋愛に勤しまなかったのだろうと、今になって後悔した。
何故、私なんかに執着してくるのだろう。
本当はからかっているのではないか。
そんなことを考えながら、はなびはコーヒーを飲み干した。