42、脅迫
文字数 1,656文字
受話器を取り落とした由紀子が、怒りの目を世津奈に向けてきた。
「あなたは、私に仲間がいると思い込んでいるみたいね。私を家に帰し、その仲間が接触してくるのを待ち伏せようと考えている。だけど、私には仲間なんかいない」
「そうですか。由紀子さんがおっしゃるなら、そのとおりなのでしょう」
世津奈は由紀子に微笑んでみせる。
由紀子の白い顔に血が上った。額の青筋がビリビリ震える。
「仲間はいない。でも、敵がいる」
由紀子が絞り出すように言う。
「敵……ですか?」
世津奈は微笑みを広げる。
由紀子の中で何かがブチっと切れる音が聞こえたと、世津奈は思った。由紀子の白魚のような手が世津奈の頬を叩きに来る。世津奈はスウェーバックして由紀子の平手打ちをかわす。
世津奈は、元の態勢に戻る。由紀子がまた右手で叩きに来るが、今度は、世津奈の手が由紀子の右手首をガチっとつかむ。
「暴力はいけません」
世津奈が由紀子の手首を締め上げると、由紀子の口からうめき声がもれた。
「この手を、離しなさい」
命令口調だが、涙声になっている。世津奈は手を離す。
由紀子の息が荒くなる。左手で右手首をさすりながら、言う。
「私に敵がいるのは、知ってるでしょ。私とカエデをさらった連中よ。あなたたちは、あいつらと撃ち合った。忘れたとは言わせないわよ」
「覚えています。あの時は、『海洋資源開発コンソーシアム』から由紀子さんとカエデさんを保護するよう依頼されていたので闘いましたが、今は、その依頼は撤回されています」
世津奈も高林社長に習ってウソをつく。
「もう、私たちを守る義理はない。そう言いたいのね」
「契約上は、ありません。ですが、ビジネスではなく、一個人としてカエデちゃんを危険から守りたい気持ちはあります」
「じゃぁ、守りなさい」
「では、敵の正体と狙いを教えてください」
「知らない」
「敵の正体と狙いがわからなければ、お二人をお守りする事はできません」
「この人でなし! 娘を見殺しにするつもり?」
「話をすり替えないでください」
世津奈は由紀子の責任転嫁を厳しくはねつける。
「カエデちゃんを危険にさらしているのは、他でもない、あなたなのですよ」
由紀子が額の血管を震わせながら世津奈をにらみつける。
「知らないわよ。あいつらが何者で、なぜ私たちを狙っているのか、見当もつかないわ」
世津奈は、声を鎮めて由紀子に語りかける。
「由紀さん、私たちはカエデちゃんを助けたいのです。ですが、正体も目的もわからない敵と闘うのは、私たちには荷が重すぎます」
由紀子が唇を噛んでうつむく。ひとつため息をつき、顔を上げるときっぱりと言った。
「わかった。敵の正体と狙いを話す。だから、カエデを守ってちょうだい」
「わかりました。お引き受けします」
由紀子が崩れるようにイスに腰を下ろした。
世津奈は取調室からコータローの姿が消えていることに気づき、由紀子に「すぐ、戻ります」と言って廊下に出た。
コータローは廊下の壁に背中をもたせて、口を尖らせていた。
「コー君、どうしたの?」
コータローが返事の代わりに手で世津奈を招き、廊下の奥へと進んだ。取調室から十分離れた所で、コータローが切り出す。
「宝生さん、自分が恥ずかしくないすか?」
「どうして?」
「由紀子さんとカエデちゃんを守る契約上の義務がなくなったとウソをつきました」
「そのウソを最初についたのは、高山社長よ。私はそれに調子を合わせただけだわ」
「宝生さんは、敵の正体と狙いを明かさなければカエデちゃんを守らないと言って由紀子さんを脅しました。カエデちゃんを人質にして由紀子さんの口を割らせようとしてるんすよ」
「そうなの?」
「それ以外、なにがあります?」
「脅迫だとしたら、それはひどいわね。取調室に戻るわよ」
世津奈はコータローに背を向け、取調室に向かって歩き始めた。コータローの言う通りだと世津奈は思っている。世津奈は口の中でつぶやく。
「栗林由紀子は頭が切れてタフな女だ。そういう人間から真実を訊きだすためには、多少の脅しも致し方ない」
「あなたは、私に仲間がいると思い込んでいるみたいね。私を家に帰し、その仲間が接触してくるのを待ち伏せようと考えている。だけど、私には仲間なんかいない」
「そうですか。由紀子さんがおっしゃるなら、そのとおりなのでしょう」
世津奈は由紀子に微笑んでみせる。
由紀子の白い顔に血が上った。額の青筋がビリビリ震える。
「仲間はいない。でも、敵がいる」
由紀子が絞り出すように言う。
「敵……ですか?」
世津奈は微笑みを広げる。
由紀子の中で何かがブチっと切れる音が聞こえたと、世津奈は思った。由紀子の白魚のような手が世津奈の頬を叩きに来る。世津奈はスウェーバックして由紀子の平手打ちをかわす。
世津奈は、元の態勢に戻る。由紀子がまた右手で叩きに来るが、今度は、世津奈の手が由紀子の右手首をガチっとつかむ。
「暴力はいけません」
世津奈が由紀子の手首を締め上げると、由紀子の口からうめき声がもれた。
「この手を、離しなさい」
命令口調だが、涙声になっている。世津奈は手を離す。
由紀子の息が荒くなる。左手で右手首をさすりながら、言う。
「私に敵がいるのは、知ってるでしょ。私とカエデをさらった連中よ。あなたたちは、あいつらと撃ち合った。忘れたとは言わせないわよ」
「覚えています。あの時は、『海洋資源開発コンソーシアム』から由紀子さんとカエデさんを保護するよう依頼されていたので闘いましたが、今は、その依頼は撤回されています」
世津奈も高林社長に習ってウソをつく。
「もう、私たちを守る義理はない。そう言いたいのね」
「契約上は、ありません。ですが、ビジネスではなく、一個人としてカエデちゃんを危険から守りたい気持ちはあります」
「じゃぁ、守りなさい」
「では、敵の正体と狙いを教えてください」
「知らない」
「敵の正体と狙いがわからなければ、お二人をお守りする事はできません」
「この人でなし! 娘を見殺しにするつもり?」
「話をすり替えないでください」
世津奈は由紀子の責任転嫁を厳しくはねつける。
「カエデちゃんを危険にさらしているのは、他でもない、あなたなのですよ」
由紀子が額の血管を震わせながら世津奈をにらみつける。
「知らないわよ。あいつらが何者で、なぜ私たちを狙っているのか、見当もつかないわ」
世津奈は、声を鎮めて由紀子に語りかける。
「由紀さん、私たちはカエデちゃんを助けたいのです。ですが、正体も目的もわからない敵と闘うのは、私たちには荷が重すぎます」
由紀子が唇を噛んでうつむく。ひとつため息をつき、顔を上げるときっぱりと言った。
「わかった。敵の正体と狙いを話す。だから、カエデを守ってちょうだい」
「わかりました。お引き受けします」
由紀子が崩れるようにイスに腰を下ろした。
世津奈は取調室からコータローの姿が消えていることに気づき、由紀子に「すぐ、戻ります」と言って廊下に出た。
コータローは廊下の壁に背中をもたせて、口を尖らせていた。
「コー君、どうしたの?」
コータローが返事の代わりに手で世津奈を招き、廊下の奥へと進んだ。取調室から十分離れた所で、コータローが切り出す。
「宝生さん、自分が恥ずかしくないすか?」
「どうして?」
「由紀子さんとカエデちゃんを守る契約上の義務がなくなったとウソをつきました」
「そのウソを最初についたのは、高山社長よ。私はそれに調子を合わせただけだわ」
「宝生さんは、敵の正体と狙いを明かさなければカエデちゃんを守らないと言って由紀子さんを脅しました。カエデちゃんを人質にして由紀子さんの口を割らせようとしてるんすよ」
「そうなの?」
「それ以外、なにがあります?」
「脅迫だとしたら、それはひどいわね。取調室に戻るわよ」
世津奈はコータローに背を向け、取調室に向かって歩き始めた。コータローの言う通りだと世津奈は思っている。世津奈は口の中でつぶやく。
「栗林由紀子は頭が切れてタフな女だ。そういう人間から真実を訊きだすためには、多少の脅しも致し方ない」