33、「嫌なオンナ」

文字数 1,216文字

 玲子とのネゴで骨折ったなりの結果は得られるはず。「京橋テクノサービス」への帰り道、世津奈は満足していた。

 世津奈は九鬼の人柄と実力を信用している。そもそも、そうでなければ、こんな厄介な頼み事をしていない。
 玲子は、鼻とフットワークが利き粘りもあるジャーナリストという印象だ。性格には、かなり難がある。正直言って、「嫌なオンナ」だ。
 あの性格では、組織には長居できない。組織の都合などお構いなしに、自分の関心と正義感のまま突き進むからだ。大きな組織になればなるほど、玲子のような人間は危険分子として排除される。
 もしかしたら、玲子は大手メディアから弾き出されてフリーになったのかもしれない。

「嫌なオンナ」と言えば、由紀子も相当に「嫌なオンナ」だ。どうもREBを巡る一連の事件で、私は「女運」が悪い気がする……と思っている自分も「オンナ」だった。世津奈は苦笑した。警察に10年もいたから、男性組織人の尺度で女性を測ってしまうのかもしれない。

「海洋資源開発コンソーシアム」が栗林を拘束している理由は九鬼父娘に調べてもらうとして、自分は栗林由紀子の身辺を洗いたいと世津奈は思っていた。
 由紀子は、一連の事件の謎を解くカギを握っている。世津奈には確信があった。

「京橋テクノサービス」に戻った世津奈は、高山に尋ねる。
「由紀子さんとカエデちゃんの事で、『海洋資源開発コンソーシアム』が何か問い合わせてきましたか?」
「いいえ。うちが二人を保護してから後、一度も、何も訊いてこないわよ」
「だから、社長は二人が拉致されたことを『コンソーシアム』に報告しなかったんすよ」
コータローが呆れた声で言う。
「当たり前でしょ。なんで、訊かれもしないことを教えてやる必要があるの?」
 いかにも高山らしい答えだ。高山は「嘘はつかないが、本当の事も言わない」で平気でいられるタイプだ。

「でしたら、私が由紀子さんを取り調べしても大丈夫ですね」
 高山が眉をひそめた。
「取り調べるって、あ~た、栗林夫人は事件の当事者じゃないわよ」
「当事者ではないが、関係者です。しかも、REBについて専門的な見解を持っています。彼女を徹底的に調べたらREBの機密漏洩について、必ずヒントが得られると思います」
 
 コータローが割り込んでくる。
「これが栗林研究員であれば、『コンソーシアム』との雇用契約に基づいて『コンソーシアム』の代理人であるボクらに事実を語る義務があります。でも、栗林夫人には、ボクらに事実を語る義務はないっす」
実に正論である。と言って、引き下がるわけにはいかない。

「そこは、私の尋問の腕で吐かせるのよ」
言ったものの、実は自信はない。
 しかし、人生には「自信がなくてもやらねばならない事」が、ある。今、ここで栗林由紀子から情報を引き出すのは、間違いなく、「自信がなくてもやらねばならない事」だった。
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登場人物紹介

宝生世津奈

2年前まで、警視庁生活安全部・生活経済課で産業スパイ事件を担当していた。警察が自らの権威を守るために過ちを認めようとしない姿勢に嫌気がさして警察を辞め、民間で産業スパイ案件を調査する「京橋テクノサービス」に転職してきた。

小柄で骨太だが、身体に占める手足の比率が高いので、すらっとしたモデル体型に、見えなくもない。

穏やかだが、肚が据わっていて、いざとなると、思い切った行動がとれる。

受験に数学のない私大出身の純・文系なので、実は、科学には、あまり強くない。

コータロー(菊村 幸太郎)

「京橋テクノサービス」で、世津奈とバディを組んでいる。

一流国立大学の数学科を卒業、同じ大学の大学院で応用数学の修士号を取り、さらに数量経済学の博士課程に進んだが、そこで強烈なアカデミック・ハラスメントにあい、引きこもりとなって2年間を過ごす。親戚の手で無理やり家から引きずり出されて、「京橋テクノサービス」に入社させられた。

頭脳明晰だが、精神年齢が幼い。普段は「ヘタレ」なのだが、時々、思い切った行動に出て、世津奈をハラハラさせる。IT、メカの操作、自動車の運転に優れている。

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