第13話 やらかしを気にする

文字数 1,660文字

ゆきこと右近は定時まで会話を続け、業務に手がつけられることはなかった。

はなびは二人の業務を全て引き受けて終電まで会社に残った。

疲労で重くなった体を引きずりながら、静かに退社する。


月曜から夜ふかし。

ならぬ月曜から残業。

一人さびしく冗談を呟きながら、ガラガラの電車に飛び乗った。

スマホを確認するが、LINEの通知は来ていなかった。

紫水さんから来てない。

あの人も仕事だよね。

忙しいんだ。

営業の業務についてひとしきり思考を巡らせた後で、ふと我に返る。
あれ?

あ、私、紫水さんのことを考えすぎだわ。

ふとした瞬間に、彼のことを考えてしまう自分に気づく。

こんなに誰かのことについて考えてしまうなんて、滅多にないことだ。


もしかして、と心の中で呟く。


自分は、彼に惹かれているのだろうか。

好きになりかけているのかもしれない。

どうしよう。

はなびは過去に読んだ恋愛漫画やネットの書き込みを思い出す。


すぐに恋に落ちる漫画のヒロイン。

そして葛藤。

ハーレクインの展開。

インターネット上で見かけた、恋愛観に対する批判的な書き込みなど。


「モテない女」

というワードが脳裏を駆け巡る。

わ、私は身の程知らずだわ。

恋愛経験もないし、男の人に言い寄られたこともないし。

紫水さんには、あ……好きって言われたけど……。

ロマンス展開なんて、期待しちゃ駄目。

晶が自分のことを好きだと言っていた様子が、脳裏に蘇る。


なんとなく気が緩む感じがするが、はなびはすぐに拒否の念を置いた。


自分なんて、という言葉が飛び出してくる。

うう……。

期待しちゃいそう。

気をつけよう。

慎重にならないと。

自責の念を呼び起こすと、先日の自分のやらかしが思い起こされた。


状況理解の不足により、恥をかいてしまったこと。


晶は気にしていない様子だったが、彼の好意に甘えすぎるのは良くない、と自分に言い聞かせる。

あの人は、少し達観しているんだ。

だから私がやらかしても許してくれるけれど、あまりみっともないところは見せられない。

ううん。

でもなあ。

LINEのやり取りを見返している内に、電車のアナウンスは自宅の最寄駅を読み上げていた。

慌ててはなびは電車から降りると、改札を出て自宅に向かう。


彼との他愛ないやり取りが脳内を駆け巡り、連絡を取ろうかという考えが浮かぶ。

もう0時を回っている。

あまり遅い時間に連絡を取るのもなあ。

どうしようかな。

考えている内に、自宅のアパートに到着した。


帰宅するなりシャワーを浴び、適当に食事を済ませると、はなびは布団に潜り込んだ。

LINEなら、何時にメッセージを送っても大丈夫かな。

どうしよう。

やっぱり……うーん。

スマホ画面を見つめて暫く考えていたが、疲労に負けたはなびはそのまま眠りに落ちていった。


翌朝、目が醒めてすぐにスマホを確認したがメッセージはなかった。

送っちゃおうかな。

メッセージ。

どうしよう。

コーヒーメーカーで落としたコーヒーを飲みながら、はなびは暫く晶との連絡について考え込んでいた。

そうこうしている内に出勤時間が迫り、少しの高揚感と落胆と共に支度をすると家を飛び出した。


LINEメッセージを送るだけにしても、行動に移すことに抵抗があった。

過去の幾度とない失敗と哀しみが腰を重くするのである。

LINEじゃないけど、昔……失敗しちゃったから。

焦ってメッセージを送って、それから何故か音信不通になっちゃったこと。

私、きっとコミュ障なんだわ。

コミュニケーションに関して、重篤な障害を持っているに違いない、と自分で自覚があった。


友人も少なく、結婚のあてはないが結婚式の際に式に呼べる人が極端に少ないことを自覚していた。

新郎となる相手に申し訳ない想いがあり、また羞恥の念などもあった。


杞憂に過ぎないのだが、見栄が出てしまう部分である。

彼氏もいないのに、結婚のことを考えるなんておかしいけど。

コンプレックスが酷くて。

どうしてこうなんだろう。

落ち込む気持ちを前面に立てながら、心のどこかで淡い期待もあった。


落ち着かない気持ちで会社に到着し、はなびはぼんやりとした頭のまま業務に取り掛かった。

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登場人物紹介

雪月はなび

冴えないOL

5月生まれの25歳

紫水晶

営業部のイケチャラ男。

2月生まれの25歳。

四線義勇太

はなびの勤める会社の事務の上司。

夏木ゆきこ

はなびの同僚。

7回の転職経験がある。

佐滝右近

はなびが勤める会社の社長の倅。

小満度心春

企画部からの異動者

錦戸達也

晶の友達。

ホストをしている。

紫水晶のLINEアカウント

雪月はなびのLINEアカウント。

小満度心春のLINEアカウント

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