第23話:薫子のアパート探し

文字数 1,727文字

「これからの人生が、楽しく思えてきたわ、本当にありがとう」
「金沢での水道工事屋の整理を終えるのは、多分、来春になると思うので、また電話しますので、宜しくお願いしますと締めくくってあった」
「最後に救世主の清水君へ迷える、おばあさん羊よりと書いてあり思わず笑った」

「手紙をじっくり読んで、彼女の顔を思い出してると長野についた」
 そこから、信州の山並みを眺めて、軽井沢から多くの若者が乗り込んできて、少し、ウトウトしていると、大宮で目を覚ました。すると、多くのビル、マンションが立ち並ぶ大都会、東京の味気ない景色となった。

 東京駅で東海道線に乗り換え横浜へ、着くと11時過ぎていて崎陽軒のレストランに入って昼食をとった。シウマイを食べる、横浜に帰って来た気がして妙に安心した。そしてバスに乗り海辺の古い3LDKのマンションに帰って来た。今は、独りぼっち女房を亡くしてから3年目、1人生活にも慣れてきて、気楽な感じさえしていた。

 今晩、仲間に電話して麻雀荘へ行こうと考えた。疲れたので風呂に入って少し、仮眠して、18時に家を出て関内駅近くで軽く夕食を取って、いつもの麻雀荘へ行くと、仲間が待っていて、麻雀を始めた。この日は、最近、ついていなかったのがウソのようにツキが来て久しぶりに大勝ちした。麻雀と言っても賭け麻雀ではなく優勝者が麻雀後の飲み会が無料。

 2位が半額、3位が飲み代の1/3、4位が、飲み代の支払いの3/4を支払う事になっていた。と言っても、飲み行く所は、安い居酒屋で、気が向くと、2次会で誰かのボトルを飲むのが習わしだった。旅行の事を聞かれたが、薫子のことは、みんなに秘密にした。マンションに帰って来たのは23時。風呂に入り直し、床につくと直ぐに寝入った。

 翌朝、7時に起き珈琲をいれて昨晩、帰り道のコンビニで買ってきたパンを食べた。その後、少し酒が残っていたので横浜の海辺を散歩して山下公園まで足をのばし9時近くになると会社に出勤してくる人達が、どっと増えた。そのため道が混雑してので急いでマンションに帰った。その後、シャワーを浴びて、撮りためておいたテレビ番組の録画を見て過ごした。

 現在、特に会社に入る事もなく亡き妻の友人の大学の医局から開業した若手のアドバイザーの仕事をしていた。そのためインターネットのメール見ると、かなりの数のメールが届いていた。2時間かけて全部読んで返信の文面を考えたり文章を考えたりして、その仕事が終わると13時になっていた。

 そこでリビングの置いてある折りたたみ自転車をだして、中華街へ向かった。そして好きな店に入りランチを食べた。食べ終わると、体調が良かったので、海の見える丘公園から、外人墓地、山手の方をサイクリングした。15時過ぎにマンションに帰って来た。汗をかいたのでシャワーを浴びて、ソファーで映画を見始めた。

 すると1持間位して眠くなり昼寝して18時前に起床。それから録画した映画を見続けた。その後中華街で買ってきたおかずと炊いた御飯でテレビを見ながら夕食をとった。薄い水割りのウイスキーを飲んで23時過ぎ眠りについた。翌朝も散歩をして1日が始まり、10時過ぎに友人から麻雀のお誘いが入り夕方、出かけ麻雀を楽しみ、みんなで杯を上げた。

 平凡な生活に明けくれ、やがて年が変わり、平凡な生活に明け暮れ、2013年を迎えた。元旦に、金沢の薫子から新年おめでとうと電話がかかり金沢の水道店も他人に売ったと教えてくれた。いよいよ、今年、横浜でアパート捜しを始めると言った。そこで暇になったら、横浜に来いよと誘うと、喜んで行きますと告げた。

 ホテルは高いから、今、俺1人で3DKのマンションに住んでるから泊まっていけと言うと喜んでくれた。もう少しして会社の閉鎖の手続きが、全てが終わったら、連絡しますと言って電話を切った。寒い冬、日射しが良くて暖かい日には散歩したり、サイクリングをして平凡な日々の連続。

 そんな2013年3月14日、また、薫子から電話が入り全ての手続きが終わったと言った。3月18日、横浜に行くので宜しくと言うので了解と言い、乗ってくる新幹線の名前と何号車か知らせてくれれば迎えに行くと伝えた。
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