14.高山社長は……

文字数 1,557文字

 世津奈とコータローは、日差しを遮るもの一つない玄関外で高山社長のクルマを待った。
 ところが、20分待っても高山は現れない。
「くそっ、これじゃ熱中症で倒れちゃいます。どうして社長が来ないか見当はつきます。部屋に戻って社長に電話してきます」

「えっ、コー君、待ちなよ。遅れる理由は、ごまんとあるんだよ。渋滞に巻き込まれた、事故に巻き込まれた、エンストした、ガス欠した、社長が『ウサギとカメ』のウサギみたいに途中でひと休みしてる…… それに、コー君が戻ってる間に社長がここに来ちゃったら、どうするの?」
「じゃ、宝生さんは、ここで待っててください」
そう言い残して、コータローは、さっさとマンションの中に戻っていった。
 
 コータローに去られてしまうと、世津奈も酷暑の中で我慢している気力が失せてきた。5分間一人で待った後、世津奈も部屋に戻ることにした。
 部屋のドアを開けると、コータローがいきり立っている声が聞こえてきた。
「あんなド派手なスポーツカーを買うから、いけないんす。運転が下手で、クルマのメカなんか全然わかんないくせして、自分であれを転がそぉとするから、いまだに本社の駐車場を出られないでいるんすよ……はぁ、『親代わりに向かって、その言い方は何だ?』ですって。おばさんは、ボクに『親代わり』、『親代わり』と言って威張るために、ボクを引き取ったんすか!……えっ、今、ボクのことを何て言いました。それ、撤回してください……えっ、親だから子どものことを何とでも言っていい? それ、『親ハラ』です……えっ、『親ハラ』を知らない?……『親ハラスメント』です。『親ハラ』は、人としてダメです……親子といえども別人格ですから、他人の人格を否定するのは、人としてバツです。『ありえねー』です」

 世津奈はいぶかしむ。コータローは高山社長と話すと言ってこの部屋に戻ったはずなのに、一体、誰と話してるんだ。

「ねぇ、コー君、誰とお話ししてるの? 社長とは連絡取れた?」
世津奈が遠慮がちにコータローの背中に話しかけると、コータローが周りの空気を揺るがせて振り返った。世津奈をきっとにらみつける。
「宝生さんは、黙っててください。これは、ボクと伯母の問題、家族の問題です!」
 
 世津奈は息が止まりそうになった。高山社長がコー君の伯母さんですって!
 目が点になるような話だが、事実だとしたら、このままだと事態は悪い方向にしか転がらないだろう。
 他人同士のいさかいは、しぶしぶながら双方が納得する妥協点を見つけられることがあるが、血肉の争いがこじれると、妥協の余地がなくなりやすい。

 世津奈は、コータローから無理やり電話を取り上げた。
「宝生です」
「宝生ちゃん」
 と答える声は、確かに高山社長だ。
「あ―た、どぉ~して、そこのボケナスを部屋に帰らせたりしたの!」
今度は、世津奈が高山の怒りの矢面に立つことになった。
「あたしのロードスターのバッテリーが上がったなんてことは、コータローがくちばしを突っ込むことじゃないんだよ。あーたから、ボケナスに言っておきなさい。ともかく、これからタクシーを呼んでそっちに行くから、今度こそ、玄関の外で待ってなさいよ。さもないと、クビ、解雇だかんね」
高山はガシャンと音を立てて、電話を切った。

「コー君、下に降りよう。社長、タクシーで来るって」
「あんな人が伯母で親代わりだなんて、ボク、宝生さんに恥ずかしいっす」
コータローがうなだれる。
「え~、全然、恥ずかしいことないよ。なんたって、一企業の社長、私の雇用主なんだから。すごいじゃない」
世津奈は、慰めになるのか・ならないのか自分でも分からない事を言いながら、コータローを連れて一階へ向かった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

宝生世津奈

2年前まで、警視庁生活安全部・生活経済課で産業スパイ事件を担当していた。警察が自らの権威を守るために過ちを認めようとしない姿勢に嫌気がさして警察を辞め、民間で産業スパイ案件を調査する「京橋テクノサービス」に転職してきた。

小柄で骨太だが、身体に占める手足の比率が高いので、すらっとしたモデル体型に、見えなくもない。

穏やかだが、肚が据わっていて、いざとなると、思い切った行動がとれる。

受験に数学のない私大出身の純・文系なので、実は、科学には、あまり強くない。

コータロー(菊村 幸太郎)

「京橋テクノサービス」で、世津奈とバディを組んでいる。

一流国立大学の数学科を卒業、同じ大学の大学院で応用数学の修士号を取り、さらに数量経済学の博士課程に進んだが、そこで強烈なアカデミック・ハラスメントにあい、引きこもりとなって2年間を過ごす。親戚の手で無理やり家から引きずり出されて、「京橋テクノサービス」に入社させられた。

頭脳明晰だが、精神年齢が幼い。普段は「ヘタレ」なのだが、時々、思い切った行動に出て、世津奈をハラハラさせる。IT、メカの操作、自動車の運転に優れている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み