5.相棒から秘密を暴露され

文字数 1,079文字

「宝生ちゃん、あーた、うちの調査員が、本当は会社の車で移動するルールなのは、知ってるよね」
世津奈は、黙ってうなずく。
「あーたはさ~ぁ、都心では駐車場所を探すのが大変だとか、万が一駐禁でチケット切られたら困るとかうるさい事を言うし、調査員の中では若い方だから、クルマを使わなくても見逃してやってきた。だけど、今日みたいな破滅的な暑さの日に、クルマを使わなかったって、いったい、どぉ~いうこと?」
 
 ふと、「自然の威力をリアルに感じたくて」と答えてみたくなった。それを聞いて高山がどんな顔をするだろうと思うと、言ってみたくて、たまらなくなる。
 いやいや、それは危険すぎる火遊びだ。社会人経験12年、35歳で、世間からは分別ある大人と見られている人間がすることではないだろう。

 では、今日のことを、どう説明するか? 言い訳を考え始めた矢先に、隣から、またもパンチが、しかも、今度は、ホセ・メンドーサのコークスクリューパンチ級の強烈なのが飛んできた。
「宝生さん、クルマに弱いんすよ。すぐ、クルマ酔いしちゃうんす」
 信頼しきっていた相棒の口から自分の秘密を暴露され、世津奈の全身に震えが走る。

 高山が、一歩、踏み出してきた。ジャングルで珍獣に出会ったような目で、世津奈を眺めまわす。
「あーた、ああだ、こうだと屁理屈こねてたけど、クルマを使いたくない本当の理由は、ガキみたいにクルマ酔いするからだったの?」
バカにしきったい方をする。だから、高山には知られたくなかった。

 高山がデスクに近づき、引き出しから小箱を取り出し戻ってきた。
「ほら、これ使いな」と赤山が差し出したのは、黄色の帽子とリュックサック姿の「昭和な」小学生が箱に描かれた、酔い止め薬だった。世津奈が幼稚園から小学校まで使っていたのと同じものだ。大しいて効いた覚えはない。
「なくなったら、自分で買うのよ。絶対に、調査費に計上しないこと。いいわね」
高山は、金に渋い。

「ということで、明日から、宝生・菊村コンビも、移動には車両を使用すること。これ、命令だから」
高山が宣言した。
「じゃ、あーたたちは、柳田の聴取に戻っていいわ。あたしは、今日は何時まででもここにいるから、聴取が終わったら、報告に来なさい。一緒に明日からの調査計画を立てるわよ」

 これで高山の叱責と拷問部屋の暑さから逃れられると思うと、世津奈は、ほっとして全身の力が抜けそうになった。
「では、後ほど、よろしくお願いします」
高山にそう挨拶して社長室を出ようとした世津奈の背中を高山のソプラノボイスが追ってきた。
「あーた達、ちょっとお待ちなさい」


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登場人物紹介

宝生世津奈

2年前まで、警視庁生活安全部・生活経済課で産業スパイ事件を担当していた。警察が自らの権威を守るために過ちを認めようとしない姿勢に嫌気がさして警察を辞め、民間で産業スパイ案件を調査する「京橋テクノサービス」に転職してきた。

小柄で骨太だが、身体に占める手足の比率が高いので、すらっとしたモデル体型に、見えなくもない。

穏やかだが、肚が据わっていて、いざとなると、思い切った行動がとれる。

受験に数学のない私大出身の純・文系なので、実は、科学には、あまり強くない。

コータロー(菊村 幸太郎)

「京橋テクノサービス」で、世津奈とバディを組んでいる。

一流国立大学の数学科を卒業、同じ大学の大学院で応用数学の修士号を取り、さらに数量経済学の博士課程に進んだが、そこで強烈なアカデミック・ハラスメントにあい、引きこもりとなって2年間を過ごす。親戚の手で無理やり家から引きずり出されて、「京橋テクノサービス」に入社させられた。

頭脳明晰だが、精神年齢が幼い。普段は「ヘタレ」なのだが、時々、思い切った行動に出て、世津奈をハラハラさせる。IT、メカの操作、自動車の運転に優れている。

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