第50話 璃凜
文字数 4,094文字
寝台に横になっているうち、眠っていたらしい。
誰かが部屋に入る気配で目が覚めた。はじめは由真かと思いきや、紫園だと気がついたときには、ガバと跳ね起きていた。
「せ、先生、目が覚めたのですか?」
油燈 の明かりのなか、紫園は目を丸くした。両手に夕餉の膳を抱えている。温かな香辛料と魚介の匂い。しかし、なぜか食欲を全く感じなかった。
眠っている間に由真が灯を入れてくれたらしい。窓の外は闇が濃くなり、夕刻をとうに過ぎているようだった。
「今、何時?」
「さっき八時の鐘がなりました。由真が先生の様子を見てきてほしいって。あいにく、急ぎの手伝いが入って来られないんです」
「そう……」
紫園が床に、食事用の敷布を広げた。膳を置くと、心配そうに見上げる。
「先生、なんだか、お疲れになっているようですが」
「そうかな」
「顔色が優れません。具合が悪いのでしたら、旦那さまに言ってお薬を」
「いや、いいんだ。原因は分かっている」
怪訝な表情の紫園に、藍那は力なく笑った。
「少し、無理をしすぎたようだ。仕方ないことだったのだけどね」
紫園は立ち上がり、寝台へ歩み寄ると遠慮がちに腰掛けた。思慮深い眼差しで、藍那の目を覗き込む。
「話してくれませんか? もし僕にできることがあれば――」
藍那は晴夫 の工房であったことを話した。
工房が、以前自分たちを襲った連中に踏み込まれたこと。彼らの狙いは、藍那が研ぎに出した天星羅。そのために野明 が命を落としたこと。彼らに偽物の天星羅を渡したこと。
そして身を守るため、晴夫が水蛙功の奥義で仮死状態になったこと。それを、自分の内勁で目覚めさせたこと。
「どうやらその時、自分の限界を超えてしまったようでね。晴夫を目覚めさせるには仕方がなかったが、今になって、身体にきているってわけだ」
「それで……晴夫さんはどうしたんです?」
「連中に渡した偽物だが、ある仕掛けが施してあってね。昼間、萬貨 通りで爆発があっただろう? あれは晴夫の仕掛けが起こしたことなんだ。それで時間稼ぎをしている間、弟子と一緒に、さっさと帝都を離れたよ。今はもう、城壁のはるか向こうだろうね」
「そんな……そんなことがあったなんて」
「お前も連れて行こうか迷ったんだけど。でも晴夫を襲った奴らが、私が居ない間に金亀楼に来るかもしれない。そうなったらお前を頼るしかない……そう思ってね」
「そんな……僕は……」
困惑する紫園に、藍那は微笑む。
「一度、私を助けてくれたんだ。いざとなったらお前は誰より強い。だから……」
突然激しいめまいに襲われた。ぐらぐらと視界が回り、一瞬、意識が飛ぶ。
気がつくと、紫園に肩を抱かれ、きつく左手を握られていた。
「先生……。先生に足りない内勁を僕が注ぎます。上手くできるか分からないけど」
肩を抱いた手が、思いのほか力強かった。
温かく、大きなものに包まれている感触が心地いい。目を閉じたまま、すべてを彼に委ねる。昔、怖い夢を見て泣いた夜、圓奼 に抱きしめてもらった。そのときと同じ安堵を覚えながら。
重ねた手のひらが熱を帯びた。
紫園から伝わる勁が、優しく藍那の内側を満たしていく。活力が身体の隅々へと流れ、冷たくなっていた全身を温めた。
ふいに。
みぞおちの奥から、寂寞とも苦しみともつかないものが湧き上がる。
堰を切った感情の波に、抗うことが出来なかった。なにが辛いのか、なにが苦しいのか。それすら分からないまま、藍那の目から涙が溢れ出し、紫園の指へと降りかかる。
冷たい感触に、彼がはっと息をのんだ。
「先生……お辛いのですか?」
訊ねた紫園にだまって首をふった。大きく息を吸って吐き、
「大丈夫、辛くない……」
そう答える。
「なんだろう。紫園の内勁に満たされると、とても安心する。だから、なんだかホッとして、それで涙が出てしまったんだ。……おかしいね」
「おかしくなんかないです。僕は先生の弟子ですから……だから……」
肩を抱く手のひらに、力がこもった。
「先生が辛いときも、誰にも見せない涙を見せるときも、こうして傍にいたい――そう思っています」
「紫園……」
目を開け、顔を上げる。紫色の双眸と視線があう。刹那。
自分と紫園の時間が混ざり合い、小さな粒となって、手のひらからこぼれ落ちていくのが分かった。
小さな粒たちは、温かな光の世界へ吸い込まれていく。まるでずっと以前から約束されていたかのように。
そこでは言葉などなくとも、全てを分かり合えた。過去も未来も無意味だった。
二人は手のひらを握り合い、戸惑い、息を潜めながら、そんな場所に立っていた
無言の時間がすぎるなか、どちらからともなく、ゆっくりと唇が近づいて――、
ぐうううー。
藍那の腹の虫が大きな音を立てた。
慌てて紫園から身体を引き剥がす。両手で抑えたがすでに遅い。顔に血がのぼるのが分かった。恥ずかしくてたまらず、今すぐどこかへ消えてしまいたいくらいだ。
それなのに
ぐうううー。
腹の虫は派手に主張を続ける。
「ちょ、ちょっと、ばか!」
本気で腹を立てた。紫園はそんな藍那にあっけにとられ、やがてくすくすと笑い始める。
「良かった、先生が元気になった証拠です。そうだ、晩ごはんを食べたほうがいいですよ。さ、横になってください。僕がお手伝いしますから」
「いいよ、自分で食べられる……」
「まだ無理はなさらないほうがいいです。いま倒しますから」
「う、うん」
紫園は藍那を横たわらせ、掛け布で覆う。夕餉の煮込みを手に、脇に椅子をおいて腰掛けた。さじですくったものを
「ちょうどいい具合に冷めてますよ」
そう言って、藍那の口元へ運ぶ。まるで子供扱いだが、それが不思議と心地いい。
ひとさじ、またひとさじと口元へ運ばれた。結局皿を空にして、ほどなく、急激な睡魔が襲ってくる。
「先生がおやすみになるまで、僕が傍にいますから。どうか安心なさってください」
そう告げた紫園の声も、どこか夢のよう。
いつのまにか、藍那は深い眠りに落ちていった。
* * *
互いに一糸まとわぬ姿だった。触れ合う肌はなめらかで温かい。細い体は一見華奢であったが、皮膚の下は、しなやかな強さに満ちていた。
肩に彼の指先がふれ、胸元へと降りていく。おずおずと、慎重に。
遠慮がちな仕草に、まぶたを閉じていても表情が分かる。まるで壊れ物を扱うような、真面目くさった顔だ。それでいて、湧き上がる官能の喜びに頬は紅潮し、紫色の双眸は潤んでいる。
伸ばした指先が絡め取られた。唇を押し当てられ、舌先でくすぐられる。それだけで甘い衝動に貫かれ、熱い吐息が喉の奥から漏れた。
耳元で囁かれる。
《先生、きれいです》
《やだ……》
羞恥心で顔を背けた。心臓が早鐘をうち、肌が燃えるように熱い。そんな火照る身体のあちこちを、彼の唇が愛撫した。
耳たぶ、首筋、胸元から乳房、それから――。戸惑いながら、肉体は正直に反応する。押し流されることが怖くて、必死で彼の手を求め、握りしめた。
《紫園……》
名前を呼んだ。こうなることをどこかで分かっていた。いつの日からか、彼を弟子ではなく、一人の異性としてみている自分がいた。そんな感情を自分に許せなかった。だから、あくまで師であり続けようとした。だから……。
暗闇のなか、彼が微笑む。大きな手のひらが頬を包んだ。
《先生、好きです。心から愛してます》
身体が寄せられ、肌が再び隙間なく合わせられる。互いに唇を求め、舌先を触れ合わせた。
《お願い……名前で読んで……》
喘ぎながらささやき返す。耳たぶが舌先でなぞられた。くすぐったくて藍那は笑ってしまう。そして吐息とともに、優しい響きが流れ込んでくる。
《藍那……愛してる……》
《そうじゃない……私の……本当の名前……》
故郷を出たときに捨てた名前だった。もう二度と誰かに呼ばれることもないと思っていた。
たとえ自分を含めた世界が、この名前を忘れ去ったとしても。
今は……今だけはこの名前で呼んでほしい。
彼に、初めて自分が愛した――、
――璃凜。
聞き覚えのある声に身がすくんだ。
顔を上げると、衝立の影に立ち尽くしている自分がいる。
寝台脇の燭台が照らすのは、全裸で男にまたがっている母の肢体だ。あのときと同じ、こちらに背を向けている。
母の下に組み敷かれた男の、濃いすね毛に覆われた足。だが男はぴくりとも動かない。皮膚の色が青白く、まるで死んでいるようだ。
いや――確実に死んでいる。
母の頭がゆっくりと動いた。からくり人形のように、少しずつ、面 がこちらへと向けられる。たじろぎながら、それでも目をそらさずにいると、記憶そのままの美しい母と視線があった。
――璃凜。お前も私と同じ過ちを犯すのかい。
形の良い唇が歪んで、笑った。
璃凜の答えを待たずに、再び背を向けた母が動き始める。昔はそれの意味するところがわからなかったが、今は違う。
母は死体を犯しているのだ――。
理解した途端、言いしれぬ嫌悪が腹のそこからせり上がった。
――母さま、やめて……どうかやめてください。
あえぐように言ったのに、声が出てこない。白い肌が紅潮し、全身を忌まわしい歓喜に震わせている母。やがてその唇から、獣じみた声が溢れ出した。禁忌に酔いしれた、人ならざるものの咆哮だった。
母の指先が男の太ももに食い込み、肉を裂いていく。男へと身体を倒し、そのまま狂ったように、動くのをやめない。その姿は、屍肉を食らう夜叉そのものだ。
――お願い母さま! やめてください! もうやめて!
自分の悲鳴で目が覚めた。
誰かが部屋に入る気配で目が覚めた。はじめは由真かと思いきや、紫園だと気がついたときには、ガバと跳ね起きていた。
「せ、先生、目が覚めたのですか?」
眠っている間に由真が灯を入れてくれたらしい。窓の外は闇が濃くなり、夕刻をとうに過ぎているようだった。
「今、何時?」
「さっき八時の鐘がなりました。由真が先生の様子を見てきてほしいって。あいにく、急ぎの手伝いが入って来られないんです」
「そう……」
紫園が床に、食事用の敷布を広げた。膳を置くと、心配そうに見上げる。
「先生、なんだか、お疲れになっているようですが」
「そうかな」
「顔色が優れません。具合が悪いのでしたら、旦那さまに言ってお薬を」
「いや、いいんだ。原因は分かっている」
怪訝な表情の紫園に、藍那は力なく笑った。
「少し、無理をしすぎたようだ。仕方ないことだったのだけどね」
紫園は立ち上がり、寝台へ歩み寄ると遠慮がちに腰掛けた。思慮深い眼差しで、藍那の目を覗き込む。
「話してくれませんか? もし僕にできることがあれば――」
藍那は
工房が、以前自分たちを襲った連中に踏み込まれたこと。彼らの狙いは、藍那が研ぎに出した天星羅。そのために
そして身を守るため、晴夫が水蛙功の奥義で仮死状態になったこと。それを、自分の内勁で目覚めさせたこと。
「どうやらその時、自分の限界を超えてしまったようでね。晴夫を目覚めさせるには仕方がなかったが、今になって、身体にきているってわけだ」
「それで……晴夫さんはどうしたんです?」
「連中に渡した偽物だが、ある仕掛けが施してあってね。昼間、
「そんな……そんなことがあったなんて」
「お前も連れて行こうか迷ったんだけど。でも晴夫を襲った奴らが、私が居ない間に金亀楼に来るかもしれない。そうなったらお前を頼るしかない……そう思ってね」
「そんな……僕は……」
困惑する紫園に、藍那は微笑む。
「一度、私を助けてくれたんだ。いざとなったらお前は誰より強い。だから……」
突然激しいめまいに襲われた。ぐらぐらと視界が回り、一瞬、意識が飛ぶ。
気がつくと、紫園に肩を抱かれ、きつく左手を握られていた。
「先生……。先生に足りない内勁を僕が注ぎます。上手くできるか分からないけど」
肩を抱いた手が、思いのほか力強かった。
温かく、大きなものに包まれている感触が心地いい。目を閉じたまま、すべてを彼に委ねる。昔、怖い夢を見て泣いた夜、
重ねた手のひらが熱を帯びた。
紫園から伝わる勁が、優しく藍那の内側を満たしていく。活力が身体の隅々へと流れ、冷たくなっていた全身を温めた。
ふいに。
みぞおちの奥から、寂寞とも苦しみともつかないものが湧き上がる。
堰を切った感情の波に、抗うことが出来なかった。なにが辛いのか、なにが苦しいのか。それすら分からないまま、藍那の目から涙が溢れ出し、紫園の指へと降りかかる。
冷たい感触に、彼がはっと息をのんだ。
「先生……お辛いのですか?」
訊ねた紫園にだまって首をふった。大きく息を吸って吐き、
「大丈夫、辛くない……」
そう答える。
「なんだろう。紫園の内勁に満たされると、とても安心する。だから、なんだかホッとして、それで涙が出てしまったんだ。……おかしいね」
「おかしくなんかないです。僕は先生の弟子ですから……だから……」
肩を抱く手のひらに、力がこもった。
「先生が辛いときも、誰にも見せない涙を見せるときも、こうして傍にいたい――そう思っています」
「紫園……」
目を開け、顔を上げる。紫色の双眸と視線があう。刹那。
自分と紫園の時間が混ざり合い、小さな粒となって、手のひらからこぼれ落ちていくのが分かった。
小さな粒たちは、温かな光の世界へ吸い込まれていく。まるでずっと以前から約束されていたかのように。
そこでは言葉などなくとも、全てを分かり合えた。過去も未来も無意味だった。
二人は手のひらを握り合い、戸惑い、息を潜めながら、そんな場所に立っていた
無言の時間がすぎるなか、どちらからともなく、ゆっくりと唇が近づいて――、
ぐうううー。
藍那の腹の虫が大きな音を立てた。
慌てて紫園から身体を引き剥がす。両手で抑えたがすでに遅い。顔に血がのぼるのが分かった。恥ずかしくてたまらず、今すぐどこかへ消えてしまいたいくらいだ。
それなのに
ぐうううー。
腹の虫は派手に主張を続ける。
「ちょ、ちょっと、ばか!」
本気で腹を立てた。紫園はそんな藍那にあっけにとられ、やがてくすくすと笑い始める。
「良かった、先生が元気になった証拠です。そうだ、晩ごはんを食べたほうがいいですよ。さ、横になってください。僕がお手伝いしますから」
「いいよ、自分で食べられる……」
「まだ無理はなさらないほうがいいです。いま倒しますから」
「う、うん」
紫園は藍那を横たわらせ、掛け布で覆う。夕餉の煮込みを手に、脇に椅子をおいて腰掛けた。さじですくったものを
「ちょうどいい具合に冷めてますよ」
そう言って、藍那の口元へ運ぶ。まるで子供扱いだが、それが不思議と心地いい。
ひとさじ、またひとさじと口元へ運ばれた。結局皿を空にして、ほどなく、急激な睡魔が襲ってくる。
「先生がおやすみになるまで、僕が傍にいますから。どうか安心なさってください」
そう告げた紫園の声も、どこか夢のよう。
いつのまにか、藍那は深い眠りに落ちていった。
* * *
互いに一糸まとわぬ姿だった。触れ合う肌はなめらかで温かい。細い体は一見華奢であったが、皮膚の下は、しなやかな強さに満ちていた。
肩に彼の指先がふれ、胸元へと降りていく。おずおずと、慎重に。
遠慮がちな仕草に、まぶたを閉じていても表情が分かる。まるで壊れ物を扱うような、真面目くさった顔だ。それでいて、湧き上がる官能の喜びに頬は紅潮し、紫色の双眸は潤んでいる。
伸ばした指先が絡め取られた。唇を押し当てられ、舌先でくすぐられる。それだけで甘い衝動に貫かれ、熱い吐息が喉の奥から漏れた。
耳元で囁かれる。
《先生、きれいです》
《やだ……》
羞恥心で顔を背けた。心臓が早鐘をうち、肌が燃えるように熱い。そんな火照る身体のあちこちを、彼の唇が愛撫した。
耳たぶ、首筋、胸元から乳房、それから――。戸惑いながら、肉体は正直に反応する。押し流されることが怖くて、必死で彼の手を求め、握りしめた。
《紫園……》
名前を呼んだ。こうなることをどこかで分かっていた。いつの日からか、彼を弟子ではなく、一人の異性としてみている自分がいた。そんな感情を自分に許せなかった。だから、あくまで師であり続けようとした。だから……。
暗闇のなか、彼が微笑む。大きな手のひらが頬を包んだ。
《先生、好きです。心から愛してます》
身体が寄せられ、肌が再び隙間なく合わせられる。互いに唇を求め、舌先を触れ合わせた。
《お願い……名前で読んで……》
喘ぎながらささやき返す。耳たぶが舌先でなぞられた。くすぐったくて藍那は笑ってしまう。そして吐息とともに、優しい響きが流れ込んでくる。
《藍那……愛してる……》
《そうじゃない……私の……本当の名前……》
故郷を出たときに捨てた名前だった。もう二度と誰かに呼ばれることもないと思っていた。
たとえ自分を含めた世界が、この名前を忘れ去ったとしても。
今は……今だけはこの名前で呼んでほしい。
彼に、初めて自分が愛した――、
――璃凜。
聞き覚えのある声に身がすくんだ。
顔を上げると、衝立の影に立ち尽くしている自分がいる。
寝台脇の燭台が照らすのは、全裸で男にまたがっている母の肢体だ。あのときと同じ、こちらに背を向けている。
母の下に組み敷かれた男の、濃いすね毛に覆われた足。だが男はぴくりとも動かない。皮膚の色が青白く、まるで死んでいるようだ。
いや――確実に死んでいる。
母の頭がゆっくりと動いた。からくり人形のように、少しずつ、
――璃凜。お前も私と同じ過ちを犯すのかい。
形の良い唇が歪んで、笑った。
璃凜の答えを待たずに、再び背を向けた母が動き始める。昔はそれの意味するところがわからなかったが、今は違う。
母は死体を犯しているのだ――。
理解した途端、言いしれぬ嫌悪が腹のそこからせり上がった。
――母さま、やめて……どうかやめてください。
あえぐように言ったのに、声が出てこない。白い肌が紅潮し、全身を忌まわしい歓喜に震わせている母。やがてその唇から、獣じみた声が溢れ出した。禁忌に酔いしれた、人ならざるものの咆哮だった。
母の指先が男の太ももに食い込み、肉を裂いていく。男へと身体を倒し、そのまま狂ったように、動くのをやめない。その姿は、屍肉を食らう夜叉そのものだ。
――お願い母さま! やめてください! もうやめて!
自分の悲鳴で目が覚めた。