第70話 悪意の罠
文字数 4,329文字
その言葉を聞いて真っ先に浮かんだのは、艶琉 の微笑みだった。赤い髪と頬に浮いたそばかす。彼女はこう言ってなかったか。
――世の中には男が好きな男がいるように、女の人が好きな女もいるってことなの。
つまり、そういうことだったのか――。
秧真の言葉に、すべての疑問が氷解する。もつれていた糸が解 け、藍那は初めて、秧真という娘を本当の意味で理解した。何故あれほど頑なに縁談を断り続けたのかも。
「気持ちが悪いと、思いますか? 私のこと」
おそるおそる訊ねた秧真に、頭 を振って答えた。
「以前、艶琉 から聞きました。女の人が好きな女の人もいるのだと。彼女自身が、そうでしたから」
「艶琉が? 本当ですか?」
「はい、表立って言わないだけで、そういう女性は少なからずいるのでしょう。艶琉のときもそうでしたが、私はお嬢さまのことを気持ち悪いとは思いません」
秧真が唇を固く結んだ。泣きそうな表情が、これまでの懊悩を物語っているようだ。想いを伝えることも出来ず、胸の奥に押し殺してきた日々を。
「初めて先生にお会いした日のことを、今でもはっきりと覚えています。男の人たちに絡まれていた私を、先生が助けてくださった。先生はまるで、物語のなかの王子さまか騎士さまのようでした」
そう告げた口元に、かすかな微笑みが浮かぶ。昔を懐かしむ目で藍那を見た。
「まるで雷に打たれたように、私の心は捕らわれてしまったのです。でも叶うはずのない想いだって、分かっていた。でも良かったんです。先生が、ずっと私のおそばにいてくだされば。いつか私が嫁ぐことになっても、先生が一緒に来てくだされば、それで満足しようって」
でも――と口元の微笑みがかき消える。
「紫園が来てからです。ううん、先生がお怪我をして、紫園に担ぎ込まれたときから、私、どんどんおかしくなった。そばにいるだけで満足していたはずなのに、先生を誰にも渡したくなくて、由真にすら嫉妬してしまって……。
先生があの剣を託してくださったときは、本当に嬉しかったのです。まるであの剣が、先生の分身か何かのように思えました。だから、衣装箪笥の隠し扉のなかに、大切にしまっておいたのです。でも……」
憂いを帯びた視線が、卓上の炎を見つめた。
「先生のこと好きだからこそ、分かっちゃうんです。先生が紫園に心惹かれていること。先生のなかで、紫園の存在がどんどん大きくなっていくのが――。
それが分かってしまうから、紫園が、彼のことが、すごく憎かった。どうして私じゃだめなんだろうって。私が女だから、先生のことがこんなに好きでも、そもそも勝負にならないなんて理不尽だって」
「旦那さまは……お嬢さまの気持ちに気づいていたのですね」
「はっきりとは言いませんでしたが、そうだと思います。私を後宮に入れることを決めたのも、父なりに私の幸せを願ってくれたのでしょう……それなのに……私は……父を……」
秧真の吐息で蝋燭の炎が揺れる。どこかで雄鶏が鳴いた。
「後宮入りが決まってから、不安で不安で仕方なかったのです。もし私がいないあいだに、紫園と先生が恋仲になったりしたらどうしようって。怖くてたまらなくて、おかしくなりそうだった。
だから、思い切ってお呪 いに縋ったんです。晴れの願掛けが上手くいったんだから、紫園をどこか遠くに追い払えるかもしれないって。それで、藁を掴む気持ちで――」
一人で巫術屋へと赴き、恋敵を排除する呪い札と、特別な調合で作られた香を買い求めた。それから毎朝、暗いうちから起きて香を炊き、呪い札に教えてもらった呪文を唱え、紫園が藍那の元を去ることを祈願した。
「本当に莫迦でした。萬和 の信徒なら、好きな人の幸せを望まなくてはいけないのに……」
血色の悪い唇が震える。
「お呪いを始めて、二日目くらいのことでした。先生が噴水のたもとで、紫園と口づけをしたという話を聞いてしまって。私、それで頭に血が上って、紫園を殺してやりたいくらい憎みました。なんとかしなくちゃいけない、あの男を先生から離さなきゃって考えていたら、」
その瞬間、秧真から表情が消えた。
「声が……」
「声?」
「頭のなかで、声が聞こえてきたのです」
***
その声は澄んだ女の声だった。かすかに聞こえたそれは、秧真の苦しみをまるで我が事のように嘆き、悲しんでいるように聞こえた。声の印象は若く、心を和ませるような慈愛に満ちている。
驚いたが、恐れることはなかった。巫術屋は、熱心に祈ってそれが萬和 に届くと、天使 の声が聞こえると言っていたからだ。だから秧真は必死に祈った。
どうか天使さま、あの男を先生から遠ざけてください――と。
やがて声は秧真に驚くべきことを語り始めた。紫園が実は迭戈 という画家で、泉李 で大きな屋敷に火を放ち、そこから大切な宝剣を盗み出して逃げたという。
――秧真、あの男はとても危険なの。あなたの大切な藍那を近づけてはいけない。だから、あなたが私を解き放ってくれれば、あの男を処刑台に送ってあげられるわ。
――解き放つ?
――ええそうよ、ねえ、私に貼ってある霊符 を剥がしてくれないかしら。
そのとき、衣装箪笥の方からがたりと音がした。不審に思って顔を向けると、箪笥の扉が開き、隠し扉にしまっていたはずの包みが床に転がり落ちている。
「そのとき、はじめて、怖いと思いました。先生はこの剣を大尊 に納めるつもりでしたし。だから慌ててまた隠し扉にしまったんです。でも声はずっと頭のなかに聞こえてきて……」
表情の消えた秧真の顔がかすかに歪む。
「怖かったけど、耳をふさいでも聞こえるし、それにとても真剣に訴えるんです。あの紫園を野放しにしちゃだめだって。あの男は先生を騙して、利用しているだけだって。だから、もしかしたらこの声は本当のことを言っているんじゃないかって、だんだんそう思えてきて」
部屋にこもり続ける秧真を杷萬も節も心配したが、後宮へ行くのが不安だと言えば良かった。
「そのうち、私の方から声に話しかけたんです。もしその話が本当なら、私はどうすればいいのかって」
秧真の問いに、声は嬉々として答えた。
――いいこと? この剣はあの男の罪を立証する唯一の証拠なの。だから、祭りが終わるまでは絶対に藍那に渡してはだめよ。可哀想な彼女は、何も知らないわ。
でも藍那を守るためにはこの方法しかないの。祭りが終わったら、この剣をある人に渡して。その人が剣を役人に引き渡してくれるから。
それでも逡巡する秧真に、剣はさらに続けた。
――怖いのね、藍那に裏切ったと思われるのが。でも大丈夫。私の力で、誤解を解いてあげるわ。それに、あなたが祈っていた願いを聞きとげることだってできるのよ。だから、よく考えてね。
なんという狡猾さだろう。
秧真の告白に藍那はため息をついた。《あれ》は獲物と定めた相手のもっとも弱い部分を探り当て、慎重に絡め取っていくのだ。気がついたときにはもう遅い。網に捕らわれた獲物は、もがけばもがくほど呪縛にはまっていく。
龍三辰 の引き渡しをズルズルと先延ばしにしていたことも、これで理由が分かった。
「その人というのが誰なのか、ずっと分かりませんでした。でもお祭りの最後の日、観劇から戻ったとき、あの剣が言ったのです。これから私と一緒に、その人と楼の裏口で会いなさいって。
でも正直なところ、まだ迷っていたのです。あの声の言っていることが本当なのか、先生の信頼を裏切ってまでなすべきことなのか、分からなくて……」
迷いの末、秧真は考えた。
その人ならもしかして、自分が知らない真実を教えてくれるのではないか。
「だから終祭の鐘が鳴って、節が眠ったあと、こっそり部屋を抜け出しました」
龍三辰 を抱え、誰にも会わぬよう祈りながら裏口へと向かう。そんな秧真を待っていたのは柴門であった。
彼は己が韋蛮 から聞いたことを、詳細に秧真に語った。
紫園が迭戈という画家であったこと。瑚々という妾の愛人で、彼女の屋敷に火を放ち、剣を盗んで行方知れずになっていたこと。
それはあの声が秧真に言ったことと寸分たがわず、彼女の迷いを払拭するには十分すぎる理由となった。
「柴門も言っていました。『先生はあの紫園に騙されているんです。恨まれることになるでしょうが、これが先生を守るための唯一の方法です。先生だって、道理をわきまえないお方じゃない。いつか、お嬢さまのお気持ちをちゃんと分かってくれます』って」
秧真は龍三辰 を柴門に渡し、部屋へと戻ったが、眠れるはずがなかった。
柴門はそのまま警邏たちのもとへ駆け込んだだろう。杷萬や他の使用人たちが見ている前で紫園の正体を暴き出し、警邏に捕らえさせるつもりだった。
いくらなんでも、そんな場にのこのこと顔を出せるはずがない。藍那は信頼を裏切った秧真をきっと許さないだろう。もしかしたら怒りのまま、金亀楼を出ていってしまうかもしれない。でもあの剣は言っていたではないか、誤解を解いて、願いを叶えてくれると。
そんなことを考えているうちに、出立の時間は迫ってくる。節と寧々を起こし、湯を使いたいと無茶を言って風呂に入った。
着替えを済ませ、髪を整えてもらっているうちに、腹に差し込むような痛みを覚えはじめる。心配する節を振り払うように厠へと籠もった。
秧真には分かっていたのだ。腹が痛むのは、自分が仕出かしたことへの不安と罪悪感からだった。できれば夕方まで、このまま厠に閉じこもっていたかった。藍那と顔を合わせる自信もなく、身の置き所がない。一向に厠から出てこない秧真を心配し、節が
――そろそろ先生をお見送りするお時間ですよ。大丈夫ですか?
と声をかける。それに対し
――もう少し、もう少し待って。
と答えることしか出来なかった。どうしたらいいのだろう。このまま厠にこもり続けても、なんの解決にもならない。いや、きっとあの剣がなんとかしてくれるはずだ。約束したではないか、誤解を解いて、願いも叶えてくれると。
――お願い、なんとかして……。
必死に祈る秧真は気が付かなかった。
扉の向こうが、いつの間にか、恐るべき静寂に包まれていたことに。
――世の中には男が好きな男がいるように、女の人が好きな女もいるってことなの。
つまり、そういうことだったのか――。
秧真の言葉に、すべての疑問が氷解する。もつれていた糸が
「気持ちが悪いと、思いますか? 私のこと」
おそるおそる訊ねた秧真に、
「以前、
「艶琉が? 本当ですか?」
「はい、表立って言わないだけで、そういう女性は少なからずいるのでしょう。艶琉のときもそうでしたが、私はお嬢さまのことを気持ち悪いとは思いません」
秧真が唇を固く結んだ。泣きそうな表情が、これまでの懊悩を物語っているようだ。想いを伝えることも出来ず、胸の奥に押し殺してきた日々を。
「初めて先生にお会いした日のことを、今でもはっきりと覚えています。男の人たちに絡まれていた私を、先生が助けてくださった。先生はまるで、物語のなかの王子さまか騎士さまのようでした」
そう告げた口元に、かすかな微笑みが浮かぶ。昔を懐かしむ目で藍那を見た。
「まるで雷に打たれたように、私の心は捕らわれてしまったのです。でも叶うはずのない想いだって、分かっていた。でも良かったんです。先生が、ずっと私のおそばにいてくだされば。いつか私が嫁ぐことになっても、先生が一緒に来てくだされば、それで満足しようって」
でも――と口元の微笑みがかき消える。
「紫園が来てからです。ううん、先生がお怪我をして、紫園に担ぎ込まれたときから、私、どんどんおかしくなった。そばにいるだけで満足していたはずなのに、先生を誰にも渡したくなくて、由真にすら嫉妬してしまって……。
先生があの剣を託してくださったときは、本当に嬉しかったのです。まるであの剣が、先生の分身か何かのように思えました。だから、衣装箪笥の隠し扉のなかに、大切にしまっておいたのです。でも……」
憂いを帯びた視線が、卓上の炎を見つめた。
「先生のこと好きだからこそ、分かっちゃうんです。先生が紫園に心惹かれていること。先生のなかで、紫園の存在がどんどん大きくなっていくのが――。
それが分かってしまうから、紫園が、彼のことが、すごく憎かった。どうして私じゃだめなんだろうって。私が女だから、先生のことがこんなに好きでも、そもそも勝負にならないなんて理不尽だって」
「旦那さまは……お嬢さまの気持ちに気づいていたのですね」
「はっきりとは言いませんでしたが、そうだと思います。私を後宮に入れることを決めたのも、父なりに私の幸せを願ってくれたのでしょう……それなのに……私は……父を……」
秧真の吐息で蝋燭の炎が揺れる。どこかで雄鶏が鳴いた。
「後宮入りが決まってから、不安で不安で仕方なかったのです。もし私がいないあいだに、紫園と先生が恋仲になったりしたらどうしようって。怖くてたまらなくて、おかしくなりそうだった。
だから、思い切ってお
一人で巫術屋へと赴き、恋敵を排除する呪い札と、特別な調合で作られた香を買い求めた。それから毎朝、暗いうちから起きて香を炊き、呪い札に教えてもらった呪文を唱え、紫園が藍那の元を去ることを祈願した。
「本当に莫迦でした。
血色の悪い唇が震える。
「お呪いを始めて、二日目くらいのことでした。先生が噴水のたもとで、紫園と口づけをしたという話を聞いてしまって。私、それで頭に血が上って、紫園を殺してやりたいくらい憎みました。なんとかしなくちゃいけない、あの男を先生から離さなきゃって考えていたら、」
その瞬間、秧真から表情が消えた。
「声が……」
「声?」
「頭のなかで、声が聞こえてきたのです」
***
その声は澄んだ女の声だった。かすかに聞こえたそれは、秧真の苦しみをまるで我が事のように嘆き、悲しんでいるように聞こえた。声の印象は若く、心を和ませるような慈愛に満ちている。
驚いたが、恐れることはなかった。巫術屋は、熱心に祈ってそれが
どうか天使さま、あの男を先生から遠ざけてください――と。
やがて声は秧真に驚くべきことを語り始めた。紫園が実は
――秧真、あの男はとても危険なの。あなたの大切な藍那を近づけてはいけない。だから、あなたが私を解き放ってくれれば、あの男を処刑台に送ってあげられるわ。
――解き放つ?
――ええそうよ、ねえ、私に貼ってある
そのとき、衣装箪笥の方からがたりと音がした。不審に思って顔を向けると、箪笥の扉が開き、隠し扉にしまっていたはずの包みが床に転がり落ちている。
「そのとき、はじめて、怖いと思いました。先生はこの剣を
表情の消えた秧真の顔がかすかに歪む。
「怖かったけど、耳をふさいでも聞こえるし、それにとても真剣に訴えるんです。あの紫園を野放しにしちゃだめだって。あの男は先生を騙して、利用しているだけだって。だから、もしかしたらこの声は本当のことを言っているんじゃないかって、だんだんそう思えてきて」
部屋にこもり続ける秧真を杷萬も節も心配したが、後宮へ行くのが不安だと言えば良かった。
「そのうち、私の方から声に話しかけたんです。もしその話が本当なら、私はどうすればいいのかって」
秧真の問いに、声は嬉々として答えた。
――いいこと? この剣はあの男の罪を立証する唯一の証拠なの。だから、祭りが終わるまでは絶対に藍那に渡してはだめよ。可哀想な彼女は、何も知らないわ。
でも藍那を守るためにはこの方法しかないの。祭りが終わったら、この剣をある人に渡して。その人が剣を役人に引き渡してくれるから。
それでも逡巡する秧真に、剣はさらに続けた。
――怖いのね、藍那に裏切ったと思われるのが。でも大丈夫。私の力で、誤解を解いてあげるわ。それに、あなたが祈っていた願いを聞きとげることだってできるのよ。だから、よく考えてね。
なんという狡猾さだろう。
秧真の告白に藍那はため息をついた。《あれ》は獲物と定めた相手のもっとも弱い部分を探り当て、慎重に絡め取っていくのだ。気がついたときにはもう遅い。網に捕らわれた獲物は、もがけばもがくほど呪縛にはまっていく。
「その人というのが誰なのか、ずっと分かりませんでした。でもお祭りの最後の日、観劇から戻ったとき、あの剣が言ったのです。これから私と一緒に、その人と楼の裏口で会いなさいって。
でも正直なところ、まだ迷っていたのです。あの声の言っていることが本当なのか、先生の信頼を裏切ってまでなすべきことなのか、分からなくて……」
迷いの末、秧真は考えた。
その人ならもしかして、自分が知らない真実を教えてくれるのではないか。
「だから終祭の鐘が鳴って、節が眠ったあと、こっそり部屋を抜け出しました」
彼は己が
紫園が迭戈という画家であったこと。瑚々という妾の愛人で、彼女の屋敷に火を放ち、剣を盗んで行方知れずになっていたこと。
それはあの声が秧真に言ったことと寸分たがわず、彼女の迷いを払拭するには十分すぎる理由となった。
「柴門も言っていました。『先生はあの紫園に騙されているんです。恨まれることになるでしょうが、これが先生を守るための唯一の方法です。先生だって、道理をわきまえないお方じゃない。いつか、お嬢さまのお気持ちをちゃんと分かってくれます』って」
秧真は
柴門はそのまま警邏たちのもとへ駆け込んだだろう。杷萬や他の使用人たちが見ている前で紫園の正体を暴き出し、警邏に捕らえさせるつもりだった。
いくらなんでも、そんな場にのこのこと顔を出せるはずがない。藍那は信頼を裏切った秧真をきっと許さないだろう。もしかしたら怒りのまま、金亀楼を出ていってしまうかもしれない。でもあの剣は言っていたではないか、誤解を解いて、願いを叶えてくれると。
そんなことを考えているうちに、出立の時間は迫ってくる。節と寧々を起こし、湯を使いたいと無茶を言って風呂に入った。
着替えを済ませ、髪を整えてもらっているうちに、腹に差し込むような痛みを覚えはじめる。心配する節を振り払うように厠へと籠もった。
秧真には分かっていたのだ。腹が痛むのは、自分が仕出かしたことへの不安と罪悪感からだった。できれば夕方まで、このまま厠に閉じこもっていたかった。藍那と顔を合わせる自信もなく、身の置き所がない。一向に厠から出てこない秧真を心配し、節が
――そろそろ先生をお見送りするお時間ですよ。大丈夫ですか?
と声をかける。それに対し
――もう少し、もう少し待って。
と答えることしか出来なかった。どうしたらいいのだろう。このまま厠にこもり続けても、なんの解決にもならない。いや、きっとあの剣がなんとかしてくれるはずだ。約束したではないか、誤解を解いて、願いも叶えてくれると。
――お願い、なんとかして……。
必死に祈る秧真は気が付かなかった。
扉の向こうが、いつの間にか、恐るべき静寂に包まれていたことに。